四

 

 

 今日は珍しい時間に、千本木の姿を見かけた。隣には見知らぬ、ショートカットの子もいた。

 読書会から数日、キャラブックが再入荷したので取り置きということは無かったが、再入荷の旨を伝えたら『近々行きます!』といのことだったが、どうやら友人と外出か、大学終わりかに山上の勤める本屋へとやってきたようだ。

「山上さん」

「千本木さんか……しごとちゅ」

「うちもオススメ聞きたいんですけどいいっすか」

(ぐっぐいぐい来る! どなた!?)

 千本木は仲間を呼んだ! ▼

 みたいなテロップを頭に山上は出しておいた。現実逃避か山上、しかし期待に満ち満ちた快活そうな千本木の友人からは、逃れられそうにない。

 千本木という前例がいるし、千本木の友だちだし。

 それにあの後同僚にもちょっとイイ話として話したりするくらいにはちょっと、悪い気はしなかった自分を認めているので、お客様対応へと舵を切る。

「アルシェピースがいいと思います」

 このため、完璧に無難な作品を勧めた。

「それちがちゃんめっちゃ言ってたんで他ので」

「えっ」

 ──完璧すぎたようだ。

 山上へと話すだけでは飽き足らずどうやら友人への布教活動もしていたらしい。千本木がアルシェピースを好きになりすぎたのが敗因である。

「山上さんも私もオススメした作品ということでだめ?」

「うぇー、ちがちゃんの家で読むしかないか。で、山上さんの他のオススメは?」

 ということで、継続中のレア事象二度目に山上は気を引き締めた。

「……読んでる作品の傾向はなんですか」

「なんでも!」

(晩ごはん何がいいか聞いたら返事で困るやつトップのやつとかやめろー!)

 表情はもちろんツッコミが口に出ないよう努める。

 あまりマイナーな所を勧めて刺さらなかった時のダメージは大きい(感想を聞けるのかとかそういうのはさておき)ので、この場合のベターを山上は導き出す。

 アルシェピースは万人向けだ。アニメ化もされたりしたほどで、一般的にもそこそこに普及されている作品と言っていい。人に勧めるならばなるべく、巻数が多すぎてもよくないし、仕事であるしほどほどお手軽な作品を選ぶのがもっとも、適切であるとした。

「まおメガ読んでおけば流行りにのっておけますよ」

「今アニメやってるやつだろ! じゃーそーする」

(よし勝った)

 電子配信サイトでの分くらいしか読んでないが、アニメ化されるほどの実力もあるなと納得いく作品である。山上の中の立ち位置としては嫌いじゃないに属していた。

 すたすたと二人をアニメ化話題の作品の置いてある書棚へとご案内。絵は可愛いゆるふわ、背景実はよく考えたらシビアな魔族モノ、として名を馳せているまおめがは、無事手に取られたのだった。

 来た時点でスッカスカなりかけだった書棚を、山上は見栄え良く整えていく。

「まきのんが無茶振りすみません……」

 そのまきのんこと、牧野は「レジのある階行ってくるー」と元気にすたたーっと、エスカレーターで下がっていった。千本木は追おうとしたがふっ、とやめて山上のところにいたままだった。

「無難なやつ勧めたし解決したし大丈夫ですよ」

「無難じゃなかったら……、好きな作品ですか?」

「そこそこ面白いのに落ち着きます。自分の好きと他人の好きが一致するなんて珍しいですから、当たり判定が大きいのを選びますよ。仕事ですし初対面だし」

「じゃあ──」

 つとつと次の間隔が短い足音がこちらに来て、山上はすぐに顔を上げた。

 千本木がしっかり見たことのある園家とは別の店員だ。メガネをかけて背の高くて若そうな、いかにも本屋さんらしい男性だった。

「すいませーん山上さん」

「んどうしました」

「このコミックスの発売日なのですが……」

「あーこれは……」

 仕事スマイルをして千本木に手を振ると、山上は仕事へと戻っていったので、彼女も振り返すとエスカレーターを降っていく。

 風除室のすぐそばにあるイスに牧野は座っていて、買った本のビニールを膝に置いてスマホをいじっていた。

「山上さんは?」

「お仕事中だよ」

「もげ、ジャマしちゃった……。んでちがちゃんは本買わないの?」

「あっ……」

 本来の目的、アルシェピースのキャラブックを完全に忘れていた。そして聞きそびれてしまった事もあるし、とエスカレーターの方を向いてはっとした。

 ──本は重い!

 さてまおメガは何冊だったろう?

