第22話 夢宮霧奈VS天狗 2

 霧奈は少しずつ後退し距離をとる。白い天狗は空から降りてくると黒天狗の側へと向かい背中に刺さっている矢を抜いている。霧奈は迷っている。このまま戦うべきか逃げるべきか。先ほどまでとは戦況が違うため少女を助かるどころか霧奈自身の身も危うい状況。今なら逃れるかもしれない。相手は今仲間のことが心配なのか、こちらを一切見ようとはしていない。今全力で走れば自分だけなら助かるかもしれない。


「はー」


 霧奈は大きくため息をつく。


「そんなこと出来ない」


 霧奈は自身の考えに呆れる。一匹ならともかく二匹は無理だ。ここは少女を置いてて逃げるのが正解。自分の命と少女の命、どちらの方が価値があるのかと言えば無論自分の方だ。自分ならもっと多くの人を救うことが出来るし、帰りを待つ仲間だっている。それに対して少女の方は明らか戦えるような見た目ではないし、今にも死にそうなほど痩せこけている。今ここで助かったとしても帰るまでには死んでいるかもしれない。それでも…。


 それでもここで少女のことを見捨てたら、"自分はいつか必ずまた誰かを見捨てる"。そんな人間が他人を助かる資格などあるのだろうか。それに、仲間たちにはなんと説明するのか。「怖かったのであの子は見捨てました」などと言うつもりなのか。そんな事をして自分は仲間たちになんと思われるのか。口では「お前が生きててよかったよ」と言ってくれるかもしれない。いや、七瀬くんならばそう言うだろう。


「そんな生き方私は耐えられない」


 霧奈の手に力が入る。視界の端には先ほど少女が隠れていた路地が目に映る。彼女はまだバレていない。このまま二匹とも別の場所に連れて行き離れたところで自分も逃げる。


 霧奈の決意が決まったと同時に二匹の天狗が霧奈へと視線を向ける。未だ黒天狗の方は背中を痛めているのか立っているのがやっとという状態だ。


「これならやれるかも」


 霧奈はすぐさま弓を構える。そして強く引くとそれを白い方目掛けて放つ。


 矢は真っ直ぐと狙いを定めた白天狗へと向かい霧奈は当たると確信する。しかし、その矢は空中で弾かれ真っ二つにへし折れる。


「っ…」


 霧奈は眉を顰め後ろへと走り出す。白天狗は霧奈を追いかけるようにして地上を飛び、黒い方はその場に立っている。


(嘘でしょ、矢を空中でへし折るなんて。避けるなら私の能力でどうにかなったのに折られたら意味がないじゃない。というよりも時速250kmを超える矢をへし折るなんてどうかしてるんじゃないの?あんなのにどうやって勝てっていうのよ)


 霧奈が走りながら後ろを振り返る。すると目の前には羽でできた扇子の先端がそこにはあり、霧奈は慌てて姿勢を低くする。霧奈の髪を擦り空を斬る。その音はただの扇子が出せるような音ではなく、鋭利な刃物が出す音に近い。


 白天狗が空振ったために胴が空く。霧奈は姿勢を低くしつつも弓を構え胴目掛けて射ようとするが、その時耳の中に響くように音が鳴り、脳が揺れる。


 白天狗の後ろを見れば、黒天狗が遠くから錫杖を鳴らしている姿が映る。


 霧奈はそのまま矢を放つが力が入っていないがためにガキッという音を立て、胸当てに突き刺さるが、深くは刺さらなかったのかそこから血が出ることはない。そのまま霧奈に向けて上から棒を振り下ろし、霧奈はそれを紙一重で回避する。しかし、体勢が悪かったがために左足を擦り、そこから血が出る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」


 距離をとり荒い呼吸を整える。今の現状では霧奈はかなり不利だ。体術でいえばやや霧奈が有利なように思えるが、近接戦の白天狗と遠距離からの補佐をする黒天狗のコンビを崩すことが出来ない。できれば黒天狗の方から倒したいが白天狗がそれを許さない。かといって白天狗を倒そうとしても黒天狗の錫杖の音が邪魔するために止どめを刺すことができない。


◇◆◇◆



 これでいったい何度目なのだろうか。先ほどから何度も同じ攻防を繰り返しては同じ結果だけが残る。攻防を何度も続けたことにより霧奈の顔や腕、足には鋭利なモノで斬られたような傷が徐々に増えていく。そして白天狗にも多少ではあるものの擦り傷が増えていく。


 霧奈からすればこれはこれで問題はない。少しずつではあるが最初の場所より離れてきていることで少女から二匹を引き離すという目的はほぼ達成出来ているのだ。


 そして今もまた同じ攻防が始まろうとしていた。白天狗が霧奈へと斬りかかる。そしてそれを今まで同様回避しようとしたその時、霧奈はひび割れた地面に足を引っ掛かる。体勢を崩した霧奈は手から弓を離してしまう。そして白天狗はそれに合わせて上から棒を振り下ろす。


(ダメだ避けられない)


 バランスを崩したことにより次の動きが遅れた霧奈の顔目掛けて扇子の羽が振り下ろされる。


 霧奈はそれでも諦めない。反対側に持っていた矢を白天狗の顔目掛けて投げると白天狗はそれを弾くようにして棒を動かす。しかし、その矢は棒に当たることなくその軌道を変え、白天狗の右目に向かって飛んでいく。


「ビィーー!!」


 白天狗は右目に刺さった矢を抑えるようにして一歩後ろに下がる。白天狗が一歩下がったことにより霧奈は嫌なものが目に入ってしまう。


 それは黒天狗が勢いよく地面を飛行してこちらに向かってくる姿だ。背中からはまだ血がポタポタと地面に垂れているが、それを我慢するようにしてこちらに迫ってくる。


(間に合わない)


 霧奈が体勢を直すよりも早く黒天狗は霧奈のところまで着いてしまう。そして、白天狗と入れ替わるようにして黒天狗が目の前に現れるとその錫杖を霧奈へと振るう。

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