第3話 四天王の手ほどき

「――またとんでもない任務を引き受けちゃったな。はあっ、これからどうしよう」



魔王の元を離れたナイトは右手に持った指輪を見て困り果てる。彼が魔王から受け取った指輪は魔道具マジックアイテムと呼ばれる珍しい代物だった。


魔道具とは魔法の力が付与された特別な道具であり、身に着けるだけで様々な効果が発揮される。ナイトが受け取った指輪の効果は聞いたが、何故かアイリスは教えてくれなかった。



「必ず役に立つから身に付けろと言われたけど……いったいどんな効果があるんだ?」

「あら、そこにいるのはナイトちゃんかしら?」

「うわっ!?」



背後から女性の声が聞こえて驚いたナイトは振り返ると、外見は20代半ばぐらいの女性が立っていた。アイリスの叔母にして四天王を勤めるサキュバスの「ライラ」が立っていた。


ライラはサキュバスでありながら昔は武闘派として活躍しており、無駄な肉がない引き締まった体型をしていた。それでいながら大人の色気を醸し出す風貌をしており、小さい頃からナイトは彼女には世話になっていたのでアイリスと同じく尊敬している。



「ラ、ライラさん!?どうしてここに?」

「あらあら、ライラさんなんて他人行儀は寂しいわね。昔みたいにお姉ちゃんと呼んでいいのよ」

「いや、そんな……俺にとってはライラさんはお母さんみたいな人ですから」

「うふふ、嬉しいことを言ってくれるわね。それならアイリスちゃんはお姉ちゃんかしら?」

「いえ、お祖母ちゃんのように尊敬してます」

「そ、そう……そういう事は本人には言わない方がいいと思うわ」



昔からアイリスがナイトの世話を見れないときはライラが面倒をよく見てくれた。彼女はアイリスが子供の時もよく世話をしていたため、子供の扱いには慣れていた。ナイトの親友のゴンゾウやロプスも小さい頃はライラの世話になっていた。



「魔王城に戻って来るなら連絡してくれたら迎えに行ったのに……」

「そんなの気にしなくていいわ。それに私が戻ってきたのはナイトちゃんの代役なんだから~」

「代役?」

「あら?まだ話は聞いてなかったの?ナイトちゃんはしばらくの間はハジマリノ王国で暮らす事になるんでしょう?だから私がナイトちゃんの代わりに魔王様の仕事の手伝いをする事になったのよ」

「え!?そうなんですか!?」



魔王の側近としてナイトは今まで行っていた仕事はライラが引き受ける事になり、アイリスはナイトが仕事を引き受ける前から事前にライラを呼び出して仕事の引継ぎの準備を進めていた事が発覚する。ライラは今までは若手の育成のために励んでいたが、その仕事もひと段落つけてから戻ってきたという。



「ナイトちゃんがいない間は私がしっかりアイリスちゃんの世話をしてあげるから安心してね~」

「そ、そうですか……よろしくお願いします。アイラさんが引き受けてくれるのなら安心します」

「安心して頂戴。もしもアイリスちゃんがまた変なことをやらかしたら私がお仕置きしておいてあげるわ~」

「お、お手柔らかに……」



昔からライラはアイリスの面倒を見て来ており、魔王になってからもアイリスにとってライラは母親と同じく頭の上がらない存在だった。基本的にはサキュバスは争いごとは苦手としているが、ライラは先代の魔王と互角に渡り合える程の実力者であり、四天王の中でも一、二を誇る実力者でもある。


小さい頃のナイトもライラから手ほどきを受けており、彼が扱う格闘技は魔族の間に伝わる特殊な武術だった。久しぶりにライラと会えたのでナイトは指導を願う。



「ライラさん、久しぶりに手合わせしませんか?俺が何処まで強くなったのか試したいんです」

「ええ、構わないわよ。ナイトちゃんがどれくらい強くなったのか楽しみだわ~」

「やった!!」



久しぶりにライラに手合わせしてもらえる事にナイトは喜び、早速だが二人は城内に存在する訓練場に向かう――






――城の裏手に存在する訓練場では多種多様の魔族が稽古に励んでおり、指導を行うのはナイトの幼馴染にして四天王でもある「ゴンゾウ」だった。彼は先代の魔王と同族のミノタウロスであり、強靭な肉体の持ち主で両手両足に鉄球を装着した状態で部下達の相手をしていた。



