第3話 遁走
劉邦は扉を取れんばかりの勢いで開けて、一目散に逃げた。しかし、後ろからはとんでもない轟音とも言えるような足音がますます近づいてきており、曹参という手負い人に肩を貸して共に逃げることは不可能に近かった。
なんとかしてこの事務所から出なければ始まらない。こんな事務所で項羽に捕まったら、煮殺されるかもしれないではないか。そんな恐怖が劉邦の足を動かし、廊下を全力の疾走でかけ抜け、ついに玄関口まで間近になると、後ろからの足音が少し小さくなった。
玄関のドアノブに手をかけながら、何があったのか、と後ろを見てみると、怒りに燃える項羽を、あの小柄なヤクザ者が止めているではないか。怒鳴り声の一部を聞くに「カタギには手を出すな!」と手厳しく言っているようだ。項羽の様子からして、一時の効果しかなさそうだが、隙ができた今のうちに、と玄関から二人は飛び出た。
さて、外に出てみると、そこには樊噲と盧綰の二人が近場の電柱の側で待っていた。無事に終わるはずがないと元々からわかっていて、ついてきたようである。まあ、実際無事に終わっていない。
「あ、曹参どの!劉兄ぃも!」
と、樊噲が指をさした。まだ彼にはそれが曹参だという確かな証拠を知らないはずであるが、もう早くも心の内ではそういうことになっているのだろう。
本当はここでまた漢臣の再開を喜びたいのであるが、状況が状況である。
「お、お前ら!早く逃げるぞ!」
と叫んだ劉邦は血相が変わり血走った目をし、恐怖でとうの昔に酒気が飛んでいた。
この表情に驚いた樊噲は
「どうしたんです?もしやヤクザ連中の中には劉兄ぃに乱暴するやつがいるんですか?よし、ならば俺が行って八つ裂きにしてやる!」
と、俄然怒髪を立てて事務所へ向かっいくではないか。
「ばか!やめろ!そう簡単にいく相手じゃねえんだよ!」
と、劉邦は静止しようとしたが、もう遅い。事務所のドアが勢いよく蹴飛ばされ、扉は破片を撒き散らしながら放物線を描いて宙を舞った。
そして入口に立っているのは、力強い覇気が前世と比べて全く遜色ない、覇王項羽その人であった。樊噲はまだその人が項羽の生まれ変わりとは知らないが、しかし、一見したところの雰囲気が凡人のそれとは全く違ったのであろう、一瞬ちょっと足が止まったのである。
「逃げろ樊噲!そいつは項羽だ!楚の項籍だ!」
状況をわからせるために劉邦は大声で叫んで、早速共に逃げようとしたが、予想に反して樊噲は不敵な笑みを浮かべ
「てめえが覇王?面白え、ここで斬り殺してやる!」
と怒髪を逆立て、青竜刀持ちの項羽に突撃を仕掛ける。
項羽は新たな刺客に怒り狂って、
「どけぇ!」
と一喝、それとともに右手の青竜刀を一閃、縦に樊噲を切りつけて、間髪入れずに左のドスを劉邦の方へ投げつけた。
樊噲はこれを避けた、側面に回り込んで肋を折るが如き蹴りを入れたが、覇王はびくともしない。そして肝心な劉邦は無様に背中を見せながら逃げているところであったが、飛んできたドスに髪ごと頬を切られた。幸いかすっただけで、血が少し滴る程であったが、この恐怖が劉邦の足の回転を早めたことは言うまでもない。
樊噲は腰に隠して佩いていた、こちらも人間の上半身くらいあるであろう大刀の青竜刀を引き抜き、
「沛人の樊噲、諡号は武侯、おのれ楚人の木偶の坊項羽め、ここで殺してやるぞ!」
と大喝一声。その声は天をも容易につくかのごとく勇ましいものであった。
さて、この勇猛果敢にして大丈夫の気迫を絞り出した樊噲に比べ、一方の劉邦は彼女が彼女である所以を証明する。なんと肩を貸していた曹参を投げ捨てるように手離して、自分だけ一目散に逃げていくのである。
「あ!劉姉!曹参はどうするのー!」
捨てられた曹参に肩を貸した盧綰の声が闇夜に消えて行くほど彼女は早く走った。
✕ ✕ ✕
劉邦はとにかく走りまくり、気づけば裏通りから表通りに出てきていて、そこには車が疎らではあるが何台か走行していた。
時刻がもう少しでに日をまたぎそうな夜であったが、車が走っていることは不幸中の幸であった。
(そうだ。車の一台か二台を止めて、乗せてもらおう。そうでもしないと項羽に必ず追いつかれる!)
