第33話 八年間の話

「そろそろ探しに行った方がいいんじゃないですか?」


 薫が楠木高校から足立区に向かってから一週間が経過し、残っていたメンバーである瑠華とそして自警団の面々は薫の帰還があまりにも遅いために会議室として使っている職員室で話し合いをしていた。


「薫くんのことだから心配ないと思うけど…」


「確かに七瀬さんは強いかもしれませんけど、それでも流石に一週間も音沙汰がないってなると何かヤバイことに巻き込まれてる可能性がありますよ」


「仮にそうだとして、この中で一番強い薫くんでも対処できないようなことに私たちが向かったところでどうしようもないんじゃないかな」


「そ、それはそうかもしれませんけど…」


「不安なのはわかるけど大丈夫だって。薫くんならそのうち帰って来ると思うから私たちは今私たちにできることをやってればいいの」


 薫が帰ってこないことで不安になる面々を瑠華を安心させるように声をかける。モンスターが出現してからまだ八日しか経っていないというのに薫はここまで皆んなに頼りにされているのかと瑠華は内心で薫のことを尊敬する。


「でも、夢宮さんだってボロボロになって帰ってきましたし、もしかしたら怪我を負ってその場から動けないなんて可能性だってあるんじゃないですか?」


「んー、そうねわかったは。それじゃあ後二、三日経っても帰って来なかったら捜索隊を作りましょうか」


「そんな悠長なことでいいんですか?食糧不足とかだったら一刻も早く向かわないと危ないんじゃないですか?」


「それに関しては大丈夫だと思うけど…」


 薫の能力を知る瑠華にとっては食糧不足で薫が倒れるなんてことはないと確信している。薫の能力である憤怒ラースは蓄えたエネルギーを使うことで数日間は飲まず食わずでも生きていけると瑠華は以前薫に教えてもらっている。


「どうしたんですか?何か揉め事ですか?」


 そんなやりとりをしていると職員室の扉を開けて中に入ってくる人物がいた。


「あ、とどろきさん」


 彼女の名前はとどろき れん。霧奈がピンチだったところを助けてくれ、その後一緒にここまで来たという霧奈の恩人でここ最近この拠点に来た新しい仲間だ。


「霧奈ちゃんと怪我はどんな感じ?」


「轟さん、実はですね俺たちのリーダーがまだ帰ってこなくてですね。それで捜索隊を出そうかって相談していたんですよ」


「夢宮さんなら一応保健室で応急処置をしてからは安静にさせてます。疲れていたのか今はベッドで寝てしまいました。側にはお姉さんがいるので何かあったら連絡が来ると思います」


 蓮は室内でありながら帽子を取ることなく職員室の中に入っていくと会話に参加する。


 最近来たばかりの新参者である蓮がこのような会議に参加しても誰も文句を言う人はいない。何故ならば蓮のその実力をここにいる皆んなは知っているからだ。


 蓮が拠点に来てからというもの新しい人が来たということで自警団の中はピリついていた。今はまだ拠点内で暴れる人や何か犯罪を犯そうとする者はいないがこんな世界だ、何かの拍子で暴動が起こる可能性だってある。それに今は養いきれてはいるが食料だって無限にあるわけではない。そんな中避難してくる人数が増えれば食料を求めて内部争いだってありえるのだ。そのため新しく入ってくる人に対しての風当たりは必然的に強いものになってしまう。


 そんな中やってきた蓮は能力者ということもあり、やって来たときはそこそこ歓迎されていた。戦えるメンバーが増えることは喜ばしいことだし、あの霧奈が認めた人物でもある。ここに避難しているほとんどの人たちはあのワイバーンを倒した姿を目にしている。どれだけ束になっても無慈悲に殺されていくあの光景を見ていたものたちにとってはそんなワイバーンを一撃で屠った霧奈の実力は皆んなが認めている。そんな霧奈からの紹介だったからこそ皆んな素直に彼女が仲間に加わることを喜んでいた。