「全巻買っちゃったしここで座って待ってよっかなぁあたし」

 一袋に収まっているが、それは大きな袋でそれが傍目から見てみれば、うっすらと角張っているような気がする。自分の時のアレを思い出したのか、千本木は苦笑した。

「明日でも私の本はいいし、今日は解散でいいんじゃないかな」

「珈琲寄ってから帰らん? あんにゃ今日いるかな」

「みゃーこ多分今日いたかも」

「おっしゃーいこいこ」

「ジャマならないようにね?」

「ジャマなる要素注文くらいだしモーマンタイでしょ」

 冬だからか時間にしては日は落ちかけていて、街灯が光ってクリスマスのイルミネーションが残る夕焼けの中でぼんやりしながら、牧野に連れられ千本木は自分も働く珈琲屋へと向かった。


 ====


 初めて山上に会った時は、ピーク真っ最中での休憩時間に。

 欲しかった本は手に入って、なんとなくただいい店員さんだったからかなんなのか印象に残り、無茶なことをたくさん言ったが二人は友だちになれてしまった。


 千本木はこの間買い忘れたキャラブックを、そのときとはまた別の休憩時間の時に求めてきた。働いている珈琲屋が穏やかな一方こちらは、ランチタイムを終えてゆったり本を求める人が多いのか、けっこうな人気があった。

(あ、冬子さんだ)

 最近リーネの方で訊ねて、山上に教えてもらった階の所々すみっこにあるカウンターと、店員専用のパソコンはレジと同順位で定位置らしいと知った。リーネで聞いたし話したいとかはないが、確認のためにちらっと、そのすみっこを訪れた。

 そこでは、山上と親しく話すのはちょっと猫背で、同じように白いワイシャツを着ている没個性にエプロンの、書店員らしい格好をした店員。

「入荷数えぐくてしんどイワシ」

「もうだめだおしまいだぁ……いつもの事ですけどね」

 自分の前じゃ使ってなさそうな言葉選びの山上と、それに対して今にも消え入りそうな声でおしまいだ……と言ったその人は、アルシェピースを一気に買った時のレジの人、園家だった。

 その時はあまりよく見ていなかったが、クセの強くふわふわにうねった髪の毛を緩く、後ろで束ねていて全体的に儚そうで少し、声と話し方も相まり個性的な方だなと千本木は思った。

「これで特典ペーパー付くんでしょう? 園家さんいつもの封筒見ました?」

「来てたけどほとんど無かったですねぇ」

「あーやっぱりそうですか」

「じゃけん印刷オナシャス」

「仕方がないですね……」

「あざっす助かります」

 山上の確認に園家は頷いてお願いすると、さささと山上はパソコンをいじりはじめた。

「そういえばなんですけど〜まおメガ残ってます? 管理在庫の方」

「刷れないじゃないですか」

「あざっすあざっす。他店舗との奪い合いですからねぇ」

「まおメガよー動いてますからねえ」

 この間といい、流行りのタイトルなんだろうなとスカスカになっていた棚の光景を思い出す。

 でも軽妙とも呼べる会話は、まおメガはわかれどそれ以外はサラサラと千本木の耳を流れるばかりで、中身はイマイチ入ってこずせいぜい、在庫とか言ってるのでおそらく仕事の話だなぁという位であった。

(呪文てこんな感じかなあ)

 街中でたまに聞く複数外国人の、なにか楽しそうに話してるなあ的なアレにも近い、ふたりだけで通じ合ってるような空気。

 なんとなく他の店員とも見るに少なくともこの階では、ここの二人だけのような気がした。

(こういう仲良しな空気はいいよね)

 前回の反省も踏まえて静かにその場を後にし、キャラブックを手に取っていくと別の階を見に向かったのだった。

 

 ====

 

 山上のリーネにメッセージが午前中、届く。

『山上さん、二十四日て時間ありますか?』

(なんだって?)

