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  五

 

 

 店内の清掃を終え明日の朝への準備も済ませた千本木は、寒い外へと出た。

 雪の溶けやすい舗装で出来ている歩道は、ブラウンやペールオレンジの明るい色。色合いは暖かみがあったが、頬にぶつかってくる冷気に効果は無い。防寒具合はばっちりだったが、夜のため結局なるべく早めに帰ったほうがいい寒さである。

(まだ来てないんだ……)

 待ち合わせは千本木の働く店の通りに設置されているベンチ。店の前に二つ、より大きな通りと横断歩道のある方に一つ。店の前のところのに山上は座っていなかったので、一つのベンチの方へと早足で向かって、雪を払って座った。

 新鮮ともいえる小さな勝利は、すぐに待ち遠しさに変わる。肩掛けバッグを千本木は膝にかかえてスマホをいじろうとしたところで、人の気配がして手を止めた。

「すみません遅れました」

「いえお疲れ様です」

 顔を上げた先には、走ってきたのか短く肩で息をした山上の手は、紙袋を下げていて、なんだかとてもクリスマスらしい姿だった。

「どうして外にしたんですか……」

「イルミネーション見たかったんですよ」

「そんな珍しい物でもないのにですか」

「あっちの公園の方のは全然でしょう」

「まぁ、観光とかでなきゃ用もないですしね」

 足先まですっかり冬仕様になった山上の格好。マフラーからなにから、もこもこになっているのを見ると千本木はつい、ニコリとしてしまった。

「なんですか」

「いえっ、冬だなあと思って」

「寒いですよほんと……」

「はやいとこ行きましょっか」

「風邪ひかないくらいで帰りたいですね」

 紙袋さえなければポケットに手を突っ込んでそうな寒がり具合だった。

 きらきら光る夜の街中は直帰しない二人を、柔らかなイルミネーションの白い光で包み込む。

「お仕事どうでしたか今日は」

「え、夜出す物が多かった……ですかね。結構人気のあるタイトルが発売開始でしたので」

「だから遅くなったんですね! お昼間とかは?」

「うーんまあ……日曜だったしそれほどでもない感じでした」

「今年の仕事いつまでですか?」

「一応大晦日もあります。千本木さんは」

「私も同じです。時間は短いですけど」

「元旦は……」

「お休みです」

「ですよねやっぱ」

 山上たちと同じような人がいることを表すように、車道では車がまちまちまばらに走っていく。時折キュルキュルルル……とタイヤが怖い音を出している個体もいるので、二人は足元にも慎重になりながら横断歩道を渡った。

 いくつかのエリアに分けられる、この街中の公園の中にある円錐形のイルミネーションオブジェは、公園のど真ん中で銀と青にきらめいていた。

 元は芝生の今や雪原な周辺はその光を反射して、白銀に一粒一粒が光っている。

 周辺には自分らと同じようなことを考えたような友人同士だったり、恋人同士かで人は多く、写真を撮ったりベンチに座るなどしていた。

 見ればわかる綺麗なイルミネーションである。とりあえず山上はスマホで一枚撮っておいた。

「そいえば。こないだ私に言いかけたことってなんですか」

「……?」

「人に勧める本の話です」

「あーっ」

 二人はその群れに混じることない距離で、立派なクリスマスのイルミネーションの全体を見ていた。

「好きな作品はなんなんだろうって聞きたかったんです」

「そうですね……、完結してるやつでもいいですか?」

「もちろんです」

 人に勧められるか等は問わない、つまり純粋に山上が好きな作品。一番好きな作品とも聞かれていなかったため、複数の物語を上げてもいいのかとイジワルな答えが脳裏を掠めたが、ここは寒いので多分ビシッと決めた方がいいだろうとして。いくつかまずピックアップしたがそこからが絞れなかった。

 ファンタジー、ラブコメ、百合、日常、等々のうちジャンル別一位が台頭してきたのだ。

 読んだ回数とかで総合一位とかはあるやもしれない。しかし一概に決めきれない、それだけの価値が山上の今の本棚には積もっていて、どれがとは、今すぐ選ぶのはたいへん難しかった。

「……年明けたら読書会しましょうか」

「はいっ是非! させてくださいっ」

 この場で結論を出すのにも響くくらいに。

 先延ばしにしたそれを千本木が受け入れてくれて山上はホッとした。

 指先は少しかじかんできたので、互いのためにもそろそろ撤退を進言すべきかと思った。

(ポケットに手ぇ仕舞えないの紙袋のせいか)

 ならもう少し寒さもマシになって、イルミネーションを千本木が長く、楽しめるかもしれない。

「千本木さん」

「なんでしょう」

 くるりと山上のことを向いた千本木へ、紙袋が見えるように胸の高さほどに持ち上げた。

「クリスマスなので。どうぞ」

「いいんですか!」

「そのつもりでしたし」

 イルミネーションから程よく離れた薄明かりに照らされていて、ぼんやりとしか見えなかった。歯を見せて笑うくらいには喜んでもらえたようだった。

「ゎ私もあるんですよっ、山上さんほどのじゃないと思うんですけど」

 紙袋を片手で貰ってから、慌ててバッグを千本木は開けて白いショッパーを取り出した。チョコで有名なお店のクリスマス仕様、柊のワンポイントと、堂々としたロゴがど真ん中にあった。

「プレゼントありがとうございます!」

「いえこちらこそ……」

 ふいん、と山上は目を逸らすと千本木はくすりと肩を小さく揺らした。

「照れてるんですか?」

 赤いイルミネーションは残念ながら近くには無い。見え辛いだろうに、カンだろうかと山上は小さなため息を吐いた。

「寒いから頬が赤いんですよきっと」

「あっホントに照れてたんですか」

「…………」

「あははは」

「寒いから帰りますよ」

 つれない態度に変わって、すたすたと山上は地下鉄直結の階段の方へと歩き出してしまう。小走りで追いつくとそれは普段通りのペースになった。

「こういうこと久しくしてこなかったので新鮮でした」

「山上さんいい人なのにですか?」

「マメじゃないんですよ私。連絡とかくるのは別にいいですけど」

「それで疎遠になっちゃうんですね」

「そういうことです」

 階段を降りて、暖房効きすぎな位の地下街を通って地下鉄に着くとさくっと改札を交通ICで通過していく。

(連絡するほどの価値が無いだけなんだろうけどね)

 彼女はそれを当然口にしないで、胸にしまっておきながら。

 程よい空きの地下鉄の中では、互いのクリスマスプレゼントが仲良さそうに、二人の膝に並んで座っていた。

「また来年に」

「良いお年を」

 千本木よりも一駅前で山上は降りていった。


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