第37話 吸血鬼の存在

「それじゃあ私たちは準備に取り掛かりますね。行こっか葵」


「えっ、あっうん」


 蓮がその場から立ち上がると名前を呼ばれた葵もそれに続いて部屋を出ていく。


「本当に仲間にする気なのか?そもそもモンスターが仲間になるのか?」


 二人が出て行ってからも先ほどの話が気になっていた澪准が質問を続ける。


「わからん。だがコミュニケーションを取ることはできるから話し合いでどうにか仲間に引き入れることは可能だと思う」


「モンスターとコミュニケーションって…。じゃあ話し合いをすれば穏便に仲間にできるわけ?」


「いや、それは難しいだろ。会えば確実に戦いになる。そこで勝ちさえすれば仲間にできるはずだ」


「はずだって、そもそも前回はその吸血鬼を仲間にできたわけ?」


「それは…」


 薫は苦い表情を作る。以前その吸血鬼と出会ったときはいきなりのことだったために仲間にすることはできなかった。むしろこちらにかなりの被害が出たほどだ。しかし、その吸血鬼とは戦いの中ではあるがコミュニケーションを取ることはできた。だとすればもしかしたら今回は仲間にできるかもしれない。その吸血鬼の実力を知る薫としてはその戦力を是非とも仲間にしたいと考えている。それは今後起こるであろうに向けて最も優先すべき事項の一つなのだから。それにその吸血鬼ならこのモンスターが溢れた世界を元に戻す方法を知っているかもしれない。そんな淡い期待もある。


「前回は仲間にすることはできなかった。それでもやってみる価値はある。今後に向けての戦力増強は必須事項だ。本当なら今頃総司郎がいるはずなんだかどういう訳か今回はいなかった。正直この穴はかなりでかい。その穴を補うためにも吸血鬼を仲間にするのは必須事項だ」


 薫は一生懸命に説明するが三人ともあまりいい顔はしない。むしろ霧奈と澪准に関しては吸血鬼を仲間にすることに反対している。瑠華はというとあまり納得はしていないが薫の好きにすればいいという考えだ。


「仮に仲間にするとしても私は自分の目でちゃんと見るまでは信用できない」


「俺もその意見には同意だ。いきなり街中で暴れられたら手のつけようがないからな。それに実力だってよくわからないし。ちなみにどれぐらい強いんだ?そいつは俺と瑠華ちゃん、霧奈の三人がかりでも勝てるのか?」


「無理だな。今のお前たちでは到底太刀打ちできない。今の俺でようやく渡り合える程度、だが全盛期の俺なら一対一であれば確実に勝てる」


「それって本当に大丈夫なわけ?七瀬くんしか勝てないならもし七瀬くんがいない時にでも暴れられたら手がつけれなくなるけど」


「そこはまぁ、仲間にしてから考えればいいだろ。問題は仲間になってくれるかどうかの方だ」


 三人は再び険しい顔をする。23区制圧の際薫の戦いを見てきた三人にとってその力は異次元そのものだ。そんな薫と同等の実力者を相手に倒さず仲間に引き入れるというのは普通に倒すよりも難しい。正直精鋭メンバーを集めて討伐する方が良いのではないかと考えているほどだ。それは薫の意見を尊重している瑠華だって同様に考えている。それでも誰もそのことを言い出さないのは薫から感じる確固たる自信と薫を最強と信じるその気持ちからだろう。


 皆んなが静まり返る中、瑠華がゆっくり話し始める。


「私は良いと思うよ。薫くんがそうしたいならそうすればいいと思う。ここのリーダーは薫くんなんだから薫くんがしたいこと、やりたいことをすればいいと思う。私たちはできる限りサポートするから薫くんが好きにしていいよ」


「神楽さん…」


「瑠華ちゃんがそう言うなら俺も異論はないぜ。薫は俺たちの大将だ。その薫がそうするべきだと言うならそれに従うまでだ」


「あんたまで……。はぁー、わかったわよ二人がそう言うなら私ももう何も言わないから。好きにしてちょうだい」


 二人に押し切られるような形になり霧奈もそれに渋々同意する。皆んなの同意も得られたことで薫はその場から立つと「それじゃあ各自準備が出来次第出発してくれ」と声をかけて瑠華と澪准は部屋を出ていく。


 残った薫と霧奈はというと特に何か話すわけでもなくじっと椅子に座っている。


(何でこいつは出ていかないんだ?まだ何か言うことがあるのか?)