 聞いたところで日時設定的に、もうアレしかない。師走、十二月の二十四日といえばそう、この大通を飾る白銀イルミネーションのもっとも仕事する祭日だ。

『しごとです。昼から夜最後まで』

 山上は社員であり、主婦もいるとなればその日休み希望も殺到すると。園家だったりも彼女と同類であり、インドア至上主義的で、混んだら嫌なくらいでクリスマスはべつになんでもいい勢と、あまり気にしていない。年末は本も届かないので楽と言えば楽であったし。

『いっしょですね』『帰り待ち合わせしませんか』

『なにする気ですか?』

 無駄な問いはまるで最後の抵抗のようだ。自分なんかに予定なぞできるワケ無いのだ。

 まさかまさか。そんなそんな。

『プチクリスマスしましょう!』

 ずっと歳も近くて親しいまきのんであるとか、珈琲屋の同僚の子とかいるだろうに。

 そんな思いが山上の頭を駆け巡る。

『まきのんさんとかいるではないですか』

『まきのんは実家です』『私は年末に戻るので』

『一応予定確認します』

 仕事帰りにプチとはまあわかるが何をするのか? まるで動向が読めないので保留にした。

 これが昨日一日に起きた事だった。

 はやくに返事をしたかったが、山上は尻込みしており気まずさは増していくばかり。

「はー……」

「どうかなされましたか?」

「いや大丈夫」

 メガネの後輩店員にため息をつい聞かれてしまったが、仕事のパソコン画面を見ることで誤魔化した。世間話というには千本木というお悩みをするのは彼ではちょっと足りない。

「いい感じに売れる本なんかないですか?」

「うーんそうですね……」

「王国史愛蔵版足しましょうよ」

「む……」

 ぬらっと現れた園家の姿に山上は目を開いた。後輩店員はそのピカりと光るレンズに園家の姿をしっかり映していたらしく、特に驚いてもいなかったが、会話への自然な混ざり具合に目元を優しくした。

「あれ動き悪いって園家さん仰ってませんでしたか?」

「それはそうなんですけどほら、単純接触効果がね」

「……一階に置けないのでしょうか?」

「あそこは新刊とかアニメ化話題の本おいた方が売れるんでね……」

 園家のいってるようなそれの画面に山上は変えると、マウスを動かして発注出来るサイトのドラマ・アニメ化項目の作品をチェックしていく。

「重版分はよって感じですね」

 絶賛各所在庫を切らしているのが殆ど。この調子だと届くのは年内ギリギリか。

 売れる作品は当然押さえるとして幅広く、新規開拓しようぜ精神でそうするのも戦術的に普通だ。ただ今期は非常にアニメに恵まれ、そっちの売れる作品をピックアップすべきと、山上と園家は渋い顔を見合わせた。

「あー園家さん、愛蔵版最新刊売れてましたよ」

「オナシャス」

「もうしてます」

「なーんだあざす。嬉しいですねえ……」

 当たり前のように整えて盤石にして、そこから。流行りが推しならそれでいいが、そうでないという立ち位置の作品というのはよく分かっていた園家と、山上のやりとりはいつも通りだった。適当な軽口をたたき合いながら、仕事をして間を縫うように好きを押し通していく。

「山上さん休憩では?」

「……もうそんな時間ですか?」

「ボクそのつもりで来たんですよ」

「そうですか……」

(やっぱ面倒見いいなこの人)と思いながら彼女はさっと場所を園家に明け渡した。

「懐かれた子に昨日仕事終わりにプチクリスマスどうですかって来たんですよ。返事保留中なんですが」

「最近仲良くなったって子ですかぁ?」

「ですね」

「難しく考えなきゃいいんすよぉ。考えたって人の気持ち分からんでしょう?」

「だからすれ違いも起きるんですよね」

「ま、すれ違う人間がボクにはいないですけどね」

 冗談のように悲しいことを言ってくる園家を前にメガネと山上は一瞬、心が通じあったような気がする。

「そんなっ、慕う僕らはどうしたらいいんですか」

「ぅゎ」

「またまたよくそんな言えますねぇ」

 なんだか恥ずかしそうに笑って声を震わせた園家は、彼をおっぱらおうとしていた。

(簡単に言ってくれるなあ……)

 自分で言っておきながら今目の前で発生してるように。

 だれもがそんな風に真っ直ぐになれたら、この世にも物語にもすれ違いなんざ発生しないのだ。

「……休憩行ってきます」

「いってらっさいまし」「いってらっしゃいませ」

(難しく考えないとなると、千本木さんは私を友だちだと思っていて、プチでもクリスマスっぽい事を誰かとしたい)

 休憩室のあるバックヤードへと山上は歩いていく。

(でも都合付きそうなのは自分しかいないからが妥当かな……)

 これら思考は全部過程にすぎなくて、山上はこれから返事を送るという結果のため。答えを千本木とのリーネに送るしかない。思い悩む理屈はもう無いのだ。

『(だいじょうぶ! なポミエのスタンプ)』『待ち合わせ場所は?』

 プレゼントは、食べたら無くなるし美味しい食べ物にでもしておこうと、シームレスにスマホでリサーチを始めた。




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