人間の国
第7話 人間の国
「――ここがイチノ……人間がたくさんいますね」
「そりゃまあ、人間の国の街ですから」
「うふふ、ここに来るのは久しぶりね~」
指輪を受け取ってから数日後、ナイトは人間の姿に変装したアイリスとライラと共にハジマリノ王国へ訪れていた。ナイトの生まれた国ではあるが、彼が暮らしていたのは辺境の地であり、王都に訪れるのは初めてだった。
アイリスに拾われた日からナイトはずっと魔族領に暮らしていたため、自分以外の人間を見かけるのは十年ぶりだった。今までは魔族とだけ接してきたため、人が多い場所にいるだけで落ち着かない。
(こんなに人がいるのに魔族は全然見当たらないな。やっぱり、人間から怖がられている話は本当なんだ)
普通の人間は魔族を恐れており、残念ながら魔族の中には人間を好んで襲う野蛮な種族も多い。だから大抵の人間は魔族を敵対視しており、もしも街中に魔族がいると知られれば大騒ぎになってしまう。
「魔王様もライラさんも大丈夫ですか?もしも正体を知られたら……」
「平気ですって、魔法で角も羽根も尻尾もしっかり隠してますから」
「サキュバスは人間に化けるのが得意なのよ~」
アイリスもライラも現在は普通の人間の姿をしており、二人は魔法の力でサキュバスの特徴を隠蔽していた。魔族の中でも魔法の力に優れたサキュバスだからこそできる芸当であり、油断して魔法を解除しない限りは正体を知られる恐れはない。
ちなみにナイトは人間なので変装する必要はないが、例のサキュバスの指輪を発動した時のために特性の衣服を着こんでいる。見た目は男性用の衣装にしか見えないが、もしも指輪の効果を発揮すれば魔力に応じて服装が変化する機能が備わっていた。
「ライラさん、本当に大丈夫なんですかこの服?変身するだけで衣装が変わると言ってましたけど、いったいどんな服装になるんですか?」
「あら?ナイトちゃんはまだ試していないの?それなら期待してていいわよ。私がデザインしたとっておきの服装に変化するから~」
「何だか不安になってきたんですけど……」
「ほらほら、話している間に到着しましたよ」
アイリスの言葉を聞いてナイトは顔を向けると、街の中央に存在する広場に到着していた。広場にはナイトと同世代ぐらいの少年少女が集まっており、この街に暮らす子供達だと思われた。
「アイリス様、あの子達は?」
「彼等は勇者の素質があるかどうか確かめるために集められた子供達ですよ。年に一度、国中の子供達を集めて選定の儀式が行われるんです」
「選定の儀式?」
「ほら、広場の中心に台座が刺さっているでしょう?」
ライラに指し示す方向に視線を向けると、広場の中央には石造の剣が刺さった台座が存在した。それを見てナイトは子供の頃に絵本で読んだことがある勇者が扱う「聖剣」と瓜二つだと気が付く。
「あれってもしかして……」
「勇者の扱っていた聖剣を模した石剣です。どうやらこの街ではあれを利用して選定の儀式が行われるようですね」
「えっ?」
「ほら、ナイトちゃんも早く並んだ方が良いわよ」
アイリスの言葉を聞いてナイトは不思議に思うが、ライラに背中を押されて他の子供達の元に向かう。既に子供達は台座の前で列を為しており、ナイトは最後尾へ向かう。
(選定の儀式……勇者を選別するために行われる儀式だと聞いたことがあるけど、いったい何をされるんだろう?)
選定の儀式に関してはナイトは子供の頃から知っているが、具体的な儀式の内容までは知らない。これから何が起きるのか気になったナイトは他の子供に尋ねた。
「ねえ、これから何をするの?」
「え?何って……もしかして儀式の事を聞いてるの?」
「そうだけど……」
ナイトが話しかけた相手は栗色の髪の毛を三つ編みにまとめた女の子であり、身長はナイトよりも頭一つ分小さく、全身にローブを纏っていた。
「えっとね、この街では選定の儀式は台座に刺さっている石剣に触れるんだよ。柄に嵌めた宝石が反応すれば儀式が成功したと認められて王都にある勇者学園に通えるの」
「勇者学園……」
勇者学園とは文字通りに勇者を育成するために築かれた教育施設であり、選定の儀式に合格した子供だけが通う事が許される。ナイトが勇者学園に潜入するためには選定の儀式を何とか合格しなければならない。
女の子から説明を聞いている間にも次々と子供達が台座の石剣に触れるが、今の所は宝石が輝く様子はない。儀式の内容を聞いてナイトは困った風に離れた場所で観察するアイリスとライラに視線を向ける。
(どうしよう。こんなの聞いてないぞ……もしも儀式に失敗したら勇者学園に入れないのか?)
