第46話 七瀬薫VS吸血鬼2

 遠距離からの攻撃では拉致がないと判断したのか頭上に残っている血が吸血鬼の右手へと形を変えながら集まっていく。


 やがて頭上にあった全ての血が右手に収まるとそれは剣の形に変化する。


 血でできた剣の刃を指でなぞるようにして切れ味を確かめると指から出た血を舐め、満足そうに構える。


「行くぞ。一撃で死んでくれるなよ」


 構えをとった次の瞬間、吸血鬼は突如としてその場から消えたのだ。いや、別に本当に消えたわけではない。ただ常人には見えない速度で一気に薫との距離を詰めたのだ。


 これがもし薫ではなく他の者たちであれば何をされたのかわかることなく殺されていただろう。しかし本来であれば見えないような速度で走っているにも関わらず薫にとってはただ普通に走っているようにしか見えなかったのだ。


 契約者は通常より十倍以上の身体能力と動体視力を獲得することができる。これは能力とは関係なく契約者特有の力だ。それに加えて薫は自身の能力を上乗せして体の反応速度を極限まで高めている。そのせいもあってか普通では見えないようなその速さについていくことができるのだ。


 わずか一秒と立たずしてカキーンという金属と金属が激しくぶつかり合うような甲高い音が五回ほどなり響く。


「これにもついてくるのか。千五百年以上も生きてきたが主のような者に会ったのは初めてじゃ。ここまで妾と渡り合える者などそう多くない。次で最後じゃ。本気でいくゆえせいぜい防いで見せろ」


 吸血鬼が再び構えを取ろうとしたその時。


「えっ?」


 なぜか構えを取ろうとしていた右腕は吸血鬼の目の前で回転しながら宙を舞い、ボトリと地面に落ちる。


「は?え?は?は?」


 何が起きたのかわからない吸血鬼は何度も間抜けな声を出しながら落ちた右腕と自身の見られた右肩を交互に見る。


「なんじゃ?何が起きたのじゃ?なぜ妾の右腕がないのじゃ?どういうことじゃ?」


 未だ理解できないそう状況に後ろから声をかける者がいた。


「どうした本気を出すんじゃなかったのか」


 その時吸血鬼はようやく理解した。先ほどまで自分の前にいた人間はこちらが構えを取るよりも速く右腕を切り落としたのだと。


 いやどういうことだよ。


 自分で言っていてわからなくなってくる。そんなこと本当に可能だというのか。それはつまり吸血鬼である自分よりもこの人間の方が強かったということになるのだぞ。それはおかしいだろ。そもそも吸血鬼と人間では種族的な絶対格差があるはずだ。ただの人間風情が完璧な生物であるはずの吸血鬼よりも優れているなどあり得るはずがないのだ。


「はぁー」


 吸血鬼は大きく溜め息を吐いた。すると落ちた右腕を拾い上げ最初に入っていた棺へと腰掛ける。


「やめじゃやめじゃ」


 そう言って吸血鬼は斬られた腕の切り口を合われるとまるで最初から斬られたことなどなかったかのようにそのままくっつく。


「なんだもう終わりなのか?俺はまだやれるぞ。むしろここからがいいところだろ」


「バカ言えこれ以上やったところで無意味じゃ。妾は無駄は嫌いじゃ。戦いを続けたところで妾が負けるのは目に見えておる。妾は別に戦闘狂というわけではないのじゃ。ただ主が妾の館に入ってきたゆえ少々お灸を据えようとしただけじゃ。それなのに殺されてはかなわぬ」


「以前戦った時はもっと交戦的なやつだと思っていたが…」


 薫は昔の記憶を思い出しつつ剣を消す。そしてゆっくり吸血鬼に近づくと手を差し伸べる。


「なんじゃ?」


 手を差し伸べられた理由のわからない吸血鬼は眉を顰めて訝しそうな顔でその手を見つめる。


「お前俺の仲間になれ」


「お主正気か?いくら妾より強いからといっても主に従う道理はないぞ。それに妾は誇り高い吸血鬼じゃ。そんな妾が人間風情の手下になるなどありえぬ話じゃ」


 吸血鬼はその話を一蹴し、薫の手を払い除けようとしてその手を止める。顔をあげ薫の顔を見てみればそれはまさしく本気の顔だと理解する。だがいくら本気だといえ吸血鬼と人間が仲間になるなど有り得ぬ話だ。


 しかしなんなのじゃこの人間から感じる魅力は。こやつの目を見ているとなんだか付き従いたくなるような強い光を感じてしまう。こやつ一緒にいれば妾の退屈というなの乾きが潤うやもしれぬ。


「もし、もし主の仲間になれば妾ともう一度戦ってくれるのか?」


「別にいいぜ。その時はまた返り討ちにしてやるけどな」


「妾は負けるのは嫌いじゃ。それも負けたまま終わるなど誇り高い吸血鬼として許せぬことじゃ。約束せよ。仲間になった後もう一度妾と戦うことをそして妾と再戦する時まで主は誰にも負けぬと、そう約束するのであれば妾はお前の仲間になってやっても構わぬ」


 薫はその言葉を聞いてニヤリと笑う。


「決まりだな」

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