第32話 生きるか死ぬか

 薫と澪准は一本道を進むと途中の分かれ道まで戻る。薫は自身の記憶を頼りに元の道ではなく別の道へと歩いて行く。


 徐々に奥に行くにつれ散乱したゴブリンの死体がいくつも増えていき、その死体の大半は体を鋭いもので斬り裂かれているか体にまだ溶けきってはいない氷が貫通しているかのどちらかだ。


 薫はこの光景を見てこの場所に来てからずっと疑問に思っていたことにようやく納得する。


 薫がゴブリンの巣に入ってからというもの全くと言っていいほどにゴブリンと遭遇することがなかった。遭遇したのはせいぜい最初の一回きりだ。そのことにずっと不思議に感じていたがどうやらこの光景を見るに葵が脱走した時にでもほとんど倒し切ってしまったのだろう。確かにゴブリンはそこまで強いモンスターではない。薫たちが集団でここに乗り込んだ時もゴブリン相手に苦戦することはなかった。一番の問題はゴブリンキングとその側近であるゴブリンジェネラルだ。


 本来のゴブリンキングたちの戦い方は前衛にゴブリンジェネラルを置き、後方からゴブリンキングが援護するという形をとっており、ゴブリンジェネラルの耐久性と攻撃力をいかして一人ひとり倒していき、密集した時にはゴブリンキングが魔法のようなものを使い、杖から火の玉を出して攻撃していた。


 まともな武器をあまり持っていない当時の薫たちはゴブリンジェネラルの防御を突破することが難しく、ゴブリンキングの攻撃になすすべもなかった。


 それに対して今回は薫の力が以前とは違ったこと、そして二人ということもあり相手が舐めていたこともあり簡単に討伐することができた。


◇◆◇◆



 しばらく二人が歩いていると前の方に一人の少女らしき陰が見えてくる。それを見るや否や澪准はその少女へと全力で駆け寄り後ろから抱きつこうと飛びかかる。


 少女は後ろから誰かが走ってくる足音を聞きつけるとそのまま剣を構えた状態で振り返り、その人物を見ると驚いたような顔をすると体を横に逸らして澪准を避ける。


「っいってぇぇ」


 澪准はそのままの勢いで葵が見ていた鉄格子に頭をぶつけるとそのまま地面に落ちる。薫はそんな澪准に対してため息を吐きつつそのままの足取りで葵の横へと立つ。


「何かあったのか?」


 薫は葵が先ほどからずっと見ていた鉄格子の中を覗く。そこにはボロ布を羽織らされている幾人もの女性がおり、どの人も布の下は何も着ておらず、顔や布の隙間から見える体には痣がいくつもできており、首や手足には強く締められていたような跡が残っている。


 女性たちは何かに怯えるようにこちらを見るとほとんどが身を震わせその体を寄せ合っている。一人でいる者も何人かいるがその人たちに限っては顔に正気を感じることができず虚な目をしているせいかこちらに気づいてすらいない。


「この人たちなんですけどずっとこの調子でなかなか出てこようとしなくて」


「なるほどなー、きっと外が怖いんだろ。それも仕方ないさ、いきなりよくわからないモンスターにこんな場所に連れてこられたんだからな。外には別のモンスターだっているし、下手したらここの方が安全かもしれないからな」


 顔に格子の跡をつけながらこちらへと歩いてくる澪准が顎を指でさすり頷きながらこちらに戻ってくる。葵はそんな澪准をジト目で見つめると澪准は顔を横に背ける。


 薫は鉄格子へと近づくと顔が当たるか当たらないかというギリギリで立つ。


 そんな薫たちに鉄格子の中から見ていた人たちは体をびくつかせる。


 こういった人たちは以前にも何回か見たことがある。モンスターに襲われ、犯されたことで外の世界を、生きること恐怖し自分の世界に閉じこもってしまっているのだ。いくら安全だと説明してもその根幹からの恐怖により出ることができないのだ。ここから出ればまた犯されてしまう、弄ばれボコボコに殴られてしまう、今度こそ殺されてしまう、そういった経験や実際に見てしまった現実に心のどこかで拒否反応を起こしているのだ。


 こうなってしまったものはどうしようもない。能力者の中には心を治したり、精神を安定させたりすることのできる能力者も存在するが、現状ではそのような能力者はいない。そのため薫に今できることはただ一つしかない。


「このままここにいてもお前たちは生きていけない。生きたいならここを出て俺たちについて来い。ついて来た奴らは俺が、俺たちが絶対に、死んでも守ってやる。もう二度と他者から襲われるような恐怖は一切与えないって約束する。だがもし生きるのが辛い、今すぐ死にたいと思うのであれば俺が殺してやる。辛いって、死にたいって思ったまま生きられるようなそんな甘ったれた世界じゃもうないんだ。安心していい、痛いと思う間も無く殺してやるから…。さぁ選べ、生きたいのか、死にたいのか」

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