5-2
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします!」
「もちろんですよ」
山上の格好は相変わらずもこもこで、違うのは手からぶら下がっているトートバッグ。デフォルメで可愛らしいシロクマとクロクマがプリントされていた。
「その手に持ってるのがもしかして、山上さんの好きな作品ですか?」
「正解です」
駅からすぐ、今回はドーナツ無しで向かう。
二度目の来訪で正月の名残か、白いプラスチックの鏡餅の飾りがテーブルの上に鎮座していた。
「……私の好きな作品です」
位置についた山上は、まず一巻を取り出した。
タイトルは──『全賭けスピリットベアー』。シロクマとクロクマと少女がツリーハウスで座っている、優しそうな表紙の漫画であった。オビには『シロクロつけようじゃないか──ホットケーキを賭けて』となにやら笑いを誘う文言が添えられている。ちなみに全部で六巻だ。
「もしかして既知の作品でしたか」
タイトルの勢いに対してその作画は細やかかつ、愛らしさを感じられる絵柄をしていた。
「いえっぜんぜん知らないお話です」
何故だか照れ臭そうに千本木は微笑むので、予想していたものとは違っていたのか、と触れないでおくことにした山上は、全ての巻を取り出すとテーブルに出し指を揃えてスッと差し出した。
「可愛い絵ですね!」
「背景も注目して読んでくれると嬉しいです……」
「アニメ化とかはしてないんですか?」
「してないですよ」
千本木に読ます本を出し切ると自分のカバンを探りはじめて、むむむとその手を止めた。
「私自分で読む本忘れてきたので。アルシェピース借りますね」
「どうぞ〜」
棚に手を伸ばす山上を尻目に、千本木は差し出された漫画の一巻を手に取った。
開くと、表紙の白黒になったページ。そして各話のもくじとタイトルは流し見て、早速第一話を読み始めた。
ツリーハウスの二階からぱったぱった、降りてくる裸足の人間の女の子。
二ページ目は見開きで大木の全体が映し出され、根元にあるカウンターテーブルの奥では、月の模様が入ったエプロンをしたクロクマが、メープルシロップを飲みつつパンケーキを焼いている。フライパンの中でぐつぐつ音を立てるソースに、先に焼かれていたクレープ生地を投入しサッと絡めていく姿の、なんと手際いいことか。
『マーニおはお……』
『…………』
『今日もありがと! いただきまーす』
牛乳と一緒に出される、出来立てのクレープシュゼットをクロクマと仲良く頬張る女の子。瞳をきらきらさせて、牛乳ひげを作った顔でクロクマにニコニコ笑いかけた。
言われた通りに背景もさながら料理も、クマも女の子も愛らしくほのぼのとした内容に、ページを楽しく進めていく。
一方の山上はアルシェピースのどの辺りを読むかで手を止めていると、他の本たちが視界へと入ってきた。
背表紙には『珈琲の基礎』から『喫茶店のレシピ』など料理関係の本の他、『カフェを開く』であったりと様々で。料理のものは特に、長い間共にしたような日焼けをしていたのが目に入った。
「千本木さん」
「?」
「この子たち読んでも大丈夫ですか」
「全然おっけーです」
「ありがとうございます」
自分の知識欲もそそられるしと、初心者向けっぽいタイトルのを複数冊取り出して、どれなら読めそうかとぱらりぱらりと開いていく。
紅茶基礎みたいな本もあり、満遍ない感じの勉強の形跡もあって山上は感心した。
朝は、なんとなくコーヒーというだけなのでこだわりなく飲んでいる身としては、コーヒーもそうだったが紅茶の基礎も気になるのでその二冊を机に置いて、あとは元に戻して紅茶から読み始めた。
歴史から紐解かれていくあたり、思った以上に本格派。先の中身も目次で見ると、有名なティーカップのメーカーが云々みたいな事も書いてある。
贅沢にカラーページ仕様の本のため、視覚からもだいぶ楽しめそうであった。
すっかり読みふけり、気付くと歴史の部分と美味しい紅茶の淹れ方まで山上は読み終わっていた。興味深く面白いものだったのか引き続き、読み進めているとコーヒーのいい香りが漂ってきたのでその手を止めた。
「クリスマスのブラウニーお裾分けです」
「ん、ありがとうございます」
フレンチプレスの注ぎ口から白いカップへと入ってきたコーヒーは、前回と同じ香り。
自分であげたブラウニーをまさか食べることになるとは思ってなかったが、白いお皿の上で、美味しいだろうなというチョコの香りを放っている。これは絶対にうまい。
