第27話 氷室 葵

 数匹のゴブリンが汚れた絨毯を綺麗に掃除をする。それをながめてい眺めていたゴブリンキングはその仕事具合に満足したのか大きく頷く。掃除が終わり部屋から出ようとした時、そのゴブリンたち目掛けて氷の柱が飛んできて体にいくつもの穴を開け、再びその場に大きな血溜まりを残す。


「なぁ、それ美味しいのか?」


 部屋の入り口、垂れかかった布の奥から声が一つ聞こえる。その一言でその場にいる壺を持つゴブリン以外の全員が臨戦体勢を取り、入り口へと視線を向ける。


――カツカツカツ――ペタペタペタ


 二つの足音が徐々に近づき、入り口の布をめくった時ようやくお互いが相手の姿を認識する。そこにいたのは匂いからして人間のオスそしてメスであることがわかる。オスの方は自身と同じ大きさの大剣を肩に背負いメスはというと足元から冷気のようなものが漏れ、手には氷でできた見事な剣が握られている。


「ナンダオマエタチハ、ニンゲンフゼイガオレサマノシロニハイリコムナドナントオロカナ」


「ゴブリンの癖に人の言葉喋っんじゃねーよ。片言で何言ってるかわかんねーんだよ」


「カトウシュゾクノクセニイイドキョウジョナイカ。オノレノヨワサヲリカイシ、ジブンノオコナイヲコウカイシナガラシネ」


 ゴブリンキングは一つ命令をくだすと左右にいた四匹のゴブリンジェネラルはそれぞれの武器を手に持ち歩き始める。


「俺が三、お前が一な」


「私が三でもいいんですよ?」


「俺が三だ」


「はーい」


 ゴブリンたちの態度とは裏腹に侵入してきた人間二人はゴブリンジェネラルたちを前にしてなんとも悠長な会話をしている。そして、その態度がさらにゴブリンキングの怒りを加速させる。


「オスハイキタママテアシヲモギトリオレサマノヘヤニカザッテヤル。メスハソイツノテアシヲキルバメンヲソノメニヤキツケナガラシヌマデオカシテヤル」


 ゴブリンキングから殺し方の命令が出たためにゴブリンジェネラルはそれに従う。ゴブリンジェネラルたちは二人の言葉に従ってか本能的に判断したのか薫の方に三匹、葵の方に一匹それぞれ狙いを定めその足を進める。


◇◆◇◆



 葵はその手に握る剣に力が入る。薫に対してはあれほど余裕そうな態度をとっていたが本当は今目の前にいる相手に勝てるかどうか不安だったのだ。一対一ならもしかしたら勝てるかも知らないが一対二だったのなら確実に負けていた。


 葵は戦闘に関してはかなり才能がある方だ。その能力が目覚めたときは瞬時に使い方を理解し、近くにいたゴブリンたちを一掃した。格闘技も武道もしたことがないようなただの中学生がモンスター相手に怯むことなくその力を振るい、なんの躊躇をすることなく殺したのだ。ただの中学生ならこのようなことが出来ただろうか。自分を犯そうと殺そうとしてきた相手、しかも人ではなく突如現れた謎の異生物だ。そんな相手になんの恐怖を感じることなく殺し、そして今も勝てるかどうかわからないような自分より強いであろう相手と戦うことに少しの喜びを感じているのだ。


◇◆◇◆



 氷室葵は【エキタフ】のメンバーであり、六番隊の隊長をしていた人物だ。元々は副隊長という地位であったがあるときとあるが起こる。そしてその事件で六番隊の隊長が亡くなったことをきっかけに繰り上げするかたちで隊長という地位になった。


 本当に自分は隊長として相応しいのだろうか、他にもっと適した人物がいるのではないだろうか、そう考えない日はなかった。自分は他の隊長たちとは違う。高い戦闘能力があるわけでもなければ、仲間を鼓舞して奮い立たせられるような人望があるわけでもない。頼りになるリーダーとしての振る舞いをすることが出来なければ、みんなが着いてきたくなるようなカリスマ性があるわけでもない。


 私は本当にみんなを引っ張っていけるのだろうか。もしかしたら六番隊の中にも不服に思っている人だっているのんじゃ無いだろうか。なぜ自分が選ばれたのか。そう、それはの妹だからだ。兄は優れた人物だ。抜群の戦闘センスに仲間を奮い立たせられるような立ち振る舞い。そんな兄が死んで私が代わりとして選ばれた。私は本当に代わりになれるのだろうか。


 兄は特別だった。私には持っていない才能をたくさん持っていた。中学の頃から運動ができ、頭だってそこそこ良い。人間関係も良好で友達も多いほうだった。それに比べて私は運動があまり得意な方で。はなかった。勉強だってそこまでできなかったし、友人と呼べる人だって多くはなかった。だからなのだろうか、私は小さい頃から比べられて生きてきた。家族や親戚、兄のことを知る学友たちみんながみんな兄を褒め称えては私に同じことを期待して勝手に落胆する。


 それでも私は私に与えられた役割を必死にこなそうとした。みんなの前に立って戦ったり、仲間に指示を出したりと慣れないことだってたくさんした。みんなは「お前だから選んだ」「お前なら出来る」そう言ってくれていたけど本当は「お前はあの兄の妹なんだから選んだ」、「お前は妹なんだからできる」そう言っているようにしか聞こえなかった。本当に私を心の底から必要だと言ってくれている人はいない気がした。兄が死んでもなお私はあの特別な兄の妹としてしか見られないのだ。


 それでも兄だけはそんな私を唯一私として見てくれていた。私がどれだけドジで鈍臭くてもそばにいてくれた。あの時だってそう。突如世界が揺れ、謎のモンスターたちが現れた時だって兄は何もわからない現状なのに私を守ろうとしてくれていた。


 私にとって兄は誇りだった。そして、兄が死んだあの日から兄のことが憎かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る