第8話 四日目 仲間を求めて

 一時間三十分ほど新幹線に揺られた薫は東京に来ていた。ここまで来た目的は二つある。一つ目は仲間を探すことだ。薫は組織を作る際東京を拠点としていたためにメンバーのほとんどが関西出身の者ばかりだ。そのためモンスターが出現する前に一人でも多くの仲間を見つける必要がある。もう一つはここまで呼び出されたからだ。何故モンスターが出現した日に薫が東京に居たのかというと薫の従姉妹である神楽 瑠華という人物に呼び出されたためだ。彼女は薫の従姉妹としてモンスターが出現した後も一緒に行動し、組織を作る際は副リーダーとして側で支えてきてくれたのだ。今日も朝から呼び出しをくらい新幹線を使って会いに来たというわけだ。本来であればいきなり東京に呼び出されても会いに行くことは難しいし、面倒だと感じるかもしれないが、未来を知る薫にとってはさほど問題ではなくむしろ都合の良い話だ。


 薫は周囲を見渡すことで昔の事を思い出す。ここはあの時あのモンスターと戦ったなとか、ここでこの仲間と出会ったんだなとか、ここはこいつが壊した建物だなとか、他にも様々な記憶を思い出すたびに嬉しい気持ちが込み上げてくる。早く仲間たちに会いたい。薫はそんな思いを強く抱き歩き始めた。


◇◆◇◆



「さてと」


 薫は口に出すことでこれから何をするのかを明確にする。まず最初にやることは仲間を探すことだ。


「しかし、どうしたものか…」


 仲間を探すといっても闇雲に探したところで見つけることはできない。そのため薫は仲間たちとの会話を一生懸命思い出す。


直哉なおやはどうだ?あいつは今は大学生だから適当な大学に行けばいけるか?総司郎ならどうだ?いや、あいつは確か東北の方から来たと言っていた。葵はいけるか?いやいや、あいつはまだ中学生だ、流石に女子中学生にモンスターだなんだのと言ってもバカにされるだけだな。それなら…」


 薫は指を一本一本立てながら最も信用している幹部たちの名前をあげていく。しかし、なかなか会えそうな人物が思いつかない。なんとなくどこに住んでいるかはわかっているが話を信じてもらえるかはわからない。常識的に考えていきなり知らない人物が自分のことを知っていたら怖いし、「モンスターが現れる」なんて言ってきたら頭のおかしいやばいやつという認定をされるに決まっている。薫は唸るように考え、ある人物の名前がふと頭に浮かぶ。


「あいつなら…」


 薫はその人物との記憶に思いを馳せる。薫はどれだけ時間が経とうとも仲間たちと過ごした時間を忘れることは決してない。どんなにくだらないことでも、他愛のない話だって一言一句思い出すことができるだろう。それほどまでに薫にとって【エキタス】に所属していた仲間たちは大切な存在であり、七瀬薫という人物を形成している一部でもある。


「とりあえず行ってみるか。確かあいつの学校の名前は…」


 薫は昔聞いた学校名をスマホに打ち込む。するとすぐに場所が表示され、薫は自慢げに鼻を鳴らす。


「とりあえず行ってみるか」


◇◆◇◆



「ここが青秀学院高校か」


 スマホの指示に従い電車と徒歩で一時間半。薫は今青秀学院高校の校門の前に立っていた。


「ここも懐かしいな」


 薫は綺麗な学校を見て昔のことを思い出す。ここはモンスターが出現した後、避難場所として多くの学生と教員、近くに住んでいた人たちが多く集まっていた場所だ。モンスターが出現した時間は平日の午後三時ごろだったた、その時学校では授業が行われていたために多くの人がいたことになる。彼女もその生徒の一人だ。薫はスマホで時間を確認しつつ周囲を見渡す。時刻は午後四時を過ぎたところでちらほらと家に帰る生徒の姿が見える。薫はそんな生徒たちとすれ違うようにして学校の敷地内へと入って行った。


 薫が校内を歩いているとすれ違う生徒からはものすごく凝視され、遠くからもこちらを見てヒソヒソ話いる生徒がいる。薫はなぜ自分が注目されているのか見当がつかずトイレの鏡で自分の姿を確認する。


「しまった、確かにこれは目立つな」


 薫は自分の今の姿を見たことでようやく注目されていた理由に思い至る。ここは学校だ、そのためほとんどの生徒が制服を着ているし、制服を着ていない生徒の大半は部活着を着てる。そのため現在私服で校内を歩き回っている薫は遠目から見てもかなり目立つのだ。


 薫は自身が注目されている理由に気づくと近くにある体育館裏の更衣室の中へと入り込む。薫はこの学校の生徒ではないがある程度施設内を把握している。なにしろここは【エキタス】が拠点にしていた場所の一部であるために薫も良くこの学校で過ごしていたからだ。薫は『男子バスケ部更衣室』と書かれた部屋に入ると適当な制服に着替える。そして、着替え終えた薫は目的の人物がいるであろう弓道場と呼ばれる建物へと向かう。


◇◆◇◆



 弓道場の中からは的に矢が突き刺さる音のみが聞こえ中ににいる者たちの一生懸命さが伝わってくる。薫は弓道場に入ると一番近くで他の者の稽古を見ていた弓道着を着ていた生徒に声をかける。


「ちょっと、」


「はい?」


 薫が手で軽く手招きするとその生徒が近くまでやってくる。そして薫のネクタイの色をみて硬い動きで歩いてくる。青秀学院では学年によってネクタイの色が決められており、薫が偶然着ていた制服は三年生の物であったためにそのネクタイの色を見て体を硬くさせてしまったのだ。


「えっと、なんの御用でしょうか?」


霧奈きりなって今いるか?」


「夢宮先輩ですか?それなら今あそこで試合してるのがそうですけど」


 そう言いながら練習をしている一人の生徒を指さす。薫もその指先にいる弓道着を着た生徒を確認する。確かにここから見えるその横顔は薫の知る人物だ。


「それじゃあ連れてきてもらってもいい?」


 薫がお願いするとその生徒はしぶしぶといった感じで霧奈のもとへと歩いて行った。そのタイミングでちょうどきりがついたのか面を外しており、その顔を見て薫の顔に優しい笑みが溢れる。薫のお願いをきいた生徒は霧奈のところまで行くと少し話し込みこちらを指差す。やがてその生徒が霧奈にお辞儀をすると彼は練習に戻り夢宮だけがこちらに近づいて来る。


「それで先輩は私に何かようですか?」


 薫は目の前まで来ると鋭い目つきで薫を睨む。霧奈はもともと吊り目なため普段から目つきが悪いが今回に限っては明らかに不機嫌でこちらを威圧するような態度をしている。


「なにをそんなにニヤついてるんですか?いくら先輩だからっていい加減にしてもらえませんか?」


 薫は霧奈を見たことで過去の思い出に浸ってしまっていた。そのため薫の頬は緩んでしまい、普段では絶対に見せないような朗らかな顔になってしまっている。それも無理もない、なんせ夢宮ゆめみや 霧奈きりなという人物は未来ですでに亡くなっているために薫は一生会うことの出来ない人物だと思っていたからだ。そんな人物が今目の前に生きて立っている。薫はこの時初めて過去に戻れて良かったと心から感じた。そんな黙ったままの薫に対して夢宮はかなり不機嫌になっていく。霧奈はその容姿から男女問わずかなりモテるためこういった部活中に呼び出されることは多々ある。その度に断ってきてはまた別の人物がやってくるという悪循環に苛まれていた。だからこそ薫のこともそんな夢宮からすればめんどくさい男子の一人として見ているために不機嫌になってしまっているのだ。


 薫は夢宮のことを黙って見つめる。本当は話したいことがたくさんあるし、ここに来るまでにどんな話をしようかといろいろ考えてもいた。しかし、そのどれもが未来の話であり、薫しか知らない世界の話だ。そのため薫はどんなことを話せばいいのか分からずただ黙ることしかできなかった。そんな薫を見て痺れを切らしたのか霧奈は何も言わずにその場を立ち去ろうとした。


「なに?」


 しかし、霧奈が振り返った瞬間薫がその手を掴む。霧奈の剣幕はさらに険しくなり、そこでようやく薫は口を開く。


「いや、どうも久々に会うと言葉が出なくて…」


「久々って、私は君のことは知らないけど…」


 それはそうだ、なんせ本来なら霧奈と薫が出会うのはもっと先の話なのだから。その言葉に薫の心は締め付けられる。


(想像よりきついな…。俺だけが知っていて他のみんなは覚えていない。そんなことはわかっていたし、覚悟していたつもりだったんだけどな…)


 薫の口元が震える。言葉を出そうとしてもうまく出すことがでず空気だけが漏れていく。


「はぁ、わかった。話なら後で聞くから部活が終わったら校門で待っててもらえますか?」


 薫の態度にどこか哀れみを感じたのか、霧奈は先ほどまでとは違い少し呆れたように言うとそのまま中へと戻って行ってしまった。薫はそんな後ろ姿をただ見送る事しかできず、しばらくの間霧奈が部活をしている姿を眺めていた。

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