「いただきまーす……」「いただきます」
むしろ美味いだろうと思ったから買ってプレゼントしたわけで。
巡ってきたそのチョコレートブラウニーを遠慮がちに、一つ頂く。
まずはパキッと砕けるコーティングのチョコレート。ミルクによりまろやかな味わいとカカオのコクを感じられた。そして、中のブラウニー本体はナッツのように香ばしく、こんがりした深い大人の味わいが。
ざくざくホロホロと溶けていく中のブラウニーと、魅惑のコーティングチョコレート……。
「甘すぎなくてブラウニーの邪魔をしてなくてかつ、いいチョコの味がします」
「ここのやつ美味しいですよね」
さらに千本木の淹れてくれたコーヒーが相乗効果を生み出し、そのチョコレートブラウニーの香りを引き立て。また何度でも楽しめるようになっている。
今日まで大切に食べられていたんだなと思うと、自然とその頬はゆるんだ。
「ああクリスマス、ルイズのチョコレートご馳走様でした。美味しかったです」
「よかった〜! ルイズのチョコにハズレ無しですからね」
「あれに勝てる人いないよ、とくに道民は」
「ポテトチョコいいですよね」
「初めはあまりの組み合わせに驚きましたけど……最近は結構、多くなりましたよねそういう甘いのとしょっぱいの」
「元々馴染み深いですからねーすき焼きとか。浸透してきたんじゃないでしょうか」
「あーそうか……」
もぐもぐ。
「山上さんは私の本どれ読んでたんですか?」
「紅茶のやつです。千本木さんの本棚は真面目できらきらしてますね」
「きらきらですか?」
褒められていることはわかるが、可愛らしい山上の言葉選びに千本木はきょとんとした。
「趣味とかが詰まってるのは当然ですけど、将来が綺麗に輝いてそうとかって意味です」
「そうなんだ……」
具体的形を持って、好きなものと目指すべき方向を一致して進む姿は、山上にとって若い夜空の青い星のようにきらきらなのだった。
ぱらりぱらりと、一定間隔のようでときどき、読むペースが速くなったり遅くなったりする千本木。
画像も多めだがそれ以上に文字が多いので、もったりじっくり読む山上。それでも読むのには慣れているので紅茶の本をしっかり読み終えると、続けて珈琲の本に手を付けた。
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「読み終わりました!」
漫画をテーブルに置いた千本木がにこにこしながら山上に声をかけた。
ぱたんとコーヒーの本を彼女は閉じると、膝に乗せて上体をちょっぴり千本木へ向けた。
「どうでしたか」
「すごい丁寧な話だったなと思います」
批判するような子では無いと重々承知の上で、やさしい感想に山上はホッと胸を撫で下ろす。
「ひとまず……クレープシュゼット食べたくなりますよね」
「レンコンとしゃけのサラダもいいですね! ……全体的に優しいというか、そんなお話だったから山上さんがシルクレディ編好きなのがわかる気がしました」
「いまの新刊の所の方が好きですけどね」
「えっあっ」
「くす。オススメとしか言ってませんよ」
「うぐぐ……」
「こういう丁寧で優しい日常が過ごせたらどれだけ良いんでしょうね……」
積まれていたうちの三巻を手に取りぱららららっと、適当にページを開いた。
そこはどこを切り取ってもやさしい世界の部分。大体笑顔が込められていて、ふわふわ落下する羽根のように気持ちが落ち着いてくる。
「一人暮らしですか?」
「いや。実家暮らしですよ恥ずかしながら」
「そーなんですね!」
「だから千本木さんはすごいなとしみじみ思います……」
「一人暮らしオススメですよ」
「そう言えるのがすごいですよほんと……」
ぱたん、と閉じた。
自分で家事を全部こなさなくてはいけないし、冷蔵庫の管理だとか考え出すととてつもない。それに一人で、上手に生きていることの未来を描けなかった。
(大きい机と椅子に本いっぱいの部屋はいいかもだけど……)
気楽さと安寧に慣れきってしまった山上には、魅力よりも労力の方が先に出てきてしまう。
「たくさん遊びに来てくださいねっ山上さん」
「この間みたいな被験体としてなら。大丈夫……」
自分の環境はいいとこ。
それを知れたのだし、千本木はいい子だからそう答えてほっぺを少し、赤くして山上は彼女から目を逸らした。
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