ナイトの目的は勇者学園に入学し、将来的に勇者となる存在を見出して親交を深める事である。勇者の仲間となってアイリス以外の魔王と戦わせるように誘導するのが彼の役割だが、そもそも儀式が受からなければ話にならない。
「くそっ、何で光らないんだよ!?」
「こんなのおかしいだろ!!」
「も、もう一度だけ試させてください!!」
「駄目だ!!後がつかえてるんだ!!失敗した者はさっさと下がれ!!」
既に広場に集められた子供の殆どが儀式を終え、もう間もなく儀式を説明してくれた女の子とナイトの番が回って来る。女の子は不安そうな表情を浮かべて台座に突き刺さった石剣を見つめる。
「ううっ……緊張してきた」
「大丈夫?何だったら俺が先に受けようか?」
「あ、ありがとう……でも、大丈夫だよ」
緊張のあまりに身体の震えが止まらない女の子を見てナイトは気を使うが、彼女は顔色を青ざめながらも自分の番が訪れると台座へ向かう。女の子は台座の前に立つ。
「ふうっ……よ、よ〜し!!」
「が、頑張って!!」
身体を震わせながら石剣に手を伸ばす女の子を見て、気が付いたらナイトは応援してしまった。石剣に触る前に彼女は驚いた表情で振り返るが、自分を気遣ってくれた彼に笑顔を浮かべて石剣を握りしめる。
「え~いっ!!」
「うわっ!?」
「こ、これは!?」
女の子が石剣に触れた瞬間、今まで誰が触れても反応しなかった宝石が光り輝く。その様子を見て広場に集まっていた者達は驚愕の表情を浮かべるが、一番驚いているのは石剣に触れた女の子自身だった。
「えっ……嘘っ!?光ってる!?」
「や、やったぞ!!我が街に十年ぶりに勇者の資格を持つ者が現れたぞ!!」
「「「うおおおおっ!!」」」
儀式の成功者が現れた事に広場に集まった人間達は湧きあがり、そんな彼等の様子を見てナイトは驚く。どうやら随分と長い間儀式を成功させた人間はいなかったらしく、女の子が台座から離れると大勢の人間に取り囲まれる。
「よくやったぞ!!君の名前を教えてくれるかい!?」
「え、えっと……」
「ちょっと待て!!まだ儀式は終わっていないんだ!!騒ぐのは後にするんだ!!」
住民達は勇者の素質を持つ子が現れた事で盛り上がっている中、最後の一人であるナイトが台座の前に立つ。自分よりもひとつ前に合格者が現れたせいでやりにくさを覚え、衆人環視の中で台座の前に立たされる。
「おい、あれは何処の子だ?」
「知らねえよ。顔に見覚えはないな」
「あの出で立ち、まさか旅人じゃないか?」
「何だ余所者か……さっさと終わらせてくれよ」
「ええっ……」
ナイトが街の人間ではない事に気づいた途端に住民達は顔をしかめ、さっさと終わらせろとばかりに睨みつけて来る。どうも街の人間以外が儀式に受ける事を快く思っていないらしい。
街の住民がどうしてこのような反応をするのかというと、仮に街の住民の誰かが勇者となれば勇者生誕の街として知名度が上がる。知名度が上がれば観光客が増えて収益が上がり、街の発展に繋がる。しかし、余所者の人間が勇者となっても街には何の得もない。
(何でこんな目に……ああ、もう。さっさと終わらせよう)
住民達からの冷たい視線に耐え兼ねてナイトは台座に向かうと、先ほどの女の子が声をかける。
「あ、あなたも頑張って!!」
「え?あ、うん……ありがとう」
ただ一人だけ自分を心配して声をかけてきた女の子にナイトは驚くが、笑みを浮かべて台座に突き刺さった石剣を見つめる。アイリスの言う事を信じるのであればナイトは選定の儀式に合格するはずだった。
(魔王様……信じますよ!!)
主君であるアイリスを信じてナイトは石剣に触れた瞬間、住民に紛れていたアイリスが右手を向ける。彼女の人差し指に嵌め込まれた指輪から光が放たれ、広場が一瞬だけ閃光に包まれた。
「「「うわぁっ!?」」」
「な、何だ!?」
閃光によって街の住民の目が眩み、石剣に触れていたナイトもたまらずに両目を閉じる。その間にアイリスとライラが大声を上げて吹聴した。
「台座から凄い光が放たれたわ!!二人目の合格者が誕生したわ!!」
「最後の子の方が凄い光でしたよ!!きっと勇者として凄い力を宿しているんでしょうね!!」
「え、ええっ!?」
聞き覚えのある二人の声にナイトは戸惑うが、視力が回復すると街の住民達は愕然とした。実際は広場を襲った閃光の正体はナイトが石剣に触れたのが原因ではなく、アイリスの繰り出した魔法の光に過ぎない。しかし、閃光で目が眩んだ人間はその事に気づいていない。
先ほど女の子が石剣に触れた時は宝石が少し輝いた程度だが、ナイトが石剣に触れた直後に目が眩む程の閃光が発生したため、街の住民達は彼も選定の儀式に合格したのだと勘違いしても無理はない。だが、よりにもよって余所者のナイトが合格した事に複雑そうな表情を浮かべる。
「お、おいどうするんだ。あの子も合格したみたいだぞ」
「しかもなんて光の強さだ。ま、まさかあの子の方が勇者の素質が高いのか?」
「いったいどうしてこんな事に……」
「あ、あの……」
まさかナイトが合格するとは思わなかった住民達は気まずそうな表情を浮かべ、先に合格した女の子に視線を向ける。彼女はナイトが自分よりも強い光を放った事にショックを受けており、呆然とした表情を浮かべていた。
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