息を切らしながら決心した劉邦は、たまたま目に入った軽トラックを獲物として定め、疲れた足に力を振り絞って道路に出た。そして路上で手を大の字に開いて
「止まってくれー!」
と、大声で叫ぶ。これ程までしておくと、逆に止まらない車はないであろう。軽トラも例外なく、タイヤが悲鳴を上げながら彼女の眼の前で停止した。
「てめえ!死にてるのか!何考えてやがる!」
軽トラの窓が開いて、運転手の男は当たり前だが、怒号を飛ばした。見るからにイライラしていた男であるが、どこか気前の良さそうな雰囲気がそこにはあった。
「理由あって、追われてるんだ!たのむ、どこでもいいから乗せてくれ!」
と、懇願する劉邦に、彼は
「バカ言うんじゃねえ!助手席は見ての通りこの有り様だし……」
と、指をさした助手席には、傘やら箒やら、ワイヤーやら何やらが散乱していて、とても乗れそうな状態ではない。
「荷台は……乗れなくもないが、危ねえぞ!」
彼が言う通り、荷台には土木作業で使うような工具の何から何までもが乱雑に置かれていた。が、今の劉邦にとって、そのようなことはどうでもよく、
「構わん!乗せてくれ!」
と言えば、早くも荷台に飛び乗った。
「まじかよ……頭沸いてるぜ、あんた……」
あまりの唐突さに仰天して、もはや気持ち悪さまで感じているような運転手の彼であるが、その場の成り行きで劉邦を乗せてのドライブを承諾したらしい。車は重い荷物に喘ぎながら発進した。
夜風がずいぶんと生温かくなってきた。気づけばもう六月に入る、晩春である。これで追いつかれることはないであろうと、一息ついた劉邦の頬を、そういう風が撫でていた。
少し経つと、運転手の彼が窓を開け、走行音と風の音があっても聞こえるような声で、
「どうして急に乗せてほしかったんだ?」
と雑談の気配を含めた質問をしてくる。劉邦はこれに対して正直に
「追われてるんだ」
と、散らかった機材の上に寝転びながら答えた。
「誰に?ま、あの剣幕だったから、相当なやつに追われたんだろうな。にしても、なんでそんな状況に?あんた、いつもは何してんだ」
彼はもちろん質問攻めである。彼から見た劉邦は「突然とてつもない登場をした謎の女」であるから、質問攻めも当然であろう。それに対して、劉邦は都会の薄暗い星を見ながら、一つ一つ答えていった。
流石に深夜に差し掛かるころであるから、街は静かである。乗車中の軽トラの音と、男の声以外、ほとんど何も聞こえない。そういう状況が随分と続いて、ようやく死地から脱出できたと劉邦が確信した頃であった。
後方から単車の轟音が、静寂の天地を引き出すかの如く轟いてくるではないか。劉邦はこのただならぬ騒音でビクッと肩を揺らし、それが単なる不良少年たちによる騒音であることを願った。
そうだ、この音はイキったガキどもによるバイク音。決して自分を追っている項羽が、バイクを引っ提げてやってきたわけではない。そうだ、きっとそうだ。
そう思いながら、恐る恐る寝転がった頭を上げてみると、バイクに乗っている主の容姿が目に飛び込んでくる。
それは、まさしく絶望を見たのと同じであった。轟音を響かせる単車の上には、身の丈八尺とも言える巨躯の男が、右手に青竜刀を引っ提げて、左手で舵を取っているではないか。
「おう、お前、とんでもねえやつから追われてんだな」
運転手もどうやら気づいたようで、軽トラは今までにないほど速度を上げて、走り始めた。もちろん、項羽から逃げるためである。
しかし、軽トラの全速力は、単車の速度よりも遥かに遅かった。このままでは追いつかれることが明らかだったので、劉邦は
「おい!もっとスピード出ないのか!」
と、運転手に半ば八つ当たりの口調で急き立てるが、
「仕方ねえだろ!荷台が重いんだよ!これ以上スピードはでねえ」
と、当たり前の返答。しかも、運転手は冷酷(当然?)にも
「これ以上はどう頑張っても速くならねえよ。嫌なら降りて、どこかに隠れたほうがマシだぜ」
と、突き放すようにいった。
これに逆ギレしたのが劉邦である。
「ほーん、荷台が重いんだろ?ならこうしたらいいじゃん」
と彼女は一言つぶやくと、さも当然と言うが如き表情で、荷台に置いてあった一番重そうな工具箱を持ち上げ、そのまま路上に捨てた。
