魔王軍のスパイですが、勇者(候補)に懐かれて任務が進みません

カタナヅキ

序章 魔王と側近

第1話 変わり者の魔王と苦労人の側近

「――はあっ、隕石でも落ちて他の魔王が滅びたりしませんかね」

「魔王様、不謹慎な事は言わないでください」



地上には四人しかいない「魔王」の一角である「アイリス」は玉座に座りながら面倒そうな表情を浮かべる。彼女は四人の魔王の中でも唯一の女性であり、先代魔王とサキュバスの間から生まれた女性の魔族である。


魔族とは人間とは異なる種族であり、彼女の父親は「ミノタウロス」という牛と人間が合わさったような異形な姿をした種族だが、母親は「サキュバス」という角と羽根と尻尾が生えている以外は人間に瓜二つの種族だった。


ちなみにアイリスはサキュバスである母親の血を濃く継いでおり、外見は十代半ばの人間の少女にしか見えないが、サキュバス特融の羽根と尻尾を生やしていた。頭の部分だけはサキュバスのではなく父親と同じく牛の角を生やしている。詳しい容姿は金髪の髪の毛を腰元まで伸ばし、宝石のルビーを想像させる赤色の瞳、人形のように整った顔立ちに二つのスイカを思わせる大きな胸が特徴的だった。



「だってあいつら私の領地を何度も狙ってくるじゃないですか。今年になってから十回ぐらい襲撃を受けてるんですよ?」

「先代の魔王様が魔界にお帰りになられた途端に襲ってきましたね……」

「全く、お母様を怒らせて実家の魔界に帰られたからって、後を追いかけるために魔王の座を娘の私に無理やり継がせるからこうなるんですよ」



アイリスの父親である先代魔王は武闘派で有名で他の魔王も滅多に手を出す事はしなかった。しかし、浮気癖が酷くて妻に逃げられてしまい、彼女を追いかけるために魔王の座を引退して娘であるアイリスに半ば無理やり後を継がせた。そのせいで今までは先代を恐れて大人しくしていた他の魔王達が新参者の魔王から領土を奪う好機と判断して幾度も攻め寄せてきた。


父親と違ってアイリスは戦闘は得意ではなく、他の魔王とも争いは避けたいところだが彼女が統治する領土の大部分は先代魔王が他の魔王から奪った土地であり、他の魔王から深く恨みを買っていた。彼等は自分達の領土を取り戻すために幾度も侵攻を仕掛けてくる。



「もう面倒臭いからお父様が奪った領地を返還するのも考えたんですけど、それだと領民の反感を買いそうなんですよね」

「アイリス様の政策のお陰で我が国は発展しましたからね」

「そう言われると照れますね」



アイリスが新しい魔王になった際、政治に励んで様々な改革を行う。彼女の国には多数の魔族が住んでいるが、それらを種族ごとに分かれさせて暮らさせるのではなく、様々な種族が同じ場所で一緒に暮らす国へと造り替える。


最初の頃は他種族同士の争いごとは多々あったが、法律を定める事で争いごとを抑止し、種族の特性に見合った仕事を振り分ける事で住みやすい環境を作り出す。彼女は魔王になる前にに住んでいた事があり、そこで学んだ知識を生かして大々的な国の改革を行う。



「だけど魔王様がまさかで学んだ知識を生かして新しい政策を編み出した時は驚きましたが、お陰で国は豊かになりましたね」

「本当に人間というのは興味深い生き物ですよね。私達では考えもつかない発想力で様々な文化を作り出すんですから」



魔王になる前のアイリスは「人間」という種族に強い興味を抱き、彼等の事を熱心に研究していた。普通の魔族は人間は自分達と比べて非力で軟弱な存在として見下していたが、魔族の中で唯一アイリスだけは人間に関心を抱き、わざわざ彼等の国に住み着いて人間という生態を数十年もかけて調べる。


結論から言えば人間は魔族と比べると戦闘能力は劣るが、その代わりに魔族では思いもつかない「発想力」で様々な技術や文化を生み出し、彼等を調べて得た知識を頼りにアイリスは様々な政策を考えると、急速に国が発展して現在では他のどんな魔王の国よりも治安が安定していた。領民からの支持率も高く、先代よりも彼女を慕う民も多い。



「人間さんのお陰で私の国は発展しましたが、そのせいで他の魔王も危機感を抱いたのかもしれませんね」

「他の三人の魔王様もアイリス様と同じ政策をすれば良いのに……」

「それは無理ですね。彼等は人間を見下してますから死んだって人間の真似事なんてしませんよ」



アイリスを除く魔王は人間を下等種族として見下しており、だからこそ彼等の文化を受け入れるはずがなかった。しかし、新参者の魔王であるはずのアイリスの国が急速に発展している事に危機感を抱き、先代の魔王がいない間に侵攻を試みる。



