第14話 褒美

 皇后陛下の言葉は続いた。

「相応のものを与えようではないか。何か望むものを言ってみるがいい」


 この言葉も予想外だった。

 普通なら、予め用意されていた褒美の品を与えるという段取りのはずだ。

 望むものといわれても、とっさに上手い答えは思いつかない。

 問われたからといって、本当に欲しいものを口にするとか不用意なことをすれば、不敬とされてしまうだろうし。

 といっても、皇后陛下の問いかけを無視することも出来ない。とりあえず無難な望みを述べることにした。


「畏れながら申し上げます。帝都大学院卒業の後に、軍へ仕官することをお許しいただければ幸いです」

「成績が優秀な者が軍や政府に仕官することは、むしろこちらが推奨していることだ。それでは褒美にならない」

 無難なところだと思ったが納得してもらえなかった。


「それでは、仕官の後は参謀府への配属を希望いたします」

「そなたの戦略・戦術の成績は聞いている。参謀府配属はただの妥当な人事だ。褒美とは言えん」

 これも駄目らしい。それではもう、お金をいただくことにでもしようか。と、そう考えた時に、皇后陛下の言葉が続いた。


「金が欲しいなどとつまらぬ事は言うなよ」

 お金という答えも封じられてしまった。貧しい貴族の当家にとっては、お金がもらえるなら、割と本気で嬉しいのだが、これもだめか。

 とすると、本当に困った。

 父さんに無断で領地の加増を願うわけにもいかないし、何か適当な宝物でも望むべきだろうか。

 そう考えているうちに、更に皇后陛下が発言する。


「ふむ、質問を変えよう。

 アーディル・ハバージュよ、そなたが今、最も欲するものは何だ。

 嘘偽りなくそれを答えよ。これは、命令である」


「ッ!」

 僕は息を飲んだ。最も欲するもの。それははっきりしている。けれど、とても口に出すことは出来ない。

 しかし、命令といわれた。皇后陛下の命令に背いたら、一門断絶すらありえる。

 嘘を感知する魔法や魔道具も存在すると言われている。もし、嘘をついてそれがばれたら……。しかし……。


「どうした? 口に出すだけなら何を言っても罪には問わぬ。約束してやろう。私の約束を信じられぬとは言うまいな。

 それとも、欲しいものは何もないか? そなたの心を捕らえるほどの価値のあるものは、この世に何もないとでも言うか?」

 皇后陛下が更にそう口にする。

 これ以上の沈黙は許されない。

 僕は覚悟を決めた。


 嘘は言えない。嘘がばれて罰せられる恐怖以上に、このことについて偽りを口にする気にはどうしてもなれない。

 僕は今、冷静ではないのかも知れない。間違いを犯そうとしているのかも知れない。けれど、やっぱり、自分を偽ることは出来ない。


「畏れながら申し上げます。私アーディル・ハバージュが最も欲するのは、誠に畏れ多いことながら、第二皇女セスリーン殿下の御心です」

 会場がかすかにざわめいた。さすがに皆驚いているのだろう。公衆の面前でこんなことを言ってしまったのだから。

 だが、皇后陛下は驚いてはいないようだ、平静な声を返してくる。


「ほう、セスリーンの心、とな。心だけでよいのか?」

 は? いや、これは、どういう問いかけだ? 心の他って、それは? これも命令か? 答えないとだめなのか?

 混乱する僕に向かって、皇后陛下の声が続く。 

「その様子を見る限り、心以外も欲しいようだな。よかろう、その望み叶えてつかわす。

 セスリーン」

「はい」

 皇后陛下は突然殿下へ声をかけ、殿下が答える。


「私の預かりとなっていたそなたへの処分を言い渡す。

 今この時より、そなたを皇籍から外す。この後は、アーディル・ハバージュに嫁し、伴侶としてこれを支えよ」

 いや、いや、いや、皇后陛下、何言っているんだ。今いったい、何を言ったんだ。

「え?」

 セスリーン殿下もそんな声をあげている。当然だろう、ありえないことを言われたんだ。


「これは決定だ。異論は許さぬ。

 それから、分かっているだろうが、これはアーディル・ハバージュへの褒美として行うことだ。左様心得て、しかと尽くすのだぞ」

「う、承りました」

 何を言っているんですか! 殿下。承ったって、承った? それって、え? いや、まさか? え?

 

「今日はよいものを見せてもらった。各々技量に違いはあれど、優れた若者達が育っていることを知れた。我が国も安泰というものだ。皆の者大儀であった」

 皇后陛下がそう告げる。


 そして、「皇后陛下が退席なされます」という声が響いた。

 観客が一斉に跪く音が聞こえた。そして、皇后陛下は立ち上がり、この場を後にしてしまうようだ。

 僕はこの間、片膝をついて顔を下げたまま動けないでいた。混乱のあまりどうしてよいか分からなかった。

 いや、実際、この後どうすればいいんだ? どうなるんだ?

 僕は顔を上げることすら出来なかった。

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