第12話 かつての理系女は学内を見学する

 入学式後は昼食になった。アンは入学式の緊張で空腹を忘れていたらしい。大講堂から廊下に出た途端、お腹がなった。恥ずかしくて思わず手がお腹にいったが、となりのフローラに睨まれた。声には出さないけれど、

「お行儀が悪い」

と思っているのがわかる。お腹がなるのはコントロールできないと思っていたら、フローラのお腹もなった。見るとフローラは顔を真赤にしてうつむいている。前を歩いているネリスが振り向いてニヤッと笑った。


 食堂で出されたのは、大きなソーセージにマッシュポテト、グリーンピースがのった皿と、パンであった。飲み物は水だけ。田舎者のアンにはごちそうで、ヘレンにもそうらしい。お祈りの間、ヘレンの視線がソーセージに注がれていた。

 お祈りが終わり食事が始まると、ヘレンはまっさきにソーセージにフォークを突き立てた。

 

 そして上級生たちの席がガヤガヤし始めたので、一年生の席でも私語が始まった。

「ね、このソーセージ、おいしいね」

 アンが言うとヘレンも応じる。

「こんなの、毎日食べられるんだ。私、幸せ」

 ネリスは、

「マッシュと一緒に食べるとおいしいよ」

と教えてくれるのでヘレンが早速試している。

 フローラは会話に加わらず、静かにナイフとフォークを動かしている。

「フローラ、おいしくないの?」

 アンが話しかけると、

「いえ、おいしいよ」

とだけ返事された。アンはいたずらごころで、

「もしかして、私達のこと、田舎者だと思ってない?」

と聞いてみたら、

「ごめんなさい」

と言って、フローラは泣き始めてしまった。

 アンは慌てた。

「ごめんなさい。わたしひどいこと言った」

「ちがうの」

「ほんとごめんね。私はほんとに田舎者だし、失礼なことを言っちゃったのね。ごめんね」

「ちがうの。ちがうの。いけないのは私なの」

「そんなことないよ」

「ううん、田舎から来たのはその人の運命であって責任じゃない。生まれがお金持ちとか貧乏とかも、その人の運命であって責任じゃない。お父様にいつもいわれてるんだけど、やっぱり私の心はいけないの」

「すばらしいお父様ね」

 アンが言うと、ヘレンも同意した。

「フローラ、私は田舎もので貧乏人だけど、そう扱われるのに慣れてた。でも、フローラやフローラのお父様みたいな人がいるってわかって、とっても嬉しい」

 ネリスも言う。

「フローラのお父様はね、公正な商売をすることで有名なのよ。フローラのネッセタールだけじゃなく、私のマルクブールでも有名よ」

「みんなありがと。お休みには、ぜひネッセタールに来てね」

 アンとネリスは誘いにのった。

「「うん絶対行く」」

 ヘレンは、ちょっと考えて、

「ネッセタールの名物ってなに?」

と聞いて、みんなで笑った。


 お昼の休憩の後、教室で女学校内のきまりごとの説明があった。緊張している顔もあったが、協会育ちのアンには特に厳しいとも思えなかった。つづいて女学校内を案内してもらった。

 図書室は大きかった。床から天井までびっしりと本が棚を埋め尽くしている。これだけでもアンは女学校に入学して良かったと思った。

 科学学習室。理科室みたいなものである。標本などをみると、生物系が充実しているらしい。卒業後医学の道に進むものが多いからだろう。

 魔法学習室。理科室というか、化学の実験室に似ている。ポーションとかも作るらしい。

 体育室。要は体育館である。王都は冬は雪に閉ざされるので、必要とのことだ。

 武術室。護身術も学ぶが、生徒によっては女騎士を志しているからだ。中世の武具みたいなのがあり、ネリスが目を輝かせている。

 料理実習室。ヘレンが興奮している。

 裁縫室。女官として働くには非常に重要な技能らしい。フローラが説明を食い入るように聞いている。

 ダンス室。淑女として必要な技能らしいが、アンは気が重い。

 このように大変充実した施設で、未来の王国に必要不可欠な女性を養成するのだ。一通り女学校内を巡ったところで、ローザ先生が教えてくれた。

 

 その他細々とした注意事項があった。

「最後にみなさん、学活が終わればあなた達をお世話する2年生が迎えに来てくれます。今朝からみなさんをお世話してもらったと思いますが、担当の2年生を本当のお姉様と思って頼りなさい。そして将来、卒業後、お姉様に頼られた時、その恩を返しなさい。では廊下でお姉様を待ちましょう」


 全員廊下に出る。先生の指示で、教室を背に一列に並んでお姉様たちを待つ。特に禁じられなかったので、皆隣の生徒とおしゃべりしながら待つ。

「ねえ、ネリス、あなたのお姉様って、どんな方?」

 アンは聞いてみた。

「うん、クラリスお姉様はね、とっても背が高くてきれいなの。私もあんなふうになりたいな」

「そうなんだ。私はね……」

 しばらくすると、お姉様たちはやってきた。

「アン、帰るわよ」

 アリシアがにっこりと笑って帰りを告げた。

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