第39話 轟 蓮

 蓮と葵は三十人ほどの能力者たちを連れ埼玉へと向かっていた。


 東京の道は一月前とは打って変わって地面には亀裂があり、落ちてしまえば到底戻ってくることができなそうなほど深く、倒壊したビルなどの建物が道を塞いでしまっているせいで迂回せざおるえない箇所もいくつかある。電車はすでに使い物にならず、地面もまともに車が走ることが出来ないために三十人を超えるその集団は埼玉まで歩くことを余儀なくされた。


 本来であればトラックのような大型の乗り物を使って捕まえたモンスターを運びたいところだが、それができないために何人かは大きな荷台を引くようにして談笑しながら歩いている。


 ここら一帯にいたモンスターは全て駆除したために彼らに襲いかかってくる者はおらず、そんな時間が何時間も続いたために最初にあった緊張感も今ではなくなり、ゆるい空気が流れている。彼らを率いている蓮や葵ですらそんな空気に当てられて壊れた東京を観光気分で眺める余裕があるのだ。皆がそのようになってもおかしなことではないだろう。実際この辺りにも定期的に戦闘員の何人かが巡回を行っている。その者たちとすれ違うたびに特に異常がないこと、ここ数日モンスターを見ていないという報告を受けるとますます安堵と共により一層空気がゆるむ。


「葵はさ、七瀬さんのことどう思う?」


 普段皆んなの前では敬語で話している蓮がそのように問いかけてくる。周囲の人たちが自分より年上ということもあり、普段からきっちりしている蓮は年が近い葵の前ではこのような喋り方になる。


「私はいい人だと思う。皆んなからも尊敬されてるし、お兄も薫さんのことは信頼してるみたいだし。指示も的確で何をすれば良いのか的確に教えてくれるから薫さんほどリーダーとして頼もしい人はいないと思うな。あと何より強い。あの人の戦いを見たことあるけど本当にレベルが違うんだよね」


「そのことじゃなくて、あの未来から来たって話のほう」


「あー、あれね。私も最初は半信半疑だったけど逆にあの強さに納得したかなー。未来から来たなら力の使い方だって誰よりも熟知してるだろうし、何より一度経験したからこそ誰よりも的確な判断ができてるんじゃないかなって思う。蓮ちゃんはあんまり信じてないの?」


「私は…まだわからない。確かにあの強さは異常だし、次に何をすればいいのかわかってるのも納得できる。それでもそんな非現実的なことってあり得るのかな」


「んー、そんなこと言ったら今この現状だって非現実的なことだと思うけどな。だってまさかこの東京がこんな風になっちゃうなんて誰も想像できないよ。それにこの力。能力だってアニメや漫画の世界じゃなきゃありえないものだし、過去に人を送り込む能力者だっていてもおかしくないと思うけど」


 葵は手のひらの上で小さな氷の塊を再生するとそれをくるくる回転させる。


 蓮はそれもそうかと自分の中で納得し、壊れたビルなどを見渡した後、背後にいる自分についてくる人たちを見る。


(確かにこの景色だってこの力だって非現実的なものだし、未来から人が来ることもおかしいことではないのか。それじゃあ未来の私はいったい何をしていたんだろう。初対面の七瀬さんがあれほど信頼してくれているのだからきっと何かすごいことでもしたのだろうか。正直私にそんなこと求められても重荷だな)


◇◆◇◆



 蓮はもともと【エキタフ】の第五部隊の部隊長を務めていた。蓮は何でもそつなくこなせるため葵を除く部隊長の中では最年少でありながら能力者の中ではかなり上位に位置する存在だ。


 彼女は自身に能力が与えられたその瞬間からその力の使い方を理解していた。誰かに教えてもらった訳でもなければ初めて使うはずなのにその力はまるで手や足のように生まれた時から自分に身についているかのようにさえ感じた。


 蓮の功績はかなりある。天空竜や吸血鬼の討伐。中国による領土侵犯を受けた際は北陸にある組織【暴竜会】からの要請で中国から来た百隻もの艦隊の撃退に参加し成功している。


 個人での武勇も多く、推定Bランクであるモンスター二体を同時に討伐。中国から来た四人いる指揮官のうち一人を戦闘不能にし、捕虜にて幽閉。【クラン・クラウン】の幹部の一人を殺害するなど他にも幾つもの戦線でその功績を収めている。


 そんな彼女は薫が死亡する際には南側のモンスターの討伐を担当していた。最初は順調だと思われていたその戦いも南側に現れたバジリスクの存在で崩れてしまう。


 あまたの戦いを生き抜いてきた蓮だとしてもバジリスクに対抗するのは難しかったのだ。それは蓮の弱点であるというものだ。


 蓮の能力は対人間にはかなり有効だが硬い鱗をもつモンスター相手には傷をつけることすら難しい。蓮の能力はあくまでモノを加速させるだけなので蓮自身の筋力が上がるわけではない。どれだけ速く動こうが相手の防御を突破できなければ意味がないのだ。


 そのため薫は爬虫類であるバジリスクに対抗できる葵をすぐに向かわせるが、一人になってしまった薫は相手の思惑に誘われるような形でその後死亡してしてしまう。

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