第9話 四日目 夢宮 霧奈
元第一部隊隊長である夢宮霧奈は薫と同じ高校二年生であり、腰まである長い黒髪を後ろで一本に結び、その鋭い目つきは睨んだものの動きを止めるとまだ言われている。容姿かなり整っており、一部の層からの人気が高く、部下からも信頼される人物だ。
◇◆◇◆
彼女の死となった原因はモンスター出現から二年後に起こる『天空竜討伐作戦』での戦いになる。薫たち【エキタス】は東京都制圧のために都内にいるほとんどのモンスターを討伐することに成功していた。しかし、そんなモンスターたちの中でも最も巨大なモンスターが存在した。それこそが都内全域の空をただひたすらに飛び回る天空竜だ。推定ランクSとされ、体長は百メートルをゆうに超える大きさを持ち、口からは超高温の炎を吐き、天候を自由自在に操るその姿はまさに生きる災害といっても過言ではない。そんなモンスターを討伐するべく多くの人員を集め、当時は第一部隊から第六部隊まであった戦闘員全員で討伐作戦が開始された。
薫はその戦いにおいても最前線で戦いその力を存分に振るった。しかし、それでも天空竜を倒すことができずかなりの苦戦を強いられていた。薫たちでは空に飛び続ける竜に対してあまりにも攻撃手段が少なく、どれだけ強かろうと届かない距離にいる相手には手も足も出なかった。そんな膠着した状態が続く中、ある一人の者の行動により戦いは急激に加速し、すぐさま決着となった。その人物こそ当時の第一部隊隊長である夢宮霧奈だった。彼女は天空竜が攻撃しようと低い位置まで降りてきた一瞬をつきその竜の右眼を切付け、失目させることに成功した。天空竜は右眼を失目したことにより、今まで受けたことのないような痛みと右目を失ったという困惑からバランスを崩し、その体を地面へと落とすことに成功した。その後の決着は早く、地面に落ちた竜は体をうねらせながらも牽制しようとするが、薫たちにその程度の悪足掻きが通用することもなく、その頭を見事切断することに成功した。しかし、この戦いにおいての犠牲者は多く、手放しに喜べる状態ではなかった。死亡者九十六人、重症者百八十五人、軽傷者四百六人と多大な犠牲を出すことになってしまった。そしてその死亡者の中には夢宮霧奈の姿も存在した。彼女は天空竜の右眼を奪うことに成功したものの、攻撃を避け切ることができず下半身は焼きただれ、残った上半身も腕を動かすことで精一杯で、目は見えず、耳は聞こえない状態となってしまった。そして、薫が最後に見た彼女はただただ空に手を伸ばしながら「おねぇちゃん…おねえ‥ちゃん……」とまるで幼子が前を歩く姉の背中に手を伸ばしているようなそんなか細く、幼い声だった。彼女はそのまま生絶えてしまい、その姿は今でも薫の瞼の裏に焼きついている。
◇◆◇◆
薫が校門の前で待っているとその目の前に一人の少女がやってくる。
「それで話ってなんですか?」
彼女の肩にカバンを持ち、制服姿となって薫のところまでやってきた。薫はその姿を見てまたしても懐かしく感じてしまう。薫が初めて夢宮と会った時も彼女は制服姿であり、当時の面影が薫の脳裏でリンクする。
「少しだけ場所を移してもいいか?」
薫は霧奈の前を通り過ぎ歩き出す。霧奈もそれに対して何も言わずについてくる。
しばらくにつれ周囲には人気がなくなり、やや薄暗い路地へと入り込む。薫は奥に奥にと進んで行くが霧奈はその手前で立ち止まる。
「ここら辺でいいでしょ」
霧奈はやや薫を警戒しつつ後ろから声をかける。知らない人物にこんなところに連れてこられたのだ、本来であればもっと明るい場所や人通りの多い場所で話すべきだが霧奈はそのようなことはしなかった。それはこの男程度ならどうにかして逃げられるという判断と会ったはずがないのにどこか懐かしい雰囲気を感じてしまったからだろう。
「そうだな」
薫は霧奈に向き直ると震える手を強く握り、大きく息を吸う。そして覚悟を決める。
「俺は未来から来たんだ」
「………は?」
薫のその言葉に沈黙が響き、その後に間抜けな声が大きく聞こえた。霧奈の顔は先ほどまだとは違いどこか哀れな人を見る目をしている。そして、薫の追撃はここぞとばかりに続く。
「俺は未来から来た、そして近い未来人類は絶滅する。それは突如としてモンスターが世界中に出現し、人間たちを食い尽くすからだ」
「……」
霧奈の口角が引き攣る。それは苦笑いのようなものでもあり、頭のおかしい人を見るような顔だ。霧奈は一つ頭を振るとバカバカしいと一蹴する。
「あのね、そんなことが許されるのは中学生までですよ。私もそういうことは考えたこともありましたけどもうやめた方が良いですし、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきますよ」
霧奈は呆れたように応えると先ほどまでの自身の思いを改める。
なぜ私はこんな男を信じようとしてしまったのか。あの時は何かをこちらに訴えるような顔をしていたから後で話を聞くとか言っちゃったけど、まさかこんな頭のおかしい話だなんて。本当に恥ずかしい。
「今は信じなくても良いんだ、けど三日後の午後三時、その時が来たらこの場所に来て欲しい、そこにいれば俺が必ず助けに行くから」
薫は霧奈に破れた紙切れを渡す。霧奈はしぶしぶといった感じでその紙を受け取ると中を見ることなくポケットにしまう。そして何も言わずに霧奈はその場を後にした。
「今俺にできるのはこの程度だ。でも次こそは絶対に死なせない、必ず守るから……」
その言葉は誰もいない空間に静かくかき消された。
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