第34話 緋眼の英雄
薫は夜一人で校舎の屋上から街を見下ろしていた。東京だというのに街には一切明かりがないせいか夜空を見上げるとそこには無数の星が見える。薫はポケットからタバコの箱を取り出すとそこから一本取り出し、もう片方のポケットからライターを取り出すとタバコに火をつける。
コンコンコン
しばらく外を眺めながらタバコを吸っていると後ろから扉を叩く音が聞こえそちらに振り返る。そこには開かれた扉にもたれかかるようにして立っている澪准の姿があった。
「言われたとおり全員を体育館に集めたぞ。あとはお前だけだ」
薫はここに来る前にこの避難所にいる人たちを全員体育館に集めるようにと指示をしていた。
澪准は扉から体を起こすと薫への横へと歩いてきて、手すりにもたれかかる。
「タバコは二十歳になってからだぞ」
澪准が嫌な顔をしながら冗談まじりにそういうと薫はようやく澪准の顔を直視する。ここに来るまでに薫は一度もちゃんと澪准の顔を見ることはなかった。澪准に再び会えたことは本当に良かったと思っているし、心から嬉しいと思っている。それでも薫の中には澪准を殺してしまったという罪悪感があるせいか直接顔を見ることができなかったのだ。
「俺は本当ならもう二十五歳だぞ。二十歳がどうとかなんてとっくの昔に過ぎてるっつーの」
「それでも今は十七だろ。タバコは体に悪いんだから今のうちにやめておけよ」
澪准はタバコの煙を吸わないように少し距離を取る。薫は何故澪准がタバコから距離を取ったのか思い当たると手すりでタバコの火を消す。
「そういえばお前はタバコが嫌いだったな」
「あぁ、タバコの匂いはあのクソアマを思い出させるからな。本当だったら俺の手で殺してやりたかったが、もうとっくにどこかでのたれ死んでるだろ」
澪准の歯と手に力が入る。
これはまだ澪准が六歳、葵が四歳だった頃、元々父親がおらず母親が二人を育てていた。しかし、母親はそこまで育児に興味がなくほとんど二人を放置した状態で数日間食事を取れないなんて時もザラにあった。そんな母親が唯一食べ物をくれる時、それはパチンコに勝った時だけだった。パチンコに勝った日だけは景品である駄菓子なんかを与えており、二人はその少ない駄菓子を分け合って生きていたのだ。しかし、成長期である子供の体には駄菓子では栄養が行き渡らず、葵が倒れてしまったことがある。その事が引き金となり、近所の住民が警察に通報し、虐待をしていたことがわかると二人は児童養護施設へと引き取られたのだ。
葵は幼すぎて母親のことなど全く覚えていないが、その時の記憶がある澪准はそれがきっかけでパチンコと普段から母親が家ですっていたタバコの匂いが嫌いなのだ。
薫は消したタバコを箱の中へと戻すとそれを握りつぶす。そしてそれをポケットにしまうと手すりに背中からもたれかかる。
「そうだな。これを気にタバコもやめてみるか」
「それがいいと思うぜ」
澪准が少しニヤリと笑うと二人はしばらく沈黙する。
「あの話俺はなんとなく本当だって思ってる。お前と初めて会った時もどこか懐かしい感じがしたし、なんとなく見た事あるような気がしてたんだ。あれはどこでだったか…そうだ、夢の中だった気がする……」
そんな沈黙を打ち破るようにして澪准はいつもとは違う真剣な面持ちで語り始める。
澪准の言っていたあの話とは薫が校長室で先ほど話していた未来についての話だ。薫は自身が体験したことを全て話した。そしてそれを聞いた人たちの態度はまちまちだ。話をそのまま素直に信じた者もいれば、疑念を抱いている者、話があまりにも壮大すぎて理解できていない者だっていた。信じる信じないに関してはその人に委ねるしかないのだ。ただ薫の言えることはこれは自分が体験した話であり、そこにいた面々全員が薫にとって一番大切な仲間たちであるということだ。
「そうか」
薫は短く言い切るともたれかけていた体を起こすと入り口へと歩き始める。
「そろそろ行くか」
薫が扉に手をかけると澪准は再びニヤリと笑い、その後を追いかける。
◇◆◇◆
何が何だかわからないまま体育館に集められた人たちはざわざわと騒ぎ始める。集められた人たちの合計はおよそ千人近くにもなり、一人ひとりが小声で喋っているにも関わらずこれだけの数がいるとやけにうるさく感じる。
薫はそんなざわめく集団の前にある舞台へと上がると瑠華と霧奈、蓮、澪准、葵がそれに続いて舞台に立つ。薫を中心とし、左右に別れた五人はまるでそれが持ち場かのように直立する。
誰もいなかった舞台に人が上がったことでみんなの視線が舞台の上にいる人たちはと向かう。「あれは確かご飯の時の…」、「私知ってるあそこにいるのって確か
「俺の名前は七瀬薫だ。皆んなも知っていると思うが街は壊滅し、国は崩壊した。既に軍隊はモンスターたちにより殺され、政治家は地下シェルターに逃げ込み使い物にならない。そして今この世界では段々のモンスターの手によって、今もどこかで人が無慈悲に殺されている。もう国が法が守ってくれる時代は終わったんだ。自分を守れるのは自分しかいない。しかし、そんなことをいきなり言われても平和な世界を生きてきた人たちにとって戦いなど到底できるものではない。だからこそここにいる全員の命は俺が、俺たちが守ってやる。他の場所でもおそらく何らかの組織ができつつある。そしてその組織たちとは決して心を許してはいけない。もしかしたらその組織は人を殺すことに快楽を覚えている連中かもしれない。非能力者を差別している奴らかもしれない。だが、俺の組織ではそのようなことは決してしないと誓おう。能力者、非能力者を差別することなく全員が手を取り合い、助け合う組織。能力者は非能力者のためにその力を使い、非能力者たちは能力者たちのサポートをしてやれ。一人でできることなど高が知れている。今こそ一人ひとりが力を合わし、この困難に立ち向かっていかなければならないのだ。仲間同士での裏切りは絶対に許さない。非能力者を差別することもだ。そして他の組織が現れたら容赦なく殺せ。それが自分の身を守る唯一の方法なのだから。もし今言ったことが守らないという者がいるのならば今すぐここを出ていけ。悪いがルールを守れない奴をここに置いておく義理はない。どこかで野垂れ死ぬなり、モンスターに食い殺されるなり好きにしろ。だが、ここに残るというのならば安全は保証する。食べ物だって皆んなに行き渡るようにしてやるし、最低限の不自由ない暮らしを約束する。俺たちはこれより【エキタフ】と名乗りその力を全国に見せつけるのだ。今後の方針としてここ東京を全て手中に治る。そして次に関東にいるモンスターを全て討伐し、関東全域を拠点とする。なにか異論がある奴はいるか?」
薫が全てを言い終わると何処かから一つの拍手が聞こえてくる。それは横へ横へと波のように広がっていき、最終的にはこの場にいた全員が賞賛とともに怒号のような雄叫びと拍手の音が入り混じる。
ここにいる全ての人は彼の有志を見て心が奮い立った。これほどまでに絶望的な現状ではここまで未来を見据え、他人の為にその命をかけて戦える人が他にいるのだろうか。彼の言葉には重みがある。その言葉一つ一つが本当に実現させてしまうのではないかという強い意思がこもっている。そんな彼の赤い瞳を見て後にこう呼ばれるようになる《《緋眼の英雄》》と。
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