第13話 試合終了

 会場は静まり返っていた。選手が倒れたまま動かないという事態に動揺しているのだろう。

 

 近くに控えていた救護担当の人達が即座に試合場に上がって来た。その中に居た戦神の司祭が、早速ファヴァルさんに回復魔法をかける。

 ファヴァルさんは意識を失っているようだが、救護担当の人達の様子を見る限り死んではいない。もとより殺してしまった手ごたえは感じていなかったが、万が一ということがなくてよかった。


 僕は、両手剣を杖代わりにしてどうにか倒れるのを免れている状態だ。

 そんな状態で、しばらくファヴァルさんの様子を見ていたが、彼の命に別状がないことが分かったところで東軍の陣営の方に目を向けた。

 まず、心配そうな様子でファヴァルさんを見ているアビア殿の姿が目に入る。

 そして、オストロス殿が呆然とした表情のまま動きを止めている事もわかった。

 

 通例なら、このタイミングで将帥が敗北を宣言するのだが、オストロス殿にその様子はない。事態を飲みこめていないのか、それとも負けを認められないのか、或いは、自ら戦う気があるのか。

 いずれにしても、このままなら対将帥戦を行うことになる。

 望むところだ。体力はほぼ限界だし、ダメージは立っているのもやっとというほど深い。それでも、オストロス殿を叩きのめす事くらいは出来る。してみせる。

 そんな強烈な意思を込めて、オストロス殿を凝視した。


 僕が放つ殺気にでも気付いたのか、オストロス殿がこちらに顔を向け、視線があった。

「ひっ!」

 オストロス殿は、そんな情けない声をあげた。そして続いて、大声で、ほとんど悲鳴のような声で告げた。

「降参だ! 降参する!」


「東軍将帥より降参の宣言がありました。これを以って、帝都大学院武術成果報告会、団体闘技試合は、西軍の勝利とします」

 審判がそんな宣言を行った。

 そこで初めて、観客席から歓声と拍手が湧き起こった。


 僕は西軍の陣幕の方を向いた。

 セスリーン殿下は、胸の前で両手の指を組んで、祈るような姿勢でこちらを見ていた。

 泣き出しそうな表情をしているように見える。

 そんなに心配をかけてしまって申し訳ない。

 早く戻って無事を伝えたい。安心して欲しい。それから、この競技は間違いなく殿下の勝利だった事も伝えたい。

 セスリーン殿下の励ましの言葉が、勝負を決めたからだ。


 そうこうしている内に、ファヴァルさんは担架に乗せられて退場していた。

 手のあいた司祭の方が、僕に回復魔法をかけてくれる。

 これで、どうにかひと心地ついた。


「アーディル・ハバージュ。治療が終わったならば貴賓席の前に進みなさい。皇后陛下からお言葉があります」

 審判の方がそう声をかけてくる。その表情や言葉からは、何か後ろめたさのようなものを感じた。

 そして僕は、今更ながら、先ほどの戦いの試合停止の判断が、他の戦いと明らかに違ったことに気付いた。


 この審判の方は、他の戦いでは、その攻撃を受けてしまえば倒れるだろうというところで、的確に攻撃を止めさせていた。

 ところが、今の戦いは違った。実際にファヴァルさんが倒れて気を失うまで戦いは止まらなかった。


 恐らく、ミスではなく、そのようにしろという指示が出ていたのだろう。僕は、試合前に審判に何事か告げている男がいたことを思い出した。

 そして、審判にそんな事を指示できる者は、少なくともこの場には皇后陛下しかいない。


 そんな事に思い至ったが、僕はそのまま貴賓席の前に進み跪いた。

 多少の不信感があろうとも、皇后陛下に逆らうなどありえない。

 それに、今の判定は僕にとって有利に働いていた。もし、今までどおりの判定基準だったなら、多分ファヴァルさんの僕を打った最後の攻撃が当たる前に試合が止められて、僕の敗北になっていただろう。

 どんな意図だったのかは分からないが、この行為には感謝すべきだ。


 僕が跪くと、まず、皇后陛下の側に立つ側近の方が口を開いた。

「皇后陛下は直答を許すとの思し召しである。謹んでお言葉を受けよ」

「有難き幸せにございます」

 僕は顔を伏せたまま答える。

 会場の全ての者が口を噤み静寂が訪れる。誰もが皇后陛下のお言葉を邪魔してはいけないと考えたからだろう。

 そして皇后陛下から言葉が告げられた。


「ハバージュ男爵オーランが嫡子アーディルよ、見事であった。

 先鋒の5人抜きは近年にない快挙。しかも相手の5人も、いずれも秀でた者達であった。これを下した事は賞賛に値する。

 そなたの健闘を讃えて、私から直接の褒美をとらそう」

 ここまでの皇后陛下のお言葉は、概ね想定どおりのものだ。しかし、その後に言葉が続く。


「そういえば、そなたは先ごろ冒険者のアスランの名で、軍の魔物退治において大きな功を上げていたな。ついでにその褒美も兼ねて与えよう」

 僕は思わず身を縮めた。この言葉は予想外だった。

 

「え!?」

 セスリーン殿下が、かすかな困惑の声をあげる。

 こんな形で隠していたことがばれてしまった。ご不興を買ってしまったことだろう。


 僕は剣技を鍛える事と、生活費を稼ぐことを目的に休日には冒険者として活動していた。けれど、剣が使えることは隠すという父さんとの約束があったので、偽名を使い、出来るだけ正体がばれないようにもしていた。

 といっても、政府がその気になって調べれば直ぐに分かることだ。

 だから、上の方にはばれているだろうと思っていた。しかし、まさか、こんなタイミングで白日の下にさらされてしまうとは思わなかった。

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