 その後模擬戦という形で蓮と自警団のリーダーである慶次が戦い見事蓮が勝ったことにより自警団の中では一目置かれる存在となった。


「リーダーって確か七瀬さんという方でしたか。そんなに心配でしたら捜索隊を出しますか?」


「俺たちもそう思って話し合っていたんですけど…」


 自警団の一人が言いかけながら瑠華を見る。それに釣られて蓮も瑠華へと視線を送る。


「はぁ、わかった。そんなに心配なら今から捜索隊のメンバーを作ろっか」


 瑠華は耐えかねたのか薫の捜索隊を出すことを決定したその時、職員室の扉を勢いよく開け「ぜぇはぁーぜぇはぁー」と荒い息をしながら一人の人物が扉に手を当て、もたれかかるようにして現れる。


「どうした?何かあったか?」


 勢いよく現れた人物に慶次が質問を投げかける。こんなに慌てているのだ何か事件でもあったのではないかと職員室にいた面々に緊張が走る。


「か、帰ってきました!」


 口から息を漏らすようにして声を出すと男は再び「ぜぇはぁ」と呼吸をする。一人の男がその相手に水を上げると息を切らしたまま感謝を伝えそのまま飲み干そうとしてむせる。


 彼の連絡を聞きその言葉の意味を理解すると皆んなの顔が一斉に明るくなる。今拠点の外にいる人はたった一人しかいない。そう、今まさに捜索隊を出そうとしていた人物、薫が帰ってきたのだ。


 慶次は「そうか」と一言言うと座っていた椅子から立ち上がる。瑠華も立ち上がり、職員室から出るとそれに続いて複数の人たちがついてくる。


◇◆◇◆



 瑠華たちが校門付近に近づくと門を警備していた人物と薫が何か話し合っていたのだ。よくよく見てみると薫の後ろには複数の人影があり、そこにいるほとんどの人がボロ布に身を包ませている女性であると理解する。


 瑠華はそんな薫たちへと近づくとそれとすれ違うようにして薫と話していた自警団の一人がその場を離れる。


「おかえり、その人たちどうしたの?」


 薫も瑠華たちに気づいたのかそちらを振り向くとそのまま近づいてくる。後ろにいる人たちはどうすれば良いのかわからないのかその場でおろおろしており、残っていた自警団の人たちに促されるように別の場所へと移動していく。


「おう、ただいま。外であの人たちを拾ってきたんだ。とりあえずここで暮らしてやろうと思ってあそこにいた人たちに食事と体を拭ける物を用意してもらってる」


「そっか、とにかく無事で良かったよ」


 薫が瑠華に事の経緯を話していると瑠華の後ろから身を乗り出すようにして慶次が会話に割って入る。


「お疲れさん、無事に帰って来れて何よりだ。それよりよ…」


 慶次は視線を薫の連れてきた人物たちへと送る。


「人助けはいいと思いますがちょっとあの量は厳しいですぜ。ただでさえ食料の備蓄が減ってきてるのにこれ以上人が増えたら全員に食料が行き渡らなくなっちまうんじゃないか」


 畑や家畜のいないこの現状では外にあるコンビニやスーパー、飲食店から食べ物を持ってくることで食いしのいでいるがそれにだって限度がある。これ以上人を増やしてしまうとモンスターではなく人同士の争いが起こってしまうのではないかと慶次は懸念しているのだ。


 それには瑠華も同意なようでこれからどうするのかと薫に問いかける。


「確かに食料問題は今すぐ解決しなきゃいけない事案だ。とりあえずこの学校にある庭園を使って野菜を育てるしかないだろ。野菜が育つまでは店先にある食料とモンスターの肉でどうにかするしかないな」


「どうにかって…。人数は百人を優に超えているんだぜ。そんな量のモンスターを狩るだなんて無茶じゃないか?」


「そこはまぁ、少し考えがある。ここにいる人たちの能力の把握はできたか?」


「一応全員を調査してみたけど能力なんて持ってるか持ってないかなんて判断つかないしあんまり進んでないよ」


「それなら新島にいじま 萌香もえかっていう人物はいたか?」


「えっと、ちょっとまってね」


 薫が確認すると瑠華は後ろにいた人物の中から一冊の本を受け取る。そこにはここに避難してきた人たちの名前や年齢、家族構成や職業など他にもいろいろなことが記載されている。


