第11話 副将戦
「アーディル、大丈夫なの?」
陣幕に戻った僕に、セスリーン殿下が心配そうな様子でそう声をかけてくれる。
僕は、少しでも疲労を回復させようと大きな呼吸を繰り返している。僕が疲弊している事は、殿下に対しても隠すことが出来ないほど明らかだった。
「申し訳ありません……。手間取りました」
僕はそう返した。無駄に強がる方が、殿下をいっそう心配させてしまうと思ったからだ。
「アーディル。もう十分よ、私の名誉なんてどうでもいいから、降参しましょう」
「殿下、そればかりはご容赦ください。最後まで戦わせていただけるとお約束したはずです」
殿下の申出に驚いて、ついそんなことを言ってしまった。
「でも、そんなに疲れているようなのに……。あなたの身に、もしもの事があったら、私……」
「殿下、もしもの事など恐れるに足りません。先ほど控えの間で申し上げた事に、何一つ偽りはありません。
私は、殿下の御為ならば、真実命すら惜しくはありません。
ましてこれは試合。勝とうが負けようが、いずれにしろ多少打ち据えられるだけです。何を厭う事がありましょうか。
そして、私は負ける気もありません。どうか私に、殿下の戦士としてこのまま戦わせてください。それこそが私の、切なる願いです」
「……アーディル。分かりました。けれど、無理はしないで」
「心得ました殿下」
「西軍先鋒、東軍副将試合場に上がりなさい」
僕はその声に従い試合場に上がった。
反対側から上がってきたアビア・イルクエトゥ殿は穏やかな表情をしていた。
板金鎧を身につけ、3mほどの長さの槍を手にしている。
「始め!」
そして、また速やかに試合開始の声が響いた。
「貴公には上手く騙されてしまっていたよ」
アビア殿がそう声をかけてくる。
戦い始める前に会話をしてくれるなら、願ったりだ。その間に少しでも体力を回復させることが出来る。
僕はアビア殿に答えることにした。
「騙したつもりはないのですが…」
と、その瞬間、アビア殿の槍が突き出された。
油断していたつもりはない。今まで温存していた錬生術も最大限に使っている。
しかし、それでも上手く気を外されてしまっていたのも事実だ。
僕はギリギリで避けることが出来なかった。
アビア殿の槍は僕の左肩を打つ。
「きゃ!」
セスリーン殿下が小さく悲鳴を上げた。
僕もやられたままというわけには行かない。
僕はアビア殿の槍に沿うように素早く前進して、アビア殿の左脇を打った。
近づいてしまえば剣の間合い、このまま追撃と思ったが、アビア殿は素早く槍を反転させて、石突で攻撃してくる。
僕は距離をとって避けるしかなかった。
一旦距離をおいて向かい合う形になる。
アビア殿も厳しい表情で槍を構えなおしている。
その構えは守備を重視したものだ。試合を長引かせようとしているのである。
アビア殿は、本当に軍人として優秀だ。
僕の心理を上手く利用して、まず一撃を加え、その後はヤズィークさんの作戦を引き継いで、確実に僕の体力を削るつもりだ。
アビア殿にさっきの連撃は通用しない。あんな力の乗っていない攻撃では、板金鎧を身につけたアビア殿にはほとんどダメージを与えないだろう。
アビア殿も守りを重視しつつも、攻撃も行ってくるだろうから、あの戦い方では僕の体力が無駄に消耗するだけだ。
アビア殿は守りを重視しているから、攻撃はそれほど鋭くはならないはずだ。
だが、だからといって、こちらは守りを軽視して、攻撃に重点を置き早く勝負を決めるという作戦も出来ない。
不用意に守りを軽視すれば、すかさずアビア殿は攻撃重視に切り替えてくるだろう。
その結果、さっきの打撃を何度かもらえば、アビア殿には勝てても、次の大将戦で全く勝ち目がなくなる。
正攻法で行くしかない。
僕はそう判断せざるを得なかった。
攻撃を躊躇した僕に、アビア殿の槍が迫る。
その攻撃はやはり守備を念頭に置いた踏み込みのあまいものだ。しかし、もちろん無視は出来ない。
僕は槍を弾いて猛然と踏み込んだ。
激しい応酬が続く。
優勢なのは僕だ、守りを重視しているアビア殿の槍は最初の一撃以外当たっていない。対して、僕はその守りすらかわして、何度も攻撃を当てている。
そして、アビア殿の動きが乱れ、隙が生じる。
だが、これは誘いだ。その隙に打ち込めば、攻撃をすかされ、反撃を受ける。それは分かった。だが、それでも僕は踏み込んだ。
どちらにしてもこれ以上試合を長引かせるわけにはいかない。
思ったとおり、僕の剣は空を切る。
しかし、この僕の攻撃も見せ掛けだ。渾身の力を込めたように見せただけで、それほど力を込めていない。
僕は素早く剣を斬り返し、攻撃に転じようとしているアビア殿を狙った。アビア殿が目を見開く。この攻撃は避けられない。
「それまで!」
審判の声が響く。
僕はかろうじて剣を止めることに成功した。
「勝者、西軍先鋒、アーディル・ハバージュ」
そしてそう宣告された。
観客席からは拍手が響いた。
今までの戦いに比べると、見栄えがする激戦に見えたからだろう。
僕は大きく呼吸をした。勝つには勝った。だが、体力の消耗は激しい。
アビア殿が一礼する。僕もそれに返した。
「完敗だ。見事だった」
顔を上げたアビア殿がそう告げた。
「……そちらこそ。してやられました」
僕は荒い呼吸を繰り返しながらそう返す。体力という点では、明らかの僕の方が消耗している。してやられたというのは事実だ。
「いずれまた立ち会おう」
「ええ」
そんな言葉を交わしてから、僕らは試合場を降りた。
「アビアまで……」
東軍の陣幕から、オストロス殿のそんな声が聞こえた。
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