もちろん重いものが捨てられたのであるから、その衝撃が大きな音に変わって、運転手に感付かせる。
「うん?あ!クソ女!お前もしかして、荷物ぶん投げたな!?」
運転手の当然の怒りが、またしても轟いたが
「うるせえ!そんな物は後で全部弁償してやる!」
と、自己中の塊のような発言をした劉邦であった。
しかし、運転手とそれに乗せてもらっている劉邦。立場は圧倒的に彼女の方が下で、車が急停止したかと思うと、男が運転席から出てきて、落とした工具を拾いに行ったのだ。
「は!?お前、何してんの!?早く車動かせって!」
荷台でブチギレる劉邦であった。ここでグズグズしていると、項羽に追いつかれるではないか。そんなこと考えて、動悸が止まらない。そしてみるみるバイクの音と項羽の影が大きくなっていく。
結局、男が工具を拾い、再び発進するまでは追いつかれなかったが、項羽はすぐそこまで近づいていた。ビビり散らす劉邦を尻目に、男は
「てめえ、このキ◯ガイ女!今度変な事をしたら、降ろすからな!」
と、無情(?)にも怒っていた。しかし、運転は引き続きしてくれるようだ。
だが、軽トラの努力虚しく、項羽を乗せた単車はますます速力を上げて、ついにその青竜刀が届くか届かないか、というところで、
「劉邦!ここで殺してやる!」
と、項羽の大喝一声が響き、なんとその青竜刀を劉邦の頭目掛けてぶん投げてきた。
幸い、項羽は単車の扱いに不慣れなのか、青龍刀は明後日の方向に飛んでいき、投げることで体制を崩した単車が少し後ろに下がっていく。しかし、それもお構いなしに、項羽は速力を増して再び近づいてきた。
見るからに、項羽の持ち合わす凶器は今の青竜刀で終わりであろうが、劉邦が項羽の膂力に勝てるはずもないので、捕まったらまさに最後である。彼女は心のなかで単車のタイヤがパンクすることを願ったが、しかし、それはなんの効果も無く、項羽が再びスピードを増して追いかけてくる。
そんなときであった。
「おい、なんであんた『劉邦』って呼ばれてんだ?」
運転手が、微かに震えた声で、荷台の劉邦に尋ねてくる。正直、そんなことはどうでもいい彼女は、いち早くこの話題を終わらせ、目下の項羽に集中するために、吐き捨てるがごとく
「私が高祖劉邦の生まれ変わりだからだよ!そんなことどうでもいいから、もっとスピード出ないのか!?」
と、言い放った。しかし、軽トラの速さは全く変わらないまま、またも運転手が
「証拠は、あるのか?」
と、尋ねてくる。面倒くさいことこの上ない。事態は急だというのに、そう丁寧に証拠なんぞ出している場合か。そういうわけで劉邦は、勢いよくスカートをまくりあげて、左股をリアガラス越しに見せつけた。
「ほら見ろ!全部ほくろだ!七十二個だよ!だから生まれ変わりなんだよ!わかったら、とっととスピード上げる!」
と、やっているうちに、またも項羽との距離が、目と鼻の先になった。
しかし、なんとここで運転手が
「おい、荷物、全部落としていいぞ」
と、ちょっと震えた小さい声で言う。劉邦は一瞬聞き間違えだと思ったが、もはや手段など選んでいる余裕はない。おそらく荷物を落とせば、また面倒なことになるだろうが、軽量化と足止めを兼ねて、散乱した工具やらワイヤーやら、なんやら全てを単車に向かって投げつけるように捨てた。
項羽は、いくら不慣れな単車といえども、この手の妨害はお手の物で、小刻みに左右に揺れては躱し、あるいはバイクの上部を持ち上げて防いだり、彼本体に傷を負わせる事はできなかったが、ずいぶんと足を引っ張ることはできた。すべての荷物を投げ終わった際、項羽はその対応に追われてもはや遠くの影となっていたのだ。
さらに、軽量化したトラックは、水を得た魚のごとく速さをまし、しかも運転手は手慣れた様子で表通りから細い裏通りに入ったことで、今度という今度は本当にまいたようである。
気づけば、飲み屋街の泉山区から、遠く北に走って鼓楼区の九龍湖公園を間近に控えた裏道まで来ていた。もはやバイクの音など遠い昔のように感じるようになると、
「この車で移動していると、奴らに見つかりやすくなるから、降りよう」
と運転手は提案して、近場のコンビニに車を停めた。どうやら、長い間この場所にトラックを無断駐車という名の遺棄して、後は歩いて難を逃れよう、ということである。
