第6話 サキュバスの能力
(不思議な気分だ。男の姿の時より調子が良い気がする)
サキュバスの中でも武闘派であるライラの魔力が込められていたせいか、彼女の魔力を取り込んだ途端にナイトは身体が軽くなる感覚を抱き、男の姿の時よりも動ける気がした。
普段ならばゴンゾウが攻撃を仕掛けるまでナイトは動かないのだが、今の自分ならば攻撃が通じるのではないかと考える。人間のナイトの筋力では全力で殴りかかったとしてもゴンゾウに損傷を与える事はできなかったが、試しに全力で踏み込んで攻撃を仕掛ける。
「うおりゃあっ!!」
「ぬうっ!?」
気合の掛け声と共にナイトはゴンゾウに目掛けて突っ込むと、普段は彼の方から攻撃を仕掛けてくる事はないのでゴンゾウは驚き、咄嗟に両腕を交差して防御の体勢を取る。それを見ても構わずにナイトは全身の力を込めて拳を繰り出す。
「だあっ!!」
「うおっ!?」
「ゴ、ゴンゾウさん!?」
「そんな馬鹿な!?」
ナイトの拳がゴンゾウに触れた瞬間、強烈な一撃でゴンゾウの身体がふらつく。これまでナイトがどんな攻撃を仕掛けてもゴンゾウは仰け反りさえしなかった。しかし、サキュバスの魔力によってナイトの肉体は変化した影響か身体能力が上昇していた。
自分の攻撃でゴンゾウがふらついたのを見てナイトは追撃の好機だと判断し、今度は足元に目掛けて回し蹴りを放つ。
「おらぁっ!!」
「ぐはっ!?」
「き、効いた!?」
「あのゴンゾウさんが下がったぞ!?」
「うふふ……想像以上ね」
拗ねの部分に回し蹴りを受けたゴンゾウは苦痛の表情を浮かべて後ろに下がると、それを見た他の魔族は驚愕した。しかし、ライラだけはナイトの動きを見て確信を抱く。
(明らかに人間離れした身体能力……やっぱりナイトちゃんの肉体はサキュバスに近いんだわ)
人間のナイトがいくら鍛えたとしてもミノタウロスには及ばない。しかし、ミノタウロスと同じく魔族であるサキュバスならば話は別である。サキュバスは魔族の中では身体能力は別に高い方ではないが、それでも人間と比べたら凄まじい力を持っている。
現在のナイトは指輪の効果で性別が変わっただけではなく、本物のサキュバスと同等の身体能力を有しており、恐らくは四天王のライラにも匹敵する力を身に着けていた。
「な、中々やるな……だが、今度は俺の番だ!!」
「よし、来い!!」
今まではやられっぱなしだったゴンゾウだが、今度は自分から踏み込んで攻撃を繰り出そうとする。ゴンゾウは先ほどのお返しとばかりに回し蹴りでナイトの顔面に目掛けて繰り出すが、それを予測してナイトは反撃の体勢を取る。
(今ならはっきり見えるぞ!!ゴンちゃんの動きが!!)
身体能力以外にも動体視力なども変身前と比べて格段に優れており、ゴンゾウの動作を見極めた上でナイトは「流拳」を繰り出す。ゴンゾウの繰り出した蹴りに対して両手を伸ばすと、まるで鉄棒の逆上がりの要領で身体を回転させながらゴンゾウの顎に蹴りを繰り出す。
「うりゃあっ!!」
「ぐはぁっ!?」
「……決まったわね」
ゴンゾウの繰り出した全力の一撃を利用してナイトは強烈な反撃を喰らわせ、男の姿よりも強烈な一撃を受けてゴンゾウは地面に倒れ込む。その様子を見てナイトは戸惑いの表情を浮かべた。
(何だ今の動き!?身体が勝手に動いたみたいだ!!それに身体も全然痺れてない!?)
男の姿のままだと絶対に再現できない動作でナイトはゴンゾウを打ち倒し、魔族であるサキュバスの身体能力を得た事で「流拳」の真の力を発揮できるようになった。これまでは反撃を繰り出した後は身体が一時的に痺れたが、今回は攻撃の反動もなく身体を動かすことができる。
「ゴンゾウ君、起きなさい」
「う、ううっ……はっ!?」
「ゴンちゃん!!だ、大丈夫?」
気絶していたゴンゾウにライラが触れた途端に目を覚まし、立ち上がろうとするが身体が上手く動かせない様子だった。先ほどの顎の一撃で身体に力が入らず、それを確認したライラはナイトに笑みを浮かべた。
「この勝負はナイトちゃんの勝ちね」
「ゴンちゃんに……勝った?」
「……ああ、俺の負けだ」
「し、信じられない……ゴンゾウさんが二度も負けるなんて」
「流石は魔王様の側近だ……」
男の姿の時でもナイトはゴンゾウに勝ったことはあるが、大抵の場合は反撃を喰らわせた後は攻撃の反動で身体が痺れて動けなかった。しかし、サキュバスの魔力で肉体が変化したお陰か、反撃を繰り出しても身体は痺れる事はなくなり、初めてゴンゾウを無傷で倒す事に成功した。
魔王軍四天王であるゴンゾウを倒せる魔族など滅多におらず、ナイトは魔王の側近として恥じぬ実力を身に着けたといっても過言ではない。指輪を外して元の姿に戻ると、ナイトは大切そうに握りしめる。
「まさかこの指輪がこんなに凄い物だったなんて……失くさない様に気を付けないと」
「そういう事ならいい物があるわよ。ちょっと貸してくれるかしら?」
「え?あ、はい……」
ライラはナイトから指輪を受け取ると、彼女は自分が身に着けているペンダントを外して指輪を嵌めると、ナイトの首に装着した。
「このペンダントに指輪を付けていれば盗まれることはないわ。アイリスちゃんからの贈り物だからあげることはできないけど、任務の間だけ貸してあげるわね」
「え!?いいんですかそんな大事な物……」
「ナイトちゃんの役に立つのなら、きっとアイリスちゃんも許してくれるわ」
アイリスから受け取ったペンダントをライラはナイトに貸し与え、このペンダントに嵌めた指輪を使えばナイトは何時でも変身する事ができる。但し、変身する際に一つだけ問題があった。
「ナイトちゃん、変身していた時に胸がきつくなかった?」
「言われてみれば……この服だと胸が圧迫されてきつかった気がします」
ライラに指摘されてナイトは恥ずかし気な表情を浮かべ、毎回戦う度に胸元が圧迫される服装では戦闘に支障をきたす可能性がった。そこでライラはナイトのために提案を行う。
「私の知り合いにサキュバスが人間に変装する時に利用する衣服を作ってくれる裁縫職師がいるの。その人に頼んでナイトちゃんのための服を作ってもらいましょう。魔力に応じて服が変化するから、きっとナイトちゃんも気に入ると思うわ」
「え?そんな服があるんですか?」
「ナイトちゃんが変身した時に同じ服を着ている場面を誰かに見られたら、正体が気付かれちゃう恐れがあるでしょう?」
「な、なるほど……言われてみれば確かに」
「そういうわけだから今から女の子に変身した時のため、ナイトちゃんに似合う可愛い服を作ってもらいましょう。さあ、善は急げよ。今すぐ行きましょう」
「えっ!?今からですか!?」
「あ、貴方達は適当に鍛錬を続けていなさい。それじゃあね~」
「お、お疲れ様でした」
「「「押忍!!」」」
ゴンゾウと他の魔族を残してライラはナイトを連れてサキュバス専属の裁縫師の元へ向かう――
――二人が去った後、ゴンゾウは座り込んだまま動かなかった。他の魔族は立ち上がろうとしない彼を見て心配そうな表情を浮かべる。
「ゴンゾウ様、大丈夫ですか?」
「怪我をしたなら今日は休まれた方が……」
「いや、顎を少し痛めた程度だ」
ミノタウロスの中でもゴンゾウは特別に頑丈で回復力にも自信があり、ナイトから受けた怪我もそれほど深くはない。だが、何故かゴンゾウは少し落ち込んだ様子だった。その様子を見て部下の一人が心配そうに声をかける。
「あの……ゴンゾウ様、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「何だ?」
「その、ナイトさんと戦った時……本気を出してましたか?」
「あ、それは俺も気になった!!」
「いつもと違って動きに切れがなかったような……」
部下達は普段からゴンゾウの戦う姿を目撃しているため、二度目のナイトとの戦闘ではゴンゾウはいつもと違って戦えていなかったように見えた。それを指摘されたゴンゾウは難しい表情を浮かべる。
(言えん……ナイトが激しく動く度に胸が揺れて、それが気になっていつも通りに動けなかったなど)
部下からは硬派と思われがちのゴンゾウだが、女性と接する機会が少ないために女が相手だと本気で戦う事ができない。相手の正体が本当は男であると分かっていても、本来の動きが出来ずにあっさりと負けてしまった。
尻尾と羽根は生えていないがナイトの肉体は女性に変化したわけではなく、サキュバスが生まれ持つ異性を虜にする「魅力」も身に着けていた。そのためにゴンゾウは女の姿に変身したナイトには全く勝てる気がしなかった――
――同時刻、アイリスは自室の机に置かれた水晶玉を眺めていた。こちらの水晶玉は魔道具の一種であり、遠方の光景を映し出す効果がある。水晶玉にはナイト達の姿が映し出されており、全てアイリスの計算通りに動いていた。
「ライラ叔母さんのお陰で準備は整いましたね。さて、後はこっちの問題ですか……」
机の上に置かれた水晶玉は二つ存在し、一つはナイトの姿を映し出し、もう一つは遥か遠方に存在する「ハジマリノ王国」の王都が映し出されていた。アイリスは水晶玉を利用して他国の動向を把握していた。
彼女が利用する水晶玉は術者の魔力に応じて映し出す光景が変化する。四人の魔王の中でもアイリスは魔力に関しては一番を誇り、彼女以外に遠く離れた国の様子を観察できる者はいない。アイリスはハジマリノ王国に存在する「教育施設」を映し出す。
「さて、この中の誰が勇者に選ばれるんでしょうかね」
既にアイリスは将来の勇者となり得る人材を見出していた――
※明日から二話投稿になります。
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