第二章 緋眼の英雄

第13話 モンスターの出現

「キャぁぁぁぁぁぁ」


 部屋中に誰とも分からない悲鳴の声が響き渡る。テレビは揺れの衝撃で床に落ち、食器棚もガタガタと食器同士のぶつかる音が鳴り続ける。机の下にいる三人は身を寄せ合いながら必死に机の足にしがみつく。しかし、薫だけがそんな激しい揺れの中を平然と立っている。


「お、おさまったの?」


 揺れが収まり霧奈は顔をあげる。本当に地震が来た。半信半疑だった霧奈は確信する。薫は本当に未来からきた人なのだと、そしてこれから起こりうる未来のことを。視界の端では今もわなわなと白くて小さい生き物が震えている。栞菜はというと何が何だかわからず呆然状態だ。


「それじゃあ先行くぞ」


 薫は窓を開けるとベランダに出る。そしてそのまま飛び降りた。


「ちょ!ここ五階なんですけど!!」


 薫を追いかけベランダに出た霧奈は身を乗り出す。そしてその光景を見てしまう。空には五十メートルはありそうなほどの亀裂があり、そこから多くの飛行生物が出てくる。地上は阿鼻叫喚の地獄絵図のようになり、謎の異形生物たちが人を襲っている。


「うそ、本当に、、もう、、、」


 信じられない、信じたくない。この目で見ても受け入れることができない。霧奈は一歩後退りする。下では叫び声がそこらかしから聞こえ血しぶきが飛びちっている。異形生物たちはそんな逃げ回る人たちを追いかけまわしている。


 霧奈はまた一歩背後に下がる。その時、ドカーンと大きい音と共にマンションが再び揺れはじめる。上を見ると砂埃が舞っており、窓ガラスの破片や砕けた壁の残骸が降ってくる。マンションの一室のベランダに飛行生物が突っ込み暴れ回っているのが見える。霧奈は部屋の中に戻ると未だ現状を理解できていない姉と白い生き物の手を引いて外に連れ出す。


(あれ?この子こんな雰囲気だったっけ?)


 左手を握る白髪の少女は先ほどとはどこか違い不気味なほど静かだ。目は大きく見開かれてはいるもののどこを見ているかはわからない。体もただボーッと突っ立っているだけで霧奈が手を引いてやっと歩き始めたほどだ。それに、


「少し光ってる?」


 微々たるではあるものの髪からはなにか光の粒子のようなものが見え、少女を照らしている。霧奈は訝しげに眉を顰めるが今はそんなことをしている場合ではないと二人の手を握り、急いでマンションから飛び出る。


◇◆◇◆



 薫はベランダから飛び降りる。十五メートルはあるであろう高さから降りた薫はドシーンと音を立てて地面に着地する。


「いってぇぇぇぇぇ」


 薫は地面に着地するなり足をばたつかせる。本来の薫であればこの程度の高さから落ちたところでケガなどするはずがない。むしろこの倍以上の高さから落ちても痛みすらないだろう。それなのに今薫の足には着地した時の衝撃が伝わり、足にジーンとした痛みが走る。


「鈍ってるなこの体」


 薫は足を両手で叩きつつ周りを見渡す。地上ではゴブリンやオークが人を襲い、さらには羽の生えたモンスターたちが飛行している。


「あぁ、懐かしいな」


 薫はゆっくり歩き始める。離れた場所で屍を啜るように喰らっていた四匹のゴブリンが七瀬の足音に気づく。ゴブリンたちは口もとについた血を腕で拭いながら棍棒を手に取る。視線が薫と交差する。そして薫が視線を外した次の瞬間に四匹のゴブリンは同時に走り出す。薫は周囲を見渡しながら景色を楽しむ。


「いいな、これこそ俺のいる世界だ」


 薫にとって平和な世界というものは退屈すぎたのだ。決して人が死ぬことを良しとしているわけではないし、人類が滅亡することを望んでいるわけではない。ただモンスターを、人を殺すことに慣れてしまっている薫には窮屈で仕方なかったのだ。


「我が憤怒の怒りを力に変えその姿を顕現せよ『魔剣サタン』」


 二メートル以上はあるであろう大きさの禍々しい大剣が薫の横に現れる。薫はそれを片手で持つとそのままゆっくり歩き進める。ゆっくり歩く薫に対して、ゴブリンたちは走って向かってくる。両者がすれ違う。次の瞬間、薫の大剣には赤い液体が付着し、地面に滴り落ちる。後ろでは四つの上半身のない体から噴水のように周りに飛び散るその液体は地面に大きな血溜まりをつくる。


◇◆◇◆



 それは霧奈たちがマンションから出てきて最初に見た光景だった。ものの一瞬であの大きさの大剣を縦横無尽に振るうその姿はまさに英雄のような輝きを感じた。


「瑠華いけるか?」


「うん、いけそう」


 霧奈は振り返る。そこにいたのは目を大きく見開いて立っている瑠華の姿だ。先ほどの光はどこかにいってしまい今は最初に会ったときと変わらない。変わらないはずなのにどなぜ彼女はこの状況でそこまで冷静でいられるのだろうか、なぜ彼女はモンスターが来ると知っていながらもここまで落ち着いていられるのか、夢宮にはわからなかった。


「我が身何人たりとも傷つけること許さずしてその姿を顕現せよ『アイギス』」

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