第10話 中堅戦
「見事でした。アーディル」
殿下はそう言って、嬉しそうな様子で僕を迎えてくれた。
小ざかしい小細工を弄した事で、ご不興を買うかと思ったがお許しいただけたようだ。
「ありがとうございます」
僕はそう返しつつ、両腕に走る痛みを悟られないように努めた。
ひとかどの戦士が、手にした剣を取り落とすほどの強撃。そんな一撃を放った代償はやはりあった。僕の両手にかかった負荷は相当のものだ。
(まだまだ、実戦で使えるような段階ではないな)
僕はそんなことを思った。
少なくとも殿下に対しては誤魔化す事ができたようで、殿下は機嫌良さ気に僕を見てくれている。
「次もよろしく頼みます」
そして、そんなことを言ってくれた。
「畏まりました。私にお任せください。必ずや殿下に勝利を捧げます」
僕もそう答える。
「西軍先鋒、東軍中堅試合場に上がりなさい」
呼び出しの声があがった。
本当の戦いはこれからといっても過言ではなかった。
僕が試合場に上がるのと同時に、反対側からヤズィークさんが上がってくる。
上質のソフトレザーアーマーを装備し、右手にはショートソード、左手に小ぶりの盾であるバックラーを持っている。
そして、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「始め!」
審判がそう告げる。
その時既に、ヤズィークさんは守りを固めている。開始前に守りを固めるのはルール違反ではない。
僕は、そのヤズィークさんの構えを慎重に観察する。
ヤズィークさんの攻撃を回避する技術は群を抜いている。それだけ見れば2位のアビア殿以上だ。僕も簡単に攻め口を見出せない。
すると、僕が攻撃に移ろうとする機先を制するかのように、ヤズィークさんが口を開いた。
「随分余裕ですね。錬生術を使わないとは。使えるんでしょう?」
錬生術というのは、体内のマナを消費してオドに働きかけ、身体能力向上などの効果を得る術だ。一流の戦士なら習得している事が多い。
実際、ムスタフ殿もイアン殿も先ほどの試合で錬生術を使っていた。そして、今、ヤズィークさん自身も、俊敏さを向上させ回避を更に巧みにする錬生術を使っているようだ。
僕も錬生術を修めている。それもかなり高度な術まで扱える。しかし、前の2試合では使っていなかった。
その事を見透かされていたわけだ。
ヤズィークさんは意味ありげな笑みを深めながら更に告げた。
「使った方がいいのではないですか?」
「そうしましょう」
「ッ!」
ヤズィークさんの問いかけに僕が即答すると、ヤズィークさんが声を詰まらせた。
(そこで声を詰まらせたら台無しですよ)
僕は心中でそう告げる。
ヤズィークさんが思わせぶりな笑みを見せながら、僕に向かって錬生術を使えと言ったのは、逆に錬生術を使う事を躊躇わせるためだ。
僕が即座に使うと言った事に動揺したのがその証拠である。
要するにヤズィークさんは、僕が一時的な身体強化を用いて、短期に勝負を決めようとすることを嫌ったんだ。
つまり、試合を長引かせる事がヤズィークさんの狙いだ。
その目的は僕の体力を消耗させる事だろう。
先ほどのイアン殿との試合で、僕がくだらない小細工を弄して一瞬で勝負を決めたのは、試合を長引かせない為だった。その事を見透かされている。
実際、試合を長引かせて体力を消耗させたくはない。本気で5人抜きを狙っているからだ。
そして、ヤズィークさんは僕のその意図をくじく為に、錬生術を使わせないように誘導しようとした。
自分と僕の実力を測って、錬生術さえ使わせなければ、試合を長引かせる事が可能だと判断しての事だろう。
相手の意図が、試合を長引かせて僕の体力を消耗させることだと分かったなら、即座に錬生術を使って早くに勝負を決めるべきだ。
だが、それは出来ない。
体力の温存も大事だが、ここでマナを消費してしまっては、続く2試合で勝てなくなる。僕はそんな計算をしていた。
だから、最初から、この試合は錬生術なしで乗り切るつもりだった。
僕は意を決し、ヤズィークさんに攻撃を仕掛けた。
ヤズィークさんは、結局僕が錬生術を用いずに攻撃してきた事に安堵したようだ。
僕の攻撃は、バックラーで軽くいなされてしまう。
だが、即座に切り返す。これもショートソードではじかれた。しかし、僕の連撃は止まらない。
目まぐるしい勢いで、立て続けにヤズィークさんを襲う。
ヤズィークさんも直ぐに余裕がなくなった。
この連撃は、相手を選ぶ技だ。
とにかく素早く次の攻撃につなげるために、一撃一撃に力が十分に乗っていない。だから、防御力に劣る相手にしか効かない。
しかし、手数の多さは段違いだ。
ヤズィークさんもさばききれずに、一撃二撃と攻撃を受けてしまっている。
力が乗っていないとはいっても、ソフトレザーアーマーしか装備していないヤズィークさんにはそれなりのダメージが入っているはずだ。
だが、問題はそこではない。
今行われているのが、実戦ではなく試合だということだ。
客観的に見て今の状況は、ひたすら守りを固めるヤズィークさんに僕が猛攻を仕掛け、一方的に攻撃し、しかも、その守りを破りつつあるという事になる。
この状況のままなら、ヤズィークさんは戦意なしと見なされてしまうだろう。
実際、審判が手を上げようとする。試合をとめようとしているんだ。
「まだまだァ!!」
その時、ヤズィークさんが雄叫びのような声をあげ、僕に向かって剣を振るった。
戦意を失ってはいないというアピールだ。
これには効果があった。試合は止まらない。
ヤズィークさんはまた守りを固めた。しかし、その形相は闘志をむき出しにしており、攻撃の機会をうかがっているように見える。
(見誤った)
そう認めるしかなかった。
ヤズィークさんは、実際に時折僕に向かって攻撃を放つ。
自分が受けるダメージと、戦意なしと見なされるタイミングを計算しての行動だ。
自分がどれほど打たれようと、少しでも試合を長引かせようとしている。
ヤズィークさんが、チームの勝利の為にここまで最善をつくすとは思っていなかった。
普段の言動から判断して、審判が試合終了を告げようとすれば、さっさとそれに従うだろうと思っていた。
僕の判断が甘かった。
だが、だとしても、やはりマナを消費するのは悪手だ。僕は自分の体力と、マナの量を計算してそう断を下し、ヤズィークさんへの攻撃を続行した。
そして、数分の時間が過ぎ、ついに審判が試合をとめた。
だがそれは、ヤズィークさんが本当に後一撃喰らったら倒れるだろうというタイミングだった。
戦意喪失と見なされる事による早期決着という僕の目論みは、完全に外れたと言わざるを得ない。当然体力もかなり消耗してしまっている。
「勝者、西軍先鋒、アーディル・ハバージュ」
そう宣言されるが、僕はそれを喜ぶ事はできなかった。
僕は荒い息を吐きつつ、ヤズィークさんに向けて頭を下げた。
ヤズィークさんも頭を下げる。彼は立っているのがやっとといった感じで、その表情も苦虫を噛み潰したようなものだった。
その顔をみて、ヤズィークさんもこの試合展開を望んでいなかったことが分かった。
それはそうだろう。彼がやったことは、自分では僕に勝てない事を認めて、チームの為に捨石になるということだ。個人としては、そんなことを望むはずがない。
だが、ヤズィークさんは個人としては不本意でも、腐ることなく、チームの為にやれるだけの事をやり遂げた。
見事と言うべきだろう。
オストロス・エルナバータ殿が口を開いた。
「口ほどにもない。役立たずめ!」
そして、そんな発言をする。
(あなたは何も分かっていない。役立たずなのは、あなただ)
僕は心中でそう呟いて、西軍の陣幕に戻った。
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