第24話 迷子少女

 薫の持つ剣と氷の剣が交差する。カキーンという金属と金属がぶつかったような音がその場に響き渡る。奥から走ってきたその人物は薫の姿を見るなり、その手に持つ氷の剣を薫目掛けて振るう。薫も向かってきた相手が自身の想像していたものと違い驚くが、それに難なく対応する。


「あれ?」


「はぁぁ!!」


 いきなり攻撃されたことに関してはそこまで驚くことはなかった。しかし、相手のその格好を見て薫は今までで一番大きな声を出したかもしれない。今目の前にいる相手は氷の剣を手に持ち、水色の髪は肩あたりで切られた中学生ぐらいの少女だ。しかし…。


「うそ!なんで人がこんなところにいるの!?」


 薫の姿を認識し、その剣を下ろす。そしてその場で仁王立ちすると彼女のその格好がありありと薫の目に映ってしまい、薫はすぐさま顔を背ける。


「何でお前裸なんだ!!」


「あっ…」


 薫に指摘されたことでようやく自身の格好に気づき彼女の顔がだんだん赤くなっていく。


「これでも着てろバカ」


 薫は自身が来ていた服を脱ぐとそれを地面にうずくまっている少女に投げつける。少女の顔は未だ真っ赤に染まっているが渡された服を着るとまじまじしながらその場に立ち上がる。


「えっと、その…ありがとう…ございます……」


「あぁ…」


 気まずい空気が流れる。薫もどうして良いのかわからず相手の顔を見ることすらできない。しかし、いったいなぜこんなところに女の子が一人裸でいるのだろうか。そんな疑問を思いつつも口には出さない。


「あの、どうしてこんなところにいるんですか?私はてっきりゴブリンかと…」


 薫がどうすれば良いのか考えていると少女の方から話かけてきた。どうやらいきなり襲いかかったことに関して思うことがあるらしく申し訳なさそうな顔をしている。薫はそのことについてはあまり気にしていないため、あまり気に病まなくてもいいのにと思いつつもそれ答える。


「ちょっとここにいるゴブリンを倒しにな」


「えっ、わざわざ自分からこんな危険な場所に乗り込んできたんですか!?」


「そうだな。こいつらがいると後々面倒になるからな。それに、捕まってる人がいたらついでに助けようかと思って」


「助けるのがついでなんですか。普通こういうのって助けるために乗り込んでくるもんじゃないんですか」


 少女は若干呆れたように言う。確かに側から見ればこんな危険な場所にわざわざ乗り込んでくるような人はいるはずがないだろう。ましてやモンスターが現れてからまだ二日目。まだ状況把握が済んでいないだろう段階でここまで行動する人など世界中を探しても薫一人しかいないだろう。なんせ過去にタイムリープしてきた人間なんて薫一人しかいるはずもないのだから。


「それで、お前はどうしてこんなところにいるんだ」


 聞くか聞かないか悩んで末にこの流れなら聞けると判断した薫はそのことについて質問してみることにした。正直なんとなくは想像がついている。


「実はゴブリンたちに捕まっちゃって。それでここに連れてこられたんですけど、途中でなんとかゴブリンたちの隙を見て逃げてきたんです。ちなみに言っておきますけど服を着てなかったのはゴブリンたちに脱がされたからで決して私が裸族の変態とかってわけじゃないですからね!」


「わかってるって」


 やや食い気味に言い訳をする少女に適当に答える。やはり薫の想像していた通りの答えだったために途中から興味を失っていたために返事が無愛想なものになってしまった。


「出口はあっちだぞ。俺は奥に行くから逃げるなら一人で頑張れよ」


 興味がなくなったことで自身の目的を優先することにした薫は後ろの方を指差すとそのまま少女を置いて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 先に進もうとした薫の手を引っ張るようにして少女が呼び止め、薫は後ろを振り向く。


「私、兄を探してるんです。兄も一緒にこの場所に連れてこられたはずなんですけどなぜか兄だけ別の場所に連れていかれちゃって。それで良ければ私も一緒に同行させてもらえませんか?」


 薫の顔は明らかに嫌そうだ。薫からすれば誰かが着いてこられるのは足手纏いになるためできれば避けたい。いくらこの少女が能力者だからといって能力が開花してまだ数日程度。そんな戦いなれをしていない子を連れて行くなど間違いなく足手纏いだ。


 薫がどう断ろうかと少女の顔を見ながら考えていると、ふと昔の仲間の顔が思い浮ぶ。


「いやいや、まさかな」


 そして自身のありえないであろう考えに頭を振るう。しかし、顔を見れば見るほど今薫が頭に思い浮かべる人物に似ているような気がしてならない。そう、ありえない。ありえるはずがないのだ。だって彼女とは別の場所で…。そこまで考えもしかしたらと別の可能性が頭をよぎる。未来の出来事を知る薫がこの世界に干渉したことによって青秀学院は襲われた。それなら、もしかしたら別の場所でもなにか運命が変わるような出来事があってもおかしくない。その考えに辿り着くと薫は意を決して少女に質問してみる。


「お前名前は?」


「えっと、氷室ひむろ あおいです」


 「嘘だろ」薫がその名前を聞いて最初に思ったことはそれだった。確かに面影はある。薫が最後に見た時は髪は今と違い腰ほどの長さまであり、もっと大人びた雰囲気があったがそれは八年後の未来の姿だ。能力だって彼女と同じ氷を操るタイプの能力。間違いない。彼女は、彼女こそ薫の仲間にして、【エキタフ】のメンバーの一人。第六部隊隊長氷室葵だ。


「はぁーー」


 薫は大きくため息を吐く。これは予想外だ。まさかこんなところに仲間の一人がいるなんて想像すらしていなかった。これも過去が変わったことによる影響なのだろうか。薫は改めて熟考する。確かに誰かを連れて行くのはリスクだ。しかし、それを差し引いても彼女を連れていくには意味があるのではないだろうか。現状の目的はあくまでゴブリンの巣の制圧だ。だが、別の目的として昔の仲間たちを探すというものがある。今回葵とここで別れればもしかしたらもう会えないかもしれない。仮にここで一緒に行動するならば信頼関係の構築をすることができるし、もしかしたらこれをきっかけに今後こちらの仲間になってくれる可能性だってある。どちらを選ぶかは迷う余地はなかった。


「わかった、ついてこい」


 薫は一言そういうとそのまま歩き出す。葵もそれに続くようにして薫の少し後ろをテクテクと歩き始める。


「そういえば、兄貴を探してるって言ってたな」


「はい、そうです」


「そうか…澪准れいじがここにいるのか……」


 薫は小さく呟く。そして昔のことを思い出す。葵の兄、澪准は元【エキタフ】のメンバーの一人だ。


「兄を知っているんですか?」


 薫の小さな呟きが聞こえたのか葵は興味津々といった感じでこちらを見つめてくる。


「まさか兄のお友達さんだったなんて」


「友達じゃねぇーよ」


 葵の発言に薫は強く否定する。そう、薫にとって氷室ひむろ 澪准れいじとはただの友達ではないのだ。だって彼はこの過去に戻った世界でなのだから。そして世界でたった一人の


「親友だよ…」

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