第2話 魔王に拾われた男の子
――魔王の側近である「ナイト」は十五才を迎えたばかりの人間の少年であり、彼は十年前まではハジマリノ王国の辺境の地に存在する村で暮らしていた。だが、彼が五才の頃に村に盗賊が現れて彼以外の人間は殺されてしまった。
ナイトは両親に屋根裏に匿われたお陰で生き延びたが、盗賊が去った後に他の村人は一人残らず殺されてしまい、頼れる人間を失ったナイトは両親の死体の前で泣き崩れる。
『お母さん、お父さん、目を覚ましてよ……うわぁああんっ!!』
両親を失ったナイトは泣き続ける事しかできず、やがて泣きつかれて眠ってしまう。そして彼が目を覚ました時、いつの間にか見知らぬ女性に膝枕されている事に気づく。
『おっ、ようやく起きましたか。大丈夫ですか?』
『えっ……だ、誰?ここは何処!?』
眠っている間にナイトは何時の間にか見知らぬ女性と共に馬車の中にいる事に気が付き、この時に出会った女性の正体が「アイリス」だった。彼女は魔王になる前にハジマリノ王国で暮らしており、偶然にも盗賊に襲われた村を発見してナイトを保護した。
普通の魔族ならば人間の子供など歯牙にもかけないが、人間に強い関心を抱いているアイリスは人間の生態をより詳しく把握するため、自分の手で人間の子供を育てる事にした。
『今日から貴方の世話は私がします。私の名前はアイリス、貴方の名前を教えてくれますか?』
『ナ、ナイト……あの、お姉ちゃんはどうして角が生えてるの?』
『それは私が魔族だからですよ。魔族の事は知ってますか?』
『人間を食べちゃう悪い魔物さん?』
『いやいや、私は人間なんて食べませんよ』
ナイトはアイリスが魔族だと知って驚き、他の人間からは魔族は人間を襲う危険な存在だと教えられてきた。しかし、その魔族に拾われる日が来るとは夢にも思わなかった。
『色々と事情があって私はこれから魔王になります。仕事で忙しい時は私の配下の人たちに世話を任せる事になりますが、皆とちゃんと仲良くしてくださいね』
『は、はい。まおー様』
『まおーじゃなくて魔王ですよ~』
いきなり人間の国から魔族が支配する国に連れ出されたナイトだが、意外な事に魔族の国は自然豊かで平和な国だった。
『お前が魔王様が連れてきた人間か。魔王様に迷惑をかけるなよ』
『ちょっとちょっと、こんな小さい子供を怖がらせたら駄目っすよ』
『あらあら、可愛い子ね。これからよろしくねオチビちゃん』
『よ、よろしくお願いします……』
アイリスが統治する国の住民は全員が魔族であるが、彼女が連れ帰ったナイトを無下に扱う者はいなかった。殆どの魔族は人間を見下しているが、魔王であるアイリスが保護したとなればぞんざいに扱うわけにもいかず、ナイトは大切に育てられた。
最初の頃は魔族を恐れていたナイトだったが、数年も暮らす内に順応して他の魔族の子供達とよく遊ぶ事も多くなった。
『キュロロロッ!!』
『うわぁっ!?ロプス君、いきなり抱きついたらびっくりするよ!!』
『ロプス!!ナイトが困ってるだろう!!』
サイクロプスと呼ばれる一つ目の巨人の魔族の「ロプス」先代の魔王と同じ種族であるミノタウロスの子供の「ゴンゾウ」とナイトは仲良くなり、二人とも子供ながらに身長は二メートルを軽く超える巨体だが、ナイトは気にせずに一緒に遊ぶ。
『二人とも本当に大きいよね。将来はきっと立派な将軍になれるよ』
『キュロロッ?』
『ありがとう。俺は前の魔王様みたいな立派な武人になるぞ』
種族が違えどもナイトとロプスとゴンゾウは親友の間柄となり、三人とも将来は立派な大人になって魔王を支えると約束した。そのために三人は毎日一緒に稽古を行う。
『たああっ!!』
『どうした?その程度じゃ俺は倒せないぞ!!』
『キュロロッ!!』
ナイトは稽古の時はゴンゾウとロプスに挑むが、ただの人間であるナイトの力では魔族の中でも強靭な肉体を持つゴンゾウやロプスには力及ばない。それでも自分を拾ってくれた魔王のために役に立つためにナイトは修行に励む。
(強くなるんだ!!僕を拾ってくれた魔王様のために頑張らないと!!)
人間ではあるがナイトは魔族であるアイリスを敬愛しており、彼女のために強くなるために友人達と共に毎日修行に励む。それから更に数年の時が立ち、遂にナイトは魔王の「側近」にまで上り詰めた。
長い歴史の中で人間が魔王の側近に成り上がったのは初であり、ナイトを側近に昇格させる事に多くの魔族が反対した。いくらアイリスが拾った子供と言えども、非力な人間である彼を魔王の傍に置く事に反対する者も居た。しかし、そんな彼等を説得したのはナイトの親友であるロプスとゴンゾウだった。
『ナイトは俺の親友だ!!あいつの強さは俺がよく知っている……俺の友を馬鹿にする気か!?』
『ギュロロロッ!!』
ナイトと共に立派に成長したロプスとゴンゾウは魔王軍の最高幹部である「四天王」にまで上り詰め、二人の賛成もあってナイトは魔王の側近として晴れて昇格を果たした。そして現在ではアイリスの傍に仕えて彼女の仕事の補佐を行う――
「――それにしてもナイトさん、昔と比べて随分と成長しましたね。もう私よりも立派なお姉さんに見えますよ」
「誰がお姉さんですか……こう見えても男ですよ」
「あれ?そ、そうでしたっけ?」
十年前と比べてナイトも大きく成長し、男性でありながら絹のように綺麗な黒髪を後ろにまとめており、黒真珠を想像させる瞳、一見すると女の子にも見えなくはない整った顔立ちをしていた。
「そういえばナイトさんは男の子でしたね。でも、昔は女の子の格好してませんでした?」
「それはアイリス様の叔母様が原因ですよ」
「ああ、そうでした……男の子に女の子の格好をさせるのが叔母様の趣味でしたね」
アイリスの叔母は「アイラ」という名前のサキュバスであり、最高幹部の四天王の一人でもある。そんなアイラは小さな子供が大好きでナイトも昔から可愛がられていた。
サキュバスではあるがアイラは決して小さな子供には手を出さず、その代わりに自分の好みに合わせた格好をさせるのが趣味だった。小さい頃のナイトもアイラのせいで何度か女装させられた事もあり、そのせいで女の子と間違えられる事も多々あった。現在では流石に女装もしなくなったが、その気になれば今でも見た目は完璧な女の子に演じる事もできる。
「それで魔王様、さっきの話の続きですけど本気で人間の勇者を誕生させるつもりですか?」
「本気ですよ。これまで私が勇者を生み出すためにどれだけ苦労してきたと思ってるんですか?勇者の力を利用して私以外の三人の魔王をちゃちゃっと始末してもらいましょう」
「簡単に言わないでくださいよ……第一に勇者がアイリス様を狙ったらどうするんですか?」
「だからそうならないように勇者を陰から操る人材が必要なんですよ。それとついでに魔王に負けないように鍛えてくれる人も必要ですね」
「……その役目を俺がやれと?」
ナイトは自分の顔を指差すとアイリスは頷き、彼女の配下の中で唯一に人間である勇者と接近できるのはナイト以外にあり得なかった。
「私や他の魔族が勇者に近付こうとしたら絶対に警戒されますからね。でも、人間であるナイトさんなら警戒される事もなく近づけるでしょう。ナイトさんが勇者の仲間になって上手く私以外の魔王と戦うように誘導してください」
「でも、俺が勇者の仲間になれるなんて思いませんけど……」
「大丈夫ですって、ナイトさんは普通の人間にはない力を持ってるじゃないですか」
「えっ……何の話ですか?」
アイリスの言葉にナイトは戸惑うが、幼い頃から魔族と接してきた事でナイトは普通の人間が持ち合わせていない能力を身に着けており、それを生かせば勇者の仲間になれるとアイリスは確信していた。
(幼い頃から魔族に鍛えられてきたナイトさんが普通の人間に負けるはずがないと思いますが、一応はあれを渡しておきましょうかね)
ナイトは信頼しているが万が一の場合に備えてアイリスは彼のために用意しておいた物を取り出す。それは銀色に輝く指輪だった――
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