第26話 ゴブリンの王
その部屋はこの洞窟のどの場所よりも広く、そしてどの部屋よりも豪華だ。壁には骨でできた何に使うかわからない調度品が数多く並べられ、床には赤と金を使った絨毯が玉座に向かって敷かれている。玉座はまるでヨーロッパのような作りになっており、大きさは侑に六メートルを超え、そこからこれに座る者の偉大さと強さがありありとわかる。そしてその玉座の左右には不動の姿勢をとっている四匹のゴブリン。この四匹は他のゴブリンたちとは違いかなり大きく、二メートルほどはありそうだ。体つきはかなり筋肉質で、その脇に置いてある各々の武器はその体格に似つかわしいほど重厚感がある。そう、このモンスターはゴブリンの上位種ゴブリンジェネラルだ。ゴブリンジェネラルは普通のゴブリンよりも強く、耐久力が高いのが特徴。
そして、部屋の最奥部にある玉座に座る者はそれゴブリンジェネラルと同じぐらい大きく、ゴブリンの中では唯一赤いマントを羽織っている存在。ほとんどのモンスターは服を着ることはない。何故なら自身の肉体こそが最も優れた盾であり、矛になるからだ。そのため服を着ることで種族的能力が使えなくなることが多いために滅多なことがないと服を着ることはない。しかし、ごく稀に服を着ないはず種族の中にも服を着ているモンスターがいる。そういったモンスターの多くはその種族の中で王という立場であり、他のモンスターたちとは違い高い知性を持っていることが多い。そのため自身の権威を表すために他のモンスターたちと違い服を着て、自身が王であることの証とするモノたちがいる。他にも囮という理由もある。この場合は相手に服を着ているモノが王であると錯覚させるために部下に服を与え囮にするという理由だ。
玉座に座り、頭に王冠を被るそのモンスターは自身の部屋にその汚く、醜い格好のゴブリンが入ってくることに不快感を感じる。そのゴブリンは何か慌てるようにしてこの部屋のカーテンのようになっている布をめくると土下座で滑り込みながら入ってくる。
「ガグギガガ、ガググガギギ」
どうやらこの場所に侵入者が現れたようだ。この部屋の主人である王は顎に指を当て考える。
(確かに侵入者が来たならば殺さなければならない。しかし、だからといってこの王である俺様の部屋にこんな小汚いゴブリンが入って良いものなのか。いや、良くない。王である俺様の部屋にこのような下級ゴブリンがいるなど虫唾が走る)
そのモンスターは横に侍るゴブリンジェネラルの一体に向けて顎をしゃくる。
顎をしゃくられたゴブリンジェネラルは一つ頷くと脇に置いてあった一メートル以上あるその大剣を肩に背負うと土下座しているゴブリン向けて歩き出す。
ドシン、ドシン、ドシン
大地を揺らすような大きな足音が一歩一歩近づいてくる。足音が大きくなるにつれゴブリンは地面に額を擦り付けるようにめり込ませていく。額から流れる汗は鼻先へと集まり、そのまま地面に滴る。滝のように流れる汗はまるで水たまりを作るかの如くその場に溜まっていく。
やがてその体全身に大きな影が覆い被さると何かが上に振り上げられるような音がする。もうダメだ死ぬ。死ぬとわかっていてもその場から身動きを取ることが出来ない。震える体を必死に抑え付けただ祈ることしかできない。
しかし、その祈りは虚しく大きく上に持ち上げられた大剣は地面に小さくまるまって土下座するゴブリンの頭と胴を綺麗に二つに斬る。首から出た大量の血はその場に大きな水たまりを作り、絨毯へと染み込んでいく。
「しまった」と部屋の主人は思う。いくら不愉快に感じたからといって場所を選ばずに殺したせいでお気に入りの絨毯に血が染み込んでしまった。このゴブリンは死んでも俺様のことを不快にさせるのか。そう思いつつもその気持ちは表には出さない。それは自身が命令したことであり、部下はそれに従っただけ。理不尽に部下を叱る行為は上に立つものとしてしてわならない行為だ。
憂鬱な気分になり肘掛けに肘をつき、少し大きな声を出す。すると部屋の外からひょっこりと顔を出す数匹のゴブリンが現れる。そのゴブリンたちは先ほどのゴブリンとは違い多少は清潔感があり、身なりを整えている。とはいっても見た目に大した違いはない。同じ種族なため多少の違いも見分けることが出来るが他の種族から見たら何が違うのかは全くわからず同じゴブリンに見える。そのゴブリンたちは恐る恐るといった感じに部屋に入ると入り口の前に直立する。彼らの仕事は主にここの主人であるゴブリンキングの従者のような役割だ。基本的には腹が減ったから美味そうな人間を連れてこいだとか、夜になったから若い
今回もそのような命令をされるのではないかと考えていたゴブリンだが今回その命令とは違った。
「ソレヲカタズケロ」
そう命令されたゴブリンたちは自身の少し前にある仲間の死体を見る。なんと酷いことなのか。彼は決してそのゴブリンと親しかったわけではない。しかし、同じ種族としてこんな酷い殺され方をした仲間が許せないという気持ちもある。だが、それを口に出すことはできない。彼らにとってここにいるものたちは自分たちより優れた種族なのだ。それは上位種ということから明らかだ。モンスターたちにとって別の種族とは生存競争をする上での敵だ。いくら自分たちより強かろうとも下についたり、仲間になったりすることは決してありえない。それとは違い同じ種族のモンスターは部族が違えど同じ穴の狢だ。敵対することはなくむしろ餌を分け与えてあげるほどだ。
そんな仲間が今目の前のモンスターたちの手によって殺されてしまってる。本来ならどんなに敵が強くても戦う、もしくわ逃げるところだが本能で動くモンスターたちは自身の上位者に逆らうことはできない。そのため命令を受けたゴブリンたちはなんの迷いもなくその死体を部屋の外まで引きずると汚れた絨毯を掃除し始める。
それを見たゴブリンキングは様当たり前かのようにそれを眺めると興味が失ったのかそっぽを向く。そして玉座の脇にいる大きな壺を持ったゴブリンを呼びつける。
呼ばれたゴブリンは自身の顔よりも大きい壺を落とさないよう注意しながら運ぶとそのまま頭の上に置く。ゴブリンキングは近くに来たこと横目で確認するとその壺に手を突っ込む。
そして次に手を出した時そこに握られていたのはまだ斬られてからそれほど時間のたっていないであろう人間の右腕だった。
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