 瑠華は小声で「新田萌香、新田萌香…」と言いながらその本を一ページ一ページ確認しているとあるページでその手が止まる。


「あった、新島萌香。年齢は十五歳の高校生。家族の安否は不明で、この高校にいた時にモンスターが現れてそのままずっと避難してるみたい」


「よし、それなら後でそいつを連れてきてくれ」


 薫は嬉しそうに声を上げると瑠華はそれを疑問に思う。


「この子がいったいどうしたの?」


「まぁ後でわかるって」


 瑠華の質問を流すと薫は周囲を見渡す。そしてある一点を見るとそのまま視線を固定させる。瑠華もいったい何がいたのかとその視線の先に目をやるとそこにあったのは蓮の姿だ。瑠華は知らない人物がいて疑問に思っているのかと思い説明しようと口を開こうとするがそれよりも先に薫が声を出す。


「蓮か…?」


「え?」


 その言葉に驚いた瑠華はつい声が漏れてしまうがすぐに納得する。薫はもともと未来から来た人物だ。それなら未来のどこかで轟さんと会っているのかもしれない。そう納得した瑠華に対していきなり知らない人物から名前を呼ばれた蓮は少し訝しげに眉を顰める。


「どうして私の名前を知っているんですか?話の流れからあなたがここのリーダーだということはわかりました。それでもあなたは今帰ってきたばかりで私のことは知らないはずですよね。それなのにどうして私を知っているんですか?」


 少し高圧的な態度を取る蓮を宥めるように瑠華が声をかけると薫は顎に指を当て考える素振りをする。そして何か思い至ったのか小さな「そうだな」と呟くと覚悟を決めた顔で話し続ける。


「今から呼ぶメンバーを集めてくれ。とりあえず瑠華、お前と霧奈。そしてそこにいる蓮と…」


 そう言うと薫は何人かの名前を挙げ、その人たちに校長室に来るようにと言うと「先に向かっているから頼んだ」と言って去ってしまった。そしてそんな薫に続くように先ほどから薫の後ろに立っていた高校生くらいの男の子と中学生くらいの女の子は薫に「二人ともついて来い」と言われ、二人は顔を見合われるがそれに従ってそのままついて行く。


◇◆◇◆



 瑠華が校長室の扉をノックすると中から「入っていいぞ」と薫の声が聞こえたのでそのまま扉を開ける。瑠華に続くようにして来たのは蓮は瑠華同様中へ入ると薫に座るよう促されそのまま一人がけのソファーへと座る。


「お前たち二人だけか?霧奈はどうした?」


「霧奈ちゃんは疲れちゃったみたいで今は眠ってるよ。他にも言われた人たちを探してみたけどこのここには来てないみたい」


「やはりいないか、それなら探す必要があるな」


 薫のその呟きは独り言のように感じるが独り言にしては大きく、その場にいる全員に聞こえるほどだった。


「それでこれから何をするんだ?俺たちの歓迎会でもしてくれるのか?それならもっと大人数がいいんだが」


「ちょっと、バカなこと言わないでよ。どう考えたってそんな雰囲気じゃないでしょ」


「わかってるって軽いジョークだよ、ジョーク。この場を和ませようと思って」


 澪准と葵がそんなやりとりをしていると薫は一つ咳払いをする。そしてその場にいる全員から注目を浴びると話し始める。


「お前たちを集めたのは俺のことについて話そうと思ったからだ」


 薫が前置きをすると澪准はボソッと「自分語りをする男はモテないぞ」と言うと横にいた葵が横腹を殴る。


 そんな二人を無視したまま薫は話を進める。


「俺は今から八年後の未来から来たんだ……」


 こうして薫は自身が体験した八年間を淡々と語り始める。

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