さて、早速トラックから二人が降りると、男が急き立てるような表情で、
「あんたの左股、もう一回見せてくれ」
というので、仕方なくコンビニ店内にある多目的トイレでまたも左股を見せた。(おそらく店員にはいかがわしいことと勘違いされているだろう)
男は何度も「これ、細工じゃねえんだな?」と聞いて、まじまじと左股を見ていたが、気が済むと急に真面目な顔をして、
「あなたが劉邦の生まれ変わりと言うなら、俺が今から言うことも信じてくれますか?」
と、急に言葉遣いを正し、語気を重たくしていった。
劉邦は自身が普通なら考えられないようなことを自称しているので、今更この男が何を言おうと、別に疑いはしない。二つ返事で承諾すると、
「ならば、申しますが、俺もまた転生者ということです。前世の姓は夏侯、名は嬰、諡号は文侯。陛下、いや、まさかこんなところで。不思議なこともあるもんですな」
と、ひどく驚いてキョトンとしたような顔で言うのだから、劉邦もまた驚くだけで、感情的にならずに
「うーん……たしかに……」
と、答えるだけであった。それからはお互いがお互いの顔をまじまじと見つめ合う時間が続いた。
が、しかし、ずいぶんと見つめ合ったところで、夏侯嬰は
「え!本物じゃないですか!いや、まじで!?」
と狂気乱舞の体を醸し出した。
*
さて、劉邦と夏侯嬰が再開を果たしたが、しかしここで感動の空気を味わっている暇はない。劉邦は思い出したかかのように
「あ、そういえば、あいつら!」
と、自分が置き去りにしてきた三人の事を思い出した。
「え?あいつらとは?」となった夏侯嬰に事の経緯を説明し、すぐさま、最も危険にさらされていたであろう樊噲に連絡を取ってみると、幸いにもすぐに話すことができた。
なんでも項羽の狙いは劉邦唯一人であって、阻止しようとした樊噲、そして同じく逃げようとした盧綰と曹参には目もくれず、ほとんど敵中突破して劉邦の後をつけたらしい。
「そうか、それであの青竜刀は」
劉邦が追われながら、目にした、街灯に照らされた青竜刀には血の一滴もついていなかったが、つまりそういうことだったというわけだ。
何にせよ、皆無事であったし、更には仲間も増えて、ひとまずは団円である。しかし、これからの大問題は、おそらく項羽がこのまま諦めるはずもなく、これからは街中を歩くだけで命を狙われるということである。
そういう問題に対峙するために、まずは全員、どこかに合流することにした。
✕ ✕ ✕
全員が合流した所は街角にある普通のビジネスホテルであった。入口前に現地集合を約束していたが、いざ三人と合ってみると、それはみすぼらしい格好で、樊噲は項羽との戦いの際に細かい傷を何ヶ所も負っていて、曹参はもともと全裸の状態に、間に合せのボロ雑巾みたいなTシャツを着せられ、盧綰は整えた髪がぐちゃぐちゃであった。いくら項羽の狙いが劉邦ただ一人だからと言っても、非常に危険な状況に三人は見舞われたようである。(ちなみに、劉邦が三人を見捨てて逃げたことは、特に糾弾されなかった。そういう人であると諦められているのか、それとも三人が劉邦を盲信しており、批判なんてできないのか……)
さて、ホテルに入って受付に今からの入室如何を聞くと、どうやら余裕で入室可能であった。そして二人用の部屋を二部屋借りて、男女で分かれるようにした。それにしても、誰かの自宅に全員でお仕掛ける、ということでもいいかもしれない。しかし、わざわざ金を出して部屋を借りたのは、自宅へ帰宅途中に後をつけられて住所がバレるかもしれない、と危惧したからである。
さて、チェックインを済ませた全員は荷物置きや入浴、雑談等々を済ました後、エントランスにある談話室を陣取って、これからのことを話し合った。問題はどうやって項羽から逃げるか、ということで、そもそも真正面から戦う気がない全員の議論はそこまで白熱しなかった。
みんな「逃げる」一辺倒の解決策を提示したからである。その場の誰もが「ひとまず逃げましょう」といったのだ。少し前は勇猛果敢に項羽を斬りつけようとした樊噲さえも、「今は分が悪い」といって逃げることを推した。
では、どこに逃げるか。この問題に関しては、劉邦の親族がここ徐州市から離れた南陽市に住んでいてちょうどよいから、そこに逃げることへと決めた。
