第10話 かつての理系女は仲間に出会う

 朝眼をさますと、ベッドは妙に狭かった。昨日の晩フローラが、

「アン、さみしいでしょ。私が一緒に寝てあげる」

と言ってアンのベッドに潜ってきたのだ。


 アンはまだ寝ているフローラを起こさないよう、そっとベッドから降りる。カーテンを少しめくると、早朝の街にはもう働く人の姿がみえる。田舎の人も早起きだが、都会の人も早く起きて仕事をしている人がいることを知った。

 動く人々を見ていると、チリーン・チリーンとベルの音が聞こえてきた。

「起床! 起床!」

 当番の生徒が廊下を巡って起床時刻を知らせている。

「フローラ、起きて、時間だよ」

 フローラを揺すっていると、ドアがノックされた。

「はーい」

 返事しながらドアを開けると、そこには生徒が二人いた。

「私はアリシア、2年生。あなたたちが学校に慣れるまでお手伝いするわよ」

「私はアレクサンドラよ」

「ありがとうございます。私はアンです。フローラがまだ起きなくて」

「疲れているのね。でも慣れてもらうしかないわ」

 アリシアは部屋に入って、フローラを起こしにかかった。

 

 アンとフローラは歯を磨き、制服に着替える。

 アンは自分で着替えができるのだが、フローラはかなりもたついていた。先輩二人が手を貸そうとすると、

「大丈夫です。自分でできます」

と言ってボタンをかけようとする。

 なかなかうまくいかない。

 見るに見かねてアンが手を出そうとすると、アレクサンドラ先輩に止められた。

「フローラは自分でやろうとしてるのよ。がんばってもらいましょう」

 かなり時間がかかって半べそをかきながらやっと着替えが終わった。

 アリシア先輩が声をかけた。

「フローラ、よくがんばったわ。きっと大事に育てられたのね」

 フローラは完全に泣いてしまった。

 

 アンは思う。アリシア先輩の言う通り、フローラは大事に大事に育てられたのだろう。だけど甘やかされたわけでなく、自分でやるべきことは自分でやるようしつけられているのだ。ただ単に生活能力が入学に間に合わなかっただけだ。

 

 着替え終わったところで先輩二人に連れられて朝食のため食堂へ向かう。出会ったりすれ違ったりする生徒に

「おはようございます」

と挨拶する。さっきまで泣いていたフローラも堂々と笑顔で