 薫がそんな風に疑問に思っていると霧奈はようやく椅子から立ち上がるが扉ではなく薫の方へと近づいてくる。なぜ近づいてくるのかわからない薫はそんな霧奈を目で追いかけるが自身の後方に来たためにそこで視界から消える。


「いでぇっ」


 霧奈が視界から消えたと同時に後頭部に殴られたような痛みが走る。後ろを振り返ると実際に殴られたようで霧奈が握り拳を使っていた。


「ちょっ、いきなりなんだよ。まださっきの話が納得いってないのか」


「違うわよ。これはあんたが嘘ついた分よ」


「嘘ってなんだよ。俺がいつ嘘ついたんだよ」


「あんたね、烏天狗は一匹しかいないって言ってたじゃない。それなのに二匹いたんですけど、おかげで死にかけたんですけど」


 霧奈は少し怒った感じで話しているが薫の記憶では確かに一匹しかいなかったために困惑顔になる。


「悪かったよ。俺が倒しに行った時はすでに一匹しかいなかったんだ。もしかしたら俺が倒す前に他のやつが一匹倒してたのかもしれないな」


「まぁ、別にいいわよ。そこまで怒ってたわけじゃないし。ただ一発殴ってやろうって決めてただけだから。私はこれで満足したからもう行くわ」


◇◆◇◆



 会議を終え皆んなからの同意を得られた薫は肩の疲れが取れたかのような思いで街を見ながら歩いていた。薫が街に来るなりそこにいた人たちは薫の姿を見つけると皆が一様に嬉しそうに声をかけてくれる。


「七瀬さん、良かったらこのキャベツとかどうですか?轟さんが作ってくれたやつの中で一番大きなやつなんですが良かったら持っていってくださいよ」


「七瀬さんこっちにもやっていってくださいよ。七瀬さんなら何だってタダであげるんで好きなだけ持っていってくれて構わないんですから」


「ありがと、今日はちょっとよるとこがあるから今度暇な時にでも見に来るよ」


 薫が街に出ると大抵こうなる。薫はここにいる人たちにとってはヒーローのような存在だ。突如現れたモンスターを颯爽と倒していき、食べるものがなかった人たちに食料を与え、安全な場所を作り出す。薫がしてきたことは例え自分のためであっても実際に助けられた人たちにとって命の恩人なのだ。そのためここにいる人たちの大半は薫のために働きたいという思いで働いてくれているのだ。


 薫は街の人たちからの誘いをやんわり断りつつ目的の場所へと行く。そこは街のハズレの方にある大きな荒野だ。元々はビルなどの建物が沢山あったその場所はモンスターがかなり暴れていたせいで復旧不可能と判断され今は能力者が自身の力を試す場所と化している。


 薫はその場所にいる木の影に腰を下ろして本を読んでいる一人の少女に声をかける。


「やっぱりここにいたのか」


 声をかけられた少女は一瞬自分のことだとわかっていなかったのか本から目を離そうとしなかったが、誰も呼ばれたことに返事をしなかったためにふと顔を上げるとそこに薫の姿があり、慌てて本を閉じ立ちあがろうとする。


「な、七瀬さんどうしてこんなところに。私になにか用ですか?」


 慌てて立ち上がったためか服のシワを伸ばすような素振りをしながら落ちかけていたメガネを掛け直す。


「実はな次の会議からお前も参加してもらおうと思ってここまで来たんだ」


「え?え?私がですか?なんで?どうして?」


 なぜ自分が選ばれたのかよくわかっていない少女はあたふたしながら訳がわからないのいった表情をする。


 この少女の名前は新島萌香といって『相手が能力者かどうかわかる能力』を持っている。この能力はかなり強く、自分たちの陣営の誰が能力者なのか一目でわかるために簡単に選別することができた。能力はいきなり目覚めるため自分が能力者だとわからないまま生活する者も多い。しかし、彼女がいればそういったことはなくなり、能力者全員を有意義に使うことができる。以前も彼女の能力を使い能力者と非能力者の選抜を行った。そのことにより【エキタフ】という組織の急激な成長に繋がったのだ。それでも彼女の能力には弱点がある。それはどんな能力を持っているのかはわからないというものだ。能力者だとわかっていてもどんな能力を持っているのかまでは実際にいろんなことを試す必要がある。瑠華や葵のようにわかりやすい能力ならいざ知らず、澪准のような能力だと実際に怪我をしなげればわからない。そのため能力者だとわかってもどんな能力を持っているかわからない者たちはこの荒野に来てはいろいろなことを試しているのだ。


「私戦いに関しては全く役に立ちませんよ。それに英雄と呼ばれてる皆さんに肩を並べられるような人間でもないですし、他の人の方がいいですよ」


「まあ落ち着けって。萌香には今後増えるであろう人たちの識別を行ってもらいたい。お前の能力は強力だ。確かに戦闘に関してはあまり役に立つ能力ではないが別に戦うことが全てってわけではない。お前のような非戦闘員の意見が重要になってくるとかもある。いろんな視点から話し合いをすれば良いアイディアだって出るかもしれないだろ。だから今後会議がある時はお前も参加するように」


「それでも私は…」


 なにか言おうとモゴモゴしている萌香をよそに薫は「それじゃあ話は通してあるから瑠華のところにいって何をすればいいのか聞いてくれ」と背を向け、手をひらひらさせながらその場を去ってしまった。

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