第20話 それぞれの役割
「話を戻すが霧奈には渋谷区に行ってもらう。あそこには"天狗"と呼ばれるモンスターがいるはずだからくれぐれも気をつけてくれ」
「わかったけどその天狗ってどんなモンスターなの?よく聞く妖怪みたいな感じのやつなの?」
霧奈は両手で拳をつくると鼻にくっつける。それはよく伝承などで聞く鼻の長い天狗のことを表しているように見える。
「いや、天狗なんて呼ばれてるが性格には烏天狗の方に近い見た目をしている。二足歩行をしているが背中には黒い羽に鶏のような足、烏の頭という姿をしている。そこそこの知性を持っているから罠とかも使ってくるぞ。本能で動くワイバーンとは違うから多少手こずると思うが、まぁ夢宮ならなんとかなるだろ」
「んー、私一人で大丈夫かな?七瀬くんじゃダメなの?」
「一匹しかいないと思うからなんとかなると思うぞ。俺は空を飛ぶ天狗とは相性が悪いからな。ワイバーンならこっちに突進してくるだけだからなんとかなるけど、知性のある天狗は空に逃げようとするからな。そうなると俺には手も足も出ない」
「確かに。それなら私の方がいいかも」
霧奈は一応納得はするが正直自分には荷が重いと感じている。それでも言い出せないのは薫は霧奈のことを期待しているからだ。霧奈もそのことには気づいているために期待を裏切りたくないという気持ちがある。
「七瀬くんはなにをするの?」
それは単純な疑問だった。自分は天狗というワイバーンよりも強いとされるモンスターと戦うのだ。それなら薫はもっと強い敵と戦うのではないだろうか。そんな単純な疑問だ。
「あぁ、ちょっとな…」
その表情はどこか暗く、そんな表情をする理由が気になり聞きたいという気持はあったがそれ以上深く聞くことは出来なかった。
◇◆◇◆
霧奈と瑠華、そして自警団の人たちの見送りのもと七瀬は千代田区から北上し、台東区の方まで来ていた。千代田区を出るまではモンスターとは一体も会うことはなかったが台東区に入ると少数ではあるもののゴブリンやオークなどと遭遇し、それらを倒しながら進んでいた。
「やはりここら辺もあまりモンスターはいないんだな。これなら予定よりも早く足立区の方まで行けそうだな」
薫はそう考えると歯を強く噛みしめる。足立区には他の能力者よりも強いとされる薫だとしてもかなり厄介な敵がそこにあるからだ。そう、それこそ今回の目的だ。
「犠牲者が出る前に早めに対処しておかないとな」
薫は一人呟くとそのまま進み始める。
◇◆◇◆
薫を見送り、その後みんなに見送られながら霧奈は一人渋谷区へと向かっていた。本来ならすでに渋谷区に入っていてもおかしくないほどの時間が立っているにも関わらずまだそこまで辿り着けていないのは一人という心細さともしかしたらモンスターがいるかもしれないという不安からその歩みをゆっくりにさせていた。
「誰かいませんかー、助けに来ましたよー」
大声を出しても誰の声も返ってくることはない。ただ自分の声だけがこだまするように何度も聞こえ虚しさだけが残る。ここら一帯にいる人たちはすでに霧奈たちがいた場所へと避難できているために残っている人は誰一人としていない。それでも大声で呼びかけ続けるのはやはり一人という寂しさから誰か救ってくれないかという甘い期待からだろう。
「おーい、本当に誰もいないんですかー」
何度声をかけても誰一人として返事は返ってこない。そしてこの妙な静かさもまた霧奈を不安にさせる要因の一つなのだ。ここまで大声を出しているのにモンスターが一匹も襲いかかってこないというのは逆に怖い。昨日ここら一帯を霧奈が一人で倒しきったという話は聞いていたもののそれでも一匹、二匹程度なら残っていたかもしれない。しかし、今の今まで一匹も出てこないところを見ると霧奈は本当にたった一人でここら一帯のモンスターを全て倒しきったということになるのだろう。それは果たして本当に人間のなせる事なのだろうか。
しばらく大声を出しながら歩いているとどこかからか細くではあるものの小さな声が霧奈の耳に入ってきた。
「どこ!どこにいるの!」
みんなと別れて初めて聞いた自分以外の声に霧奈は少し明るい気持ちになる。霧奈の声は徐々に強くなってゆき、耳をすませばか細い声は未だどこかから聞こえてくる。
「お願い!どこにいるのか教えて!私はあなたのことを助けに来たの!」
そんな霧奈の言葉が通じたのか今度ははっきりとその声が聞こえる。
霧奈はすぐさま声のするビルとビルの間、日の光があたらないような狭い通路へと駆け寄る。そこにいたのは髪はばたつき、服は全身が黒く変色してしまうほどボロボロで食べ物の腐った臭いをさせる小さな少女が大きなゴミ箱の隙間から顔を出している姿だった。
「良かった、もう大丈夫。すぐに安全なところに連れて行ってあげるからね」
霧奈は優しくその少女に声をかけるが少女にはその言葉が届いていない。ただ小さくではあるが少女の枯れた声が呟くように聞こえ、夢宮はその言葉を理解する。
「に、げ、て、」
「カー!カー!カー!カー!」
少女の言葉と同時に夢宮の背後からのぶとくそして濁声のような鳥の鳴き声と共に空から何かが降りてくる気配を感じた。
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