第21話 夢宮霧奈VS天狗
黒い翼は大きく広げ、手には錫杖を持ち、瞳は鋭くこちらを睨み、「カー!カー!」と威嚇するように鳴いている。体長百八十センチほどありそうなその異様なモンスターはまさしく薫の言っていた天狗に違いないだろう。
「本当に勘弁して欲しいんだけど…」
霧奈の額に嫌な汗が流れる。薫からは何かあれば逃げればいいと聞いてはいる。なんでも一部のモンスターたちは自身の決めた縄張りからは出ることが出来ないために一歩でも外に出れば追いかけてくることはないとのことだ。しかし、今目の前には小さな少女がおり、彼女をかついで逃げるのは霧奈には難しい。仮に一人でなら逃げ切ることが出来るかもしれないが、そうすればこの子がどのような目に遭うのかは想像に難くない。
「やるしかないよね」
霧奈は覚悟を決めると弓を顕現する。金色に輝くこの弓は霧奈に勇気を与えてくれる。
「ふー」
大きく息を吐き集中する。弓を構え矢を射ようとしたその時シャンシャンという金属音が耳の中に響きく。
思わず耳を塞いでしまった霧奈は天狗の持つ錫杖が目に映る。音の発生源である錫杖は綺麗な音色を思わせる音を鳴らしているように聞こえるのになぜか耳の中に響き、そして脳みそが揺れるような感覚がする。
「なによこれ」
脳みそが揺れることで意識をもっていかれそうになるのを気合で留める。
「カー!カー!」
次の瞬間天狗は霧奈目掛けて急降下し、手に持つ錫杖を振り回す。
霧奈も耳を塞ぎながらどうにかその攻撃を避けると再び弓を構える。天狗も錫杖を上段に構えをとるとそのまま霧奈向けて走り出す。上に大きく振りかぶった錫杖を勢いよく振り下ろし、それを霧奈は弓で受け止める。そしてそのまま腹を蹴り押し返すと天狗はやや後方へと下がる。
霧奈は体制を整えるために一歩後退する。その間天狗は首を傾げるようにしてじっと霧奈のことを見つめている。その仕草はまさしく烏そのもので霧奈のことを注視しているようで何も考えていないようにも思える。
実際に何も考えていなかったのか天狗は先ほど同様に錫杖を振り回すようにして霧奈へと走ってくるが、今度は先ほどとは違いやや距離がある。間合いにしてわずか五メートルほどだ。それは六歩もあれば詰められるほど短い距離。しかし、それだけの距離があれば霧奈には充分だった。
弓を構えようとすると何もなかった右手には矢が握られる。そしてその矢を強く引くと天狗目掛けて射る。
攻撃しようとしていたがために反応するのが少し遅れ、その矢は躱そうと身をよじりそのままバランスを崩す。霧奈はその一瞬の隙を見逃さない。即座に放たれたもう一つの矢がそのまま一直線に頭を狙う。
しかし、その矢は天狗に当たることはない。すぐさま羽を広げ、空へと飛び立ちその矢を回避する。
滞空しながら霧奈を見下し、又しても頭を傾ける。今度は先ほどとは違いその目は霧奈の左手に握られている弓を見ている。
「カー!カー!カー!カー!」
威嚇するように鳴くその姿は今から「そちらに攻撃するぞ」という強い意志を感じる。そして霧奈向けて降下しようと翼を細くしたその時、天狗は背中から血を流しながら空中から落下する。
地面に落ちた天狗の背中には金色に輝く矢が刺されており、その場で膝をつくようにして立ちあがろうとして失敗する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
集中していたがために荒い呼吸が口から溢れる。これこそ霧奈の持つ能力、"モノの軌道を変える能力"。最初に放った矢の軌道を変え、弧を描くようにして天狗の背中へと当てたのだ。
霧奈は未だ地面に這うようにしている天狗へと矢を向ける。後は引っ張っている矢を離せば終わる。
その時、バサッバサッという音とともに霧奈の頭上を大きなの影が覆う。
「うそでしょ…」
霧奈は思わず空を見上げる。そこにいたのは今目の前に倒れている天狗同様背中には翼、足には鉤爪、そして頭は鳥という似たようなモンスターがそこに現れたのだ。似たようなと表現したのは翼は黒ではなく白、頭は烏ではなく鷲になっており、手に持つ物は長い棒の先端に扇子のような扇形の羽が付いている。
「何が『一匹しかいない』よ、全然二匹いるじゃない。帰ったら一発殴ってやるんだから」
◇◆◇◆
「ひどいな、これは」
薫は小さくぼやく。台東区や荒川区はそこまで街は壊れていなかったものの、足立区に入った途端ビルは半壊し、道路はひび割れ、道のところどころには人だった肉の塊がそこらかしこに散乱し、腐敗臭を漂わせている。
「一日でここまでなるとは」
薫が今いる場所は霧奈の通っていた高校、青秀学院高校だ。校内にはすでに人の気配はなく、あるのは腐敗が進み虫が集っている人と人ではないモノの死体だけ。
「霧奈がいなくなるだけでここまでなるとはな」
以前であればこの場所には霧奈がいたために被害は出たものの、ある程度の人数は生き延びていた。しかし、今この現状を見る限り生き残っている人すでにいないだろう。
「すまん…」
薫は小さく謝るとその場を後にする。そしてここを襲ったであろうモンスターのいる場所へと足を進める。
しばらく歩き続け目的の場所へと辿り着く。それはとあるショッピングモールの地下駐車場。
そこにあるのはボロボロにされた無数の車。壁や柱には血の跡が残り、そしてそこにはなかったであろう土でできた大きな山のような塊。
高さ三メートルほどありそうなそれは天井にめり込みそうなほどで、大きな口を開けている。中は暗くここからではどうなっているのかはよくわからない。薫はなんの躊躇もすることなく中へと入って行く。
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