「どうした!!お前達の力はその程度か!?」

「ううっ……つ、強すぎる」

「ここまでの力の差があるとは……」

「流石はゴンゾウ様だ……」



ゴンゾウの前には同族であるミノタウロスが転がっており、彼等はゴンゾウよりも年上ではあるが鉄球を装着した彼にも力及ばず、数人がかりで挑んでも返り討ちにされた。


ミノタウロスの中でもゴンゾウは特別に強靭な肉体の持ち主であり、訓練の際は両手両足に鉄球を装着した状態で戦う。それでも部下達に負けた事は一度もなく、将来的にはライラを越える逸材として期待されていた。



「あらあら、ゴンゾウちゃんも立派に成長したわね。私もうかうかしてられないわ」

「ゴンちゃん、また強くなったね」

「ん?その声は……ナイトにライラさん!?」

「「「ラ、ライラ様!?」」」



訓練中にナイト達が訪れるとゴンゾウ以外の魔族は慌てて跪き、そんな彼等に対してライラは朗らかな笑みを浮かべる。



「私の事は気にしないでいいのよ~それよりも今は訓練に集中した方がいいと思うわ~」

「「「は、はい!!」」」

「ナイト、今日はどうしたんだ?一緒に稽古をしに来たのか?」

「うん、今からライラさんに稽古を付けてもらおうと思って……」



ゴンゾウの部下達がライラに平伏する中、ナイトはゴンゾウに訓練場に訪れた理由を話す。それを見てライラは良案を思いついたとばかりにナイトに話しかける。



「そうだわ。ナイトちゃん、ゴンゾウ君、久しぶりに二人の手合わせが見てみたいわね~」

「えっ!?俺達が戦うんですか?」

「その方が二人の成長具合を確かめられるでしょう。どっちもどれぐらい強くなったのか気になるわ~」

「ほう、それは面白いな……ナイトが相手なら俺も本気を出すとしよう」



ライラの提案にゴンゾウは嬉しそうな表情を浮かべ、本気で戦うために両手両足に装着していた鉄球を取り外す。それを見た部下達はどよめき、自分達と戦う時は本気を出さなかったゴンゾウが人間のナイトを相手に本気で戦うつもりなのだと知って緊張が走る。



「おい、止めなくていいのか?ナイトさんは魔王様の側近なんだぞ。もしもナイトさんの身になにかあったら魔王様が……」

「ん?そうか、お前は最近にゴンゾウ様の部下になったから知らないのか」

「ど、どういう意味だ?」



新参者の魔族は人間であるナイトに四天王であるゴンゾウが本気で挑もうとしている事に不安を抱くが、彼以外はナイトの実力を知っているので止めはしなかった。



「ナイト、最初から全力で行かせてもらうぞ」

「うん、俺も本気でやるからいいよ」

「じゃあ、試合開始の合図が私がするわね。二人とも準備はいいかしら?」



ライラが審判役を務めると、二人はお互いに向き合った状態で構える。準備が整ったのを確認するとライラは合図を行う。この時に彼女の表情が一変し、先ほどまでの雰囲気から一変して真剣な表情を浮かべる。



「始めっ!!」

「うおおおっ!!」

「ふうっ……こいっ!!」



試合開始早々にゴンゾウは雄叫びを上げると、全身の筋肉が膨張した。ゴンゾウの気迫に観戦していた彼の部下達は震え上がるが、ナイトは動じた様子もなく身構える。この時にナイトは拳を握りしめるのではなく、両手を開いた状態で待ち構えた。

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