第4話 魔族の格闘術「流拳」

――であるナイトとミノタウロスのゴンゾウでは身体能力に大きな差がある。魔族の中でもミノタウロス種は強靭な肉体を誇る種族であり、いくらナイトが身体を鍛えたとしてもゴンゾウには敵わない。だが、身体能力で劣っていてもそれを覆すだけの技術を身に着けていれば話は別である。


人間の扱う格闘技のように魔族の間にも伝わる格闘術が存在する。ナイトに技術を教えたのは四天王最強と謳われるライラであり、本来ならばサキュバスは魔法の力に優れている反面に身体能力は低く、肉弾戦には向いていない種族である。しかし、ライラはわけあって魔法を頼らずに肉弾戦特化の格闘術を得意としていた。



(ナイトちゃん、決して焦っては駄目よ。タイミングを外したら……死ぬわよ)



ライラは教え子であるナイトとゴンゾウの動作を観察し、最初に動いたのはゴンゾウだった。彼は全身の力を込めてナイトに目掛けて拳を繰り出す。



「うおおおおおっ!!」

「っ……!!」



迫りくるゴンゾウの拳に対してナイトは両手を下ろすと、回避や防御もせずに正面から拳を受ける。それを見た新参者の魔族はナイトが死んだのではないかと思ったが、予想外の事態に発展する。



「おりゃあっ!!」

「ぐふぅっ!?」

「……決まったわね」



ゴンゾウの拳が当たったと思われた瞬間、いつの間にかナイトは空中に飛んでゴンゾウの顎に目掛けて飛び後ろ回し蹴りを繰り出す。人間のナイトが繰り出したとは思えぬほどの強烈な一撃を顎に受けたゴンゾウは膝を崩し、それを見たライラは笑みを浮かべる。一方で他の魔族は唖然とその光景を見ていた。



「そ、そんな馬鹿な!?ゴンゾウさんが一撃でやられるなんて……」

「ただの一撃じゃないわ。攻撃の力を完璧に受け流して繰り出された反撃……流拳よ」

「りゅ、りゅうけん!?」



新参者の魔族は何が起きたのか理解できない様子だったが、そんな彼に対してライラは説明を加える。流拳とは魔族の間に伝わる格闘術であり、人間の中で流拳を扱える者は世界中を探したとしても何人もいない。




――流拳とは相手の攻撃を受けた上で反撃を繰り出す格闘術であり、名前に「拳」と付いているが実際には拳以外の箇所でも反撃ができる。相手の攻撃が強いほどに強烈な反撃を繰り出す事が可能だが、もしも反撃に失敗すれば攻撃の衝撃を全身に受けて自滅してしまう。諸刃の剣という言葉がこれほど相応しい格闘術はない。


人間であるナイトでは強靭な肉体を持つ魔族との戦闘では身体能力の面で優位に立つ事は絶対にあり得ない。しかし、流拳を用いれば相手の攻撃を利用して勝つことも不可能ではなかった。




「あいてててっ……」

「ぐううっ……顎が割れたと思ったぞ」

「そこまで!!」



ゴンゾウを跪かせる事はできたがナイト自身も全身の筋肉が痺れてしまい、しばらくは立ち上がれそうになかった。ゴンゾウも顎に良い一撃を喰らって身体がふらつき、見かねたライラが試合終了の合図を出す。



「二人ともよく頑張ったわね~特にナイト君は流拳を大分使いこなせるようになったわね」

「へへっ……最近になってようやくゴンちゃんにも勝てるようになりました」

「むうっ、今回は引き分けだぞ」



師匠であるライラに褒められてナイトは照れくさそうな表情を浮かべ、そんな彼にライラは手を差し出す。自分を立たせてくれようとしているのかと思ったナイは右手を伸ばすが、彼女はナイの手を掴むと力ずくで引き寄せる。



「うわっ!?」

「う~んっ……前よりも身体が柔らかなくなってるわね。まるで女の子みたいに綺麗な肌のままだし、やっぱり若い子はいいわね~」

「ちょ、ちょっとライラさん……変なところ触らないでください!?」



ナイトを抱き上げたライラは身体のあちこちを触り、普段から身体を鍛えているのにナイトの身体は異様に柔らかい。この身体の柔らかさこそが流拳を習得した者の証でもあった。




――流拳は誰もが扱える格闘術ではなく、ミノタウロスのような硬くて頑強な筋肉を持つ魔族とは相性が悪い。サキュバスのライラのような人間に近い体型で天性の柔らかさを持つ女性の魔族と相性が良い。


ナイトの場合は幼い頃からライラの指導を受け、特別な修行法で柔軟な筋肉を身に着ける。尤も身体が柔らかければ誰もが扱える格闘術ではなく、攻撃の衝撃を全身の筋肉を利用して流動させる技術を習得するまで練習を重ねる。そして数年の時を費やしてナイトはようやく実戦で使用できる段階にまで辿り着いた。



(サキュバスの私にも負けず劣らずの柔らかい筋肉になったわね。男の子なのが惜しいくらい……いいえ、むしろ女の子みたいに可愛い男の子なんて逆にそそられるわね)



身体を触っている最中にライラは涎を垂らしている事に気が付き、慌てて口元を拭う。今まで息子のように可愛がっていた相手といえども、サキュバスの本能で欲情しかけてしまう



(危ない危ない……暴走したらナイトちゃんに嫌われちゃうわ。でも、アイリスちゃんはどうしてナイト君に指輪を渡したのかしら?)



任務のためにナイトを人間の国に送り込むという話はライラも聞いているが、彼女が気になったのはアイリスがナイトに貸し与えた指輪型の魔道具だった。



「……ナイトちゃん、この指輪の効果が何なのか聞いているのかしら?」

「えっ?魔王様からは身に着けるだけで強くなれる指輪としか聞いてないんですけど……」

「う~ん、そんなに便利な指輪とは思えないんだけど……」



ライラが確認した限りではナイトが受け取った指輪には魔法の力が感じられず、身に着けたとしても何も効果はないと思われた。だが、アイリスが何の意味もなく役に立たない指輪を渡すはずがない。



(アイリスちゃんは何を考えてこんな物をナイト君に渡したのかしら?)



指輪をいくら調べても特別な能力が付与されているとは思えず、不思議に思ったライラはもしかしたらアイリスが自分が城に呼び出した本当の理由は、ナイトと自分を合わせるためではないかと考えた。


ライラが城に呼び出されたのは魔王の側近を勤めるナイトの代役として呼び出されたが、本当の理由は彼女がナイトに力を貸す事を予想してアイリスは指輪をナイトに託したのではないかと考えた。



(流石は私の姪……ここまで計算通りという事ね)



先代の魔王と比べてアイリスは戦闘は苦手だが、その代わりに知略に長けていた。彼女の頭脳を以てすればライラがナイトの指輪を見た時、どのような行動を取るのか既に予測済みだと察する。



(そう言う事ならお姉さんも頑張っちゃうわよ~)



ナイトから指輪を受け取ったライラは両手で握りしめると、彼に気付かないように細工を行う。滅多に魔法の力には頼らないライラだが、彼女にとってはナイトは小さい頃から面倒を見て来たので自分の子供のように大切に思っている。そんな彼のために指輪に改造を施す。


指輪を両手で包んだ状態でライラが魔力を込めた瞬間、表面に「ハート」の形を想像させる紋様が浮かび上がる。それを確認したライラは不敵な笑みを浮かべ、何事もなかったようにナイトに返した。

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