第14話 かつての理系女は聖女様から手紙を受け取る

 ベッドに潜り込んですぐ、部屋のドアが開け放たれた。

「推薦組はもう寝ているわね」

 ごまかせたらしい。

 

 翌朝ベルの音で目が覚めると、今日はフローラがもう起きていた。

「アン、おはよ!」

「おはよ、フローラ。元気そうね」

「うん、なんか私、調子いい。もしかしたら昨日のアンの祝福のおかげかもね」

「それ、秘密ね」

「うん、秘密!」


 今朝のフローラは、元気いっぱい着替えに手こずっていた。

 

 そして昨日と同じく、アリシアとアレクサンドラがやってきた。

「おはよう、アン、フローラ。今朝は掃除よ」

「「はい!」」

「掃除は上からね」

 窓も机もほとんど汚れていないので、拭き掃除はすぐ終わる。アンがその感想を口にしたらアリシアは

「そうよ、だから毎日掃除したほうが結局楽なのよ」

と教えてくれる。

「掃き掃除は、ホコリが舞い上がらないように」

 アレクサンドラがフローラに指示している。

「それにしても、昨日の光はなんだったのかしらね?」

 アレクサンドラがフローラに聞く。

「さ、さあ、私寝てましたから」

「そうなの?」

「はい、疲れてしまっていて、消灯前に寝てしまいました」

 フローラはそう言いながら、アンの方をちらっと見た。

 

 食堂で朝食を待っているとき、話題はみな、昨日の光のことだった。アンたち推薦組四人は、つい口をつぐんでしまう。四人の近くのイングリットが聞いてきた。

「ねえあんたたち、昨日の光、見た?」

「私達、消灯前にベッドに入っちゃってました」

 ヘレンがしれっと言った。うそは言ってない。

 

 ガヤガヤとしていると、先生たちが入ってきた。注意せずとも上級生はすぐに静かになり、1年生もそれにならう。

 昨日は先生方が入ってきたらすぐに朝食が配られたのだが、今朝は配られなかった。

 そして先生方の表情が硬い。

 しかも先生方は着席しなかった。

 

「みなさん、今朝は大変残念なお知らせがあります」

 校長先生が話し始めた。

「昨日入学式に来ていただいた聖女様ですが、聖女教会にお帰りになったあと、昨夜突然倒れられました。そのまま聖女教会で静養されているということです。おそらく聖女様は、ご体調がおすぐれにならないまま王立女学校にいらして、祝福をお与えになったのでしょう。その聖女様のお心に感謝し、一日も早いご回復をお祈りしましょう」

 校長先生が手を合わせる。食堂にいる者みな、真剣に祈った。

 

 この日から授業が始まった。しかしアンは授業に身が入らなかった。

 算術を除いて授業がつまらかなったのではない。どれも村の教会では勉強できなかったことだら興味深いのではあるが、どうしても集中できない。

 

 聖女様である。聖女様のお具合がどうしても気になった。気になるので授業を受けるふりをしながら心のなかでお祈りした。

 

 そんなふうに三日も過ごした頃、夕食前に校長先生からお話があった。

「みなさん、聖女様からお手紙がありました。ご静養中にわざわざお手紙をいただいたのですから、聖女様にとって大事なお話のはずです。今から読みますから、しっかり聞いてください」

 校長先生は、一同を見回し読み始めた。

「王立女学校の生徒の皆さん、このたびは皆さんにご心配をおかけし申し訳なく思います。ですが、心配しないでください。あなた方の中に授業に集中できず、私のために祈ってくださっている方がいることを私は感じます。大変ありがたいことですが、私の病気は天から授かったものです。ですから各自の勉強に集中してください。私へのお祈りなどであなた方の時間を使わないでください。あなた方の時間はあなた方のものです。どうかすべての時間を自分の未来のために捧げてください。王立女学校でみなさんが国のため、仲間のため、家族のため、自分のための力を身に着け、卒業後に活躍されることを確信しています」

 方方ですすり泣く声がする。アンにもこの手紙が、別れの手紙にしか思えなかった。

「お手紙は以上です。みなさん、聖女様のお想いはわかりますか? わかりますよね。わかったうえで、明日からの学校生活に励んでください」

 校長先生の言葉は厳しかった。厳しい言葉にアンは校長先生の方を見ると、アンは先生がしっかりとアンを見据えていると感じた。

「ですがみなさん、校長自ら、一度だけ聖女様のお言葉に背こうと思います。ここでみんなで聖女様のために祈りましょう」

 アンは祈った。それこそ全身全霊で祈った。祈りおわったとき、気がついたことがあった。生徒たちの中で、アンたち四人だけが泣いていなかった。四人だけが大人のような顔をしていた。

 

 夕食後、アンは寮の部屋に帰って、勉強を始めた。王都に来てから寮で本気で復習したの初めてである。聖女様が心配で勉強が手につかなかったところを必死に復習した。フローラも同じようだ。消灯の鐘がなり、二人は慌てて寝た。

 

 翌日から、アンは真剣に勉強した。真剣に取り組めば、どれも面白い。苦手な歴史も先生の口を通すと、すっと頭に入ってくる。食品の話にしても、必要な栄養とか科学的に説明され、それが味付けまでに関連付けられ、この世界でも論理的に成り立っていることを初めて知った。

 

 だから日々のお祈りでも、聖女様のことは祈らなかった。自分の未来、家族の未来、仲間の未来、国の未来のために祈った。それが聖女様のご意思だから。

 

 そしてその週末、聖女様は旅立った。伝えられた最後の言葉は、

「喪に服さず、いつもどおりの生活をしてほしい」

とのことだった。

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