「お父様が帰るまでどんなに早くても十年は掛かりますね。魔界とこっちの世界では時間の流れが異なりますし、仕方ないと言えば仕方ない話ですけど」

「でも、先代が戻らないと他の魔王様を食い止めるのは難しいと思いますが……」

「そうですね……あ、そうだ。密偵からの報告でハジマリノ王国で新しい勇者が誕生しようとしてるらしいですよ」

「勇者?まさか、あの伝説の勇者の事ですか?」



いきなり話題が変わった事に側近は戸惑い、アイリスの語る「ハジマリノ王国」は彼女が魔王になる前に潜伏していた国家である。アイリスはハジマリノ王国で人間の生態を調査していたが、その国でとある「儀式」が行われるという情報を聞きつけた。



「勇者の事は知ってますよね?」

「まあ、一応……先代様から聞いた事があります。大昔、地上を支配しようとした悪逆魔王を討伐した人間の事ですよね」

「そうそう、お父様の前の前の前の時代の魔王なんですけど、とんでもない力を持った魔王が魔界から訪れて世界を征服しようとしたんです」



遥か昔に強大な力を持つ魔王が魔界から地上に進出し、当時存在した人間の国をいくつも滅ぼし、地上の制服まであと一歩という所で「勇者」と呼ばれる存在に打ち破られたという伝承が魔族の間に伝わっている。


人間の間では勇者は世界を救った英雄として祭り上げられているが、魔王を信仰する魔族からすれば勇者は魔王を打ち破った忌まわしき存在であり、現在では語り継ぐ者も少ない。そんな勇者の話題を現代の魔王であるアイリスが告げた事に側近は疑問を抱く。



「勇者なんて本当に居たんですか?正直、ただの人間が魔王を倒せるなんて信じられないんですけど……」

「大昔には人間の中にも特別な力を持つ存在がわりといたんですよ。それに悪逆魔王を倒すために「聖剣」と呼ばれる恐ろしい武器をドワーフが作り出したんです。この聖剣というのが非常に厄介な代物で勇者の力を限界以上に引き出す能力があるそうです」

「そんな恐ろしい武器が本当に実在したんですか……」



アイリスの言葉に側近は冷や汗を流し、勇者も聖剣も恐るべき存在として魔族の間に語り継がれている。だが、勇者は悪逆魔王を討伐した際に自身も命を失い、残された聖剣は勇者の故国であるハジマリノ王国にて保管されているという。



「ハジマリノ王国で新しい勇者を見出すための儀式が行われるそうです。なんでも預言者が現れて、勇者が再び生まれ変わってこの世界を救うと言い出したそうです」

「え?それは本当の話ですか?」

「本当ですよ。もう国の方でも新しい勇者を選別するための準備が執り行われています」

「……でも、ハジマリノ王国も預言者なんて胡散臭そうな奴の言葉をよく信じましたね」

「胡散臭いとは何ですか!?不敬罪で捕まえますよ!!」

「え!?な、何でアイリス様が怒るんですか?」



側近の言葉に何故かアイリスは急に怒り出し、彼女の反応に側近はある結論に行きつく。



「まさかその予言者の正体……アイリス様なんですか!?」

「あ、やばっ……バレてしまいましたか」



アイリスは咄嗟に口元を抑えるが既に自白してしまい、勇者が誕生すると予言した正体がよりにもよって勇者と相対する存在の魔王である彼女だと知って側近は愕然とした。



「な、何を考えてるんですか!?魔王ともあろう御方が勇者が誕生するなんて嘘予言するなんて……」

「いやいや、これには訳があるんですよ!!」

「どんな訳ですか!?だいたい魔王様に予言する能力があるなんて聞いた事もありませんよ!!しかも我が国ならともかく他の国にそんなでたらめを広めるなんて……ほら、今から謝りに行きますよ!!菓子折りを持って謝罪しに行きますよ!!」

「ちょ、私これでも魔王なんですけど!?」



玉座からアイリスを無理やり引きずりおろそうと側近は彼女の身体を掴むが、アイリスは必死に玉座にしがみついて言い訳を行う。



「話は最後まで聞いて下さい!!私が預言者を騙ってまで勇者の選別の儀式を行わせたのは理由があるんです!!」

「だからどんな理由ですか!?」

「あいててっ!?耳を引っ張るのは止めてください!!ちょ、尻尾は駄目です!!そこは感じるので……ああんっ」

「変な声を出さないでください!!」



側近に角やら尻尾やらを引っ張られながらもアイリスは預言者を名乗った理由を明かす。



「勇者が誕生したと知れば他の魔王だって放っておけないでしょう!?必ず勇者を討ち取るために行動に移るはずです!!その間は私の国に攻め込む余裕はなくなります!!」

「あ、なるほど……勇者を囮にして我が国の防衛を強化するんですね?」



アイリスの言葉に側近は感心した風に彼女の身体を離そうとしたが、その前にとんでもない発言を聞かされる。



「いいえ、私の真の目的は勇者と手を組んで他の魔王を打ち倒す事です!!そのためには貴方の力も必要なんですよ!!この国で唯一の人間であるナイトさん!!」

「ええっ!?僕がですか!?」



魔王の側近を務めるのは「ナイト」という名前の人間の少年であり、彼はアイリスが治める国の唯一の人間であり、十年以上前に人間の国からアイリスに連れられて暮らしていた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る