第15話 かつての理系女は図書室で勉強する

 女学校の勉強は面白かった。魔法師になりたいフローラは、魔法の時間はとくに張り切っていた。まだ魔法理論の基礎を勉強していて、実習はまだである。基礎をしっかり勉強してからでないと、アンのように火の魔法で爆発をおこしてしまうのかもしれない。

 調理や裁縫の時間はヘレンが頑張っている。もちろん女官になるためである。女官になるには法律とか歴史の勉強も必要なのだが、それが不安だとヘレンは言っている。

 体術とか武術の時間はもちろんネリスが活躍している。ネリスはアンと同じく八歳、他の一年生は十二歳なのだが、全然負けていない。体が小さい分すばしっこく、あっという間に相手の懐に飛び込んでしまう。

 

 ただ、四人とも不満なのは、算術の時間が死ぬほど簡単でつまらないことだ。あまりのつまらなさにボーッとしてしまう。小テストはいつも満点、当てられても正確に答えてしまうので先生も困っているようだ。

 仕方がないのでアンが四人を代表して算術のジャンヌ先生のところに直談判に行った。

「先生、私達四人とも、算術の勉強はおそらく三年生のものまで地元で勉強しています。ですから私達だけ算術の時間は別に勉強したいんですが」

 アン自身で言えば、元の世界でのことを考えれば女学校で教わる算術はすべて終わっているだろう。ただ記法のちがいがあるので、それだけはすり合わせをしなければいけない。

「できれば図書室で勉強させていただければ、資料には困らないと思うのです」

 ジャンヌ先生の答えは、

「たしかにあなた達の言うことはわかる。そもそも算術の能力をかわれて推薦されたのだものね、あなたちは」

 四人とも推薦者は聖女様だったのだが、亡くなられたばかりの今、ジャンヌ先生もその名を出すのは憚られたようだ。

「ですが私の一存では決められません。校長先生とも話してみます」

「おねがいします」


 それから数日間、算術の時間になると校長先生をはじめ、いろいろな先生が見学に来た。アンたちのノートをのぞきこんでくるので、つまらない授業でも気を抜けない。日頃不平不満を言わないヘレンですら「簡単すぎる」とか「鬱陶しい」とか文句を言った。

 

 しばらくして四人は校長室に呼ばれた。

「みなさんの算術の授業を私自身見させてもらいました。まちがいなくあなた達の算術のレベルは1年生のレベルではありません。ですがどこまで学習済みかは調べてみないとわかりません。また、本当にあなた達だけで勉強をすすめられるかもわかりません。ですから来週1週間、図書室での学習を許可しますが、その後テストします。テストの内容は過去の定期テストをやってもらい、どの学年のどの学期までできるのか見させてもらいます。そのテストの出来をみさせてもらってから、最終的な判断をいたします。いいですか?」

「ありがとうございます」


 校長室をでたところで、フローラが喜んだ。

「アン、やったわね。これで退屈な勉強をしなくてすむわよ」

 ネリスやヘレンも同様だ。

「あんなかったるい勉強なんて必要ないわ。どんどん先のこと勉強したいわ」

「そうそう、それで女学校の算術が早めに終われば、その他の勉強もできるしね」


 でもアンはちょっとちがった。

「私はね、算術がどこまですすんでいるのか知りたいの。それでこの世界の成り立ちを考えてみたいの」

 それを聞いた他の三人がちょっとギョッとした顔をした。アンはかまわず話をつづけた。

「だからね、今日の放課後から図書室へ私行きたいな」

 これまたみんなちょっと引いていたが、ヘレンが言ってくれた。

「しょうがないな、行こうか」

「うん、行こう」

 みんな同意してくれたので、アンはちょっとほっとした。

 

 図書室の算術のコーナーは、あまり充実しているとは思えなかった。パッとタイトルを見た感じでは、各学年の参考書という感じである。教科書自体は各学年たくさんおいてある。

「これって定期テスト前に勉強するためのものよね」

 ネリスが気づく。

「まず、2年生のものから見ようか?」

 各自1冊ずつ手に取る。アンも見てみる。

 内容は簡単であった。数量関係は比例反比例程度、図形は証明が充実していた。ユークリッド幾何学の基礎である。実質ほとんどベルムバッハの教会で学んでいた。

「簡単ね」

 そう一言言って、3年生のものを見る。ほとんど図形である。関数分野はちょっとしかない。

「図形ばっかね。魔法陣をかくためかしら」

「きっとそうね」

 フローラが相槌をうった。

 

 アンはブツブツいいながら、どんどん読み勧めていった。予想通り、記法の違いこそあれ基本的にはかつて学んだ数学と大きな違いはない。ただ、図形の理解にベクトルを用いず、古代ギリシャの幾何学のような、精巧な証明がなされている。

「美しい」

 思わずつぶやくと、フローラが聞いてきた。

「どこが美しいの、聖女様?」

「えっとね、この証明がね……」

「やっぱりそうなんだ」

「なにがやっぱりなの?」

 アンはフローラが何に納得しているのかさっぱりわからなかった。

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