さて、そんなふうにして段々と固まってきた方針であるが、ここで曹参が
「ここ徐州市から南陽市へ行くまでに、襲われたらどうします?」
と恐ろしい疑問を投げかけてくる。曹参の言う通りで、不慣れな土地で、しかもこんな少ない手勢の状況で襲われたら、ひとたまりもない。
「うーん……それは不味いな……」
と劉邦の表情が曇ったかと思うと、曹参はこれを見越していたかのように滔々とした口調で
「今一番足りないのは人です。私を含めてわずか五人では危険な際に対応できません。ですから、もっと人を増やしましょう。私に宛があります」
と前置きを置くと、とある人物を紹介しし始めた。それは曹参同様、役人の仕事についている者で、彼の上司にあたったが、とにかくこの人物は天才と言っても過言ではない人物であった。曰く、どんな無理難題の役人仕事であっても、まるで魔法のように解決するのである。
特にその人は経理においてずば抜けた才覚を発揮するから、逃亡の道中、金の工面を任せれば安泰だという。
しかも、曹参が言うようには
「我々もそうですが、そのただならぬ才覚からわかるように、その人も転生者でございます」
と、またしても漢臣の再開を予想し、これまでの話で大方予想がついていた劉邦は
「ならばそいつが蕭何というわけか」
と、腕を組んで呟いた。
「その通り」と答える曹参に対して、劉邦は
「それは女か男か」
と聞くと
「女性です」
と曹参が言う。
「うーん……わからんな。女か男なのかはすべて運で決まるのか。それとも意味があって決められるのか」
と、劉邦は頭を捻ったが、これに関しては誰もわからなかった。
「まあ、ともかくも蕭何どのを味方につければ百人力じゃありませんか。早速、朝になったら曹参どのに連れて行ってもらい面会するのがいいでしょうな」
と、夏侯嬰が話を戻したので、各々、転生後の姿が女なのか男なのかの疑問を一旦捨てることとなった。
また曹参はそれに続けて
「それこそ道中の危険を防ぐために、傭兵的な働きをする連中を雇いましょう」
と提案する。しかし、劉邦は
「そんな金はない」
ときっぱり言った。ちょっと前までは酔っ払って数億円の金も用意する、という大法螺を吹いていたのにもかかわらず、急に冷静に現実を見据えるのだから、その温度差は異常に激しかった。
「なにも本職の連中を雇うわけではありません。実は自分と夏侯嬰の親族に、いま高中(日本で言うところの高校)に通っている者がいるのですが、これがとんでもない不良少女で、その場の腕自慢のゴロツキ共と頭が回る佞奸共を束ねております。金欠の奴等を格安で雇うのはいかがです?」
と提案すると、夏侯嬰が相槌をうって
「うん、あいつらなら腕が立つだろう」
と太鼓判を押したので、劉邦が
「その連中を束ねる奴はなんという名前だ」
と聞くと、曹参が答えた。
「実は連中も転生者の集まりです。私達と違って後漢末期の連中が転生したようですが、頭を張っている者の名前というのも、姓は曹、名は操、字孟徳に、諡号は武皇帝です」
劉邦はこの世界に生まれてから、まともな勉強というものをしてこなかったので、歴史には疎いが、自分とは違う姓を持つ者が後の時代に皇帝を名乗っていると知って、明らかな嫌悪感を示した。元々「劉姓以外の者を皇帝の座に座らせるな」と遺言して崩御した彼女であるから、曹姓のわけのわからんやつが「武皇帝」を名乗っていては大変不快になるわけである。
「なに?ということは、後世、お前の一族が私達劉族を乗っ取るのか?」
と、劉邦は眉間にシワを寄せて、心底嫌そうな顔をしながら悪態をついて曹参に尋ねると、
「そういうことになります」
と彼は澄んだ声で言ったので、ますます腹が立って
「お前、よくそう清々しく報告できるなぁ」
と舌打ちすると
「いえ、その逆です。つまり曹操に不義を突きつけて、あとはあなたの好きにすればよいということです」
と言った。夏侯嬰も
「多少のことをわからせんといけません。まあ、命までは奪わないんですから、それこそ格安でこき使うのもいいんじゃないんですか」
と言ったので、劉邦は渋々承諾した。
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