第14話 神に愛された者
瑠華は目を覚ます。そこはまるで神殿のような場所になっており、周囲に壁はなく多くの柱がこの建物を支えている。柱の奥には雲が見えそれはまるで空に浮いているかのような錯覚さえ感じてしまう。
(ここはどこなんだろう。たしかさっきまで自分の家にいたはずなのに。記憶が朧気だな。薫くんに言われるがまま机の下に隠れ揺れに備えていたはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか)
瑠華は一中の柱へと向かいその景色に感嘆とする。それは今まで見てきた中で最も美しい光景であり、鳥になった気にさえなる。この建物はまさしく浮いているのだ、それも遙か上空を、瑠華の目の前には雲が流れており手を伸ばせば掴めてしまいそうなほどだ。
「それ触れないわよ」
雲に触ろうと腕を伸ばした時後ろから可憐な声がした。瑠華は振り向く。そこには確かに誰もいなかったはずなのに一人の美しい人が立っていた。いや、違う。彼女は人ではない。確かに外見は人そのものだが、その服装は明らかに現代に馴染んでおらず中世ヨーロッパのような服装だ。頭にはオリーブの枝でできた冠を被り、右手には銀色の梟を載せている。そして何より美しいのだ。その美しはまるで作り物の人形を見ているようだが、その微笑みが彼女の顔が作り物ではないと証明している。
「どうしたのそんなに見つめて」
瑠華は慌てて頭を振る。その美貌につい見惚れてしまい失礼なことをしてしまったと反省する。
「すみません、すごくきれいだったので」
「ふふふ、あなたに褒められるのはすごく嬉しいは」
口もとを隠して笑う姿もとても可憐だ。瑠華はついつい頬を赤く染めてしまう。そしてこの現状を理解する。
(これは薫くんの言っていた神域って場所なんだ。確か精神に具現化した空間を創り出すみたいな感じだっけ?うーん、これなら薫くんの話もっと真面目に聞いておくんだった。信じてはいたけどまさか本当にこんなことになるなんて、きっと心のどこかでは薫くんのこと疑ってたんだろうな)
「どうしたの?何かあったのかしら?」
不思議そうに頭を傾けこちらを伺ってくる。仕草の一つ一つがとても美しいがためにあまり集中することができない。
「い、いえ、なんでもありません」
瑠華が両手を前に出してわなわな振るうとそれを見て嬉しそうに笑う。
「それなら話を進めなくちゃね。まずはあなたの名前を教えてくれるかしら」
「えっと、私は神楽 瑠華(かぐら るか)っていいます」
先ほどまでの表情が嘘かのようにその顔からは笑顔がなくなり真剣な面持ちになる。
「そう、可愛い名前ね。私の名前はアネテ。今からあなたと契約を交わします。この力をどのように使おうともそれはあなたの自由です。人を助けるために使うのもよし、自分を守るために使うのもよし、他者を陥れるために使おうとも。この力があなたの救いになる事を祈っています」
アテネがそう言い残すと瑠華の体の中を何かが駆け巡るような違和感を感じた。力が溢れてくる。勇気が湧いてくる。心が安らかになってくる。それはまるで細胞の一つ一つが歓喜に満ち満ちているかのように体が震え始める。
「どうして私だったんですか?」
「ふふふ、それはね、私が見てきた中であなたが一番可愛かったからよ」
口もとを隠して笑うその姿はやはり何度見ても美しかった。
◇◆◇◆
気がつくと瑠華は先ほど同様に机の下に隠れていた。長い時間いた気がするのに現実では一秒も立っていないという時差ボケのような感覚が体にある中瑠華は周囲を観察することなく把握する。
(揺れが収まったのかな?あ、薫くんがベランダから飛び降りた。大丈夫なのかな?すごい、下ではよく分からないので生き物たちがたくさんいる。あ、空にも何か飛んでる。あれ?なんか一匹だけマンションにぶつかろうとしてない?ていうか、私なんで机の下にいるのにそんなことわかるんだろう?)
瑠華は確かに今でも机の下にいる。それなのに部屋にいる人たちの行動や外にいる者たち、ましてや他の階にいる住人たちの動きですら手に取るようにわかってしまう。
(そっか、これが能力なんだ。すごいな、見てないのにいろいろなことがわかるし、その人たちが次にどんな動きをしようとしているのかもなんとなくわかる。薫くんもこんな世界で生きてたんだ)
ただそこにいるだけなのに見えないはずの人が殺される姿が知覚できたり、聞こえないはずの助けを求める声が、断末魔が、嫌になるほど伝わってくる。本来なら情報の多さに脳が耐えきれず焼き切れてしまうところだが、契約者となった瑠華の肉体はそれに順応するべく速やかに改造されていく。瑠華はいきなりこれほどの情報を与えられ困惑している。困惑しているはずなのに頭は至って冷静だ。
(恐ろしい、なぜ私はここまで冷静でいられるのだろうか。今も外ではたくさんの人が殺され食べられているにも関わらず、それを理解しているのに何も感じない。私はここまで非道な人間だったのだろうか。それとも心にも何か変化があったのだろうか。とりあえず薫くんを探さなくちゃ)
瑠夏は集中して周囲を深く散策する。
「見つけた」
そこに一人の人間と四匹のゴブリンの姿を感知する。両者とも互いに姿を確認し、薫は静かにゆっくりと近づくのに対して、ゴブリンたちは走って襲い掛かろうとしている。距離はおよそ三十メートルほどでもう間も無くすれば互いにぶつかり合う。そんな時瑠華は自分に近づいてくる者を確認する。その者は瑠華の手を掴むと勢いのまま玄関を飛び出し、下へと向かっていく。その間も瑠華は一切の抵抗することなく、ただ薫とゴブリンの行く末を静かに見ていた。
◇◆◇◆
「瑠華いけるか?」
「うん、いけそう」
今能力を貰ったばかりで初めて使うのに使い方がよくわかる。まるで手足を使うが如く、生まれつきその力を持っていたかのように。
「我が身何人たりとも傷つけること許さずしてその姿を顕現せよ『アイギス』」
その言葉と同時に瑠華の周囲に銀色の盾が三枚現れる。それらは瑠華を中心とし、六十センチほど離れた場所を漂うようにして囲んでいる。銀色の盾一枚一枚には女性の顔のようなものが描かれており、端には円を囲むようにして草のような装飾が施されている。
「すごい…」
「よし、それなら俺はワイバーンを狩に行ってくるからそこの二人を守ってやってくれ」
「うん、まかせて」
薫は大剣を持ったまま走り始める。それは到底人間が出せるような速度ではなく、ものの数秒で瑠華でも感知できないほど離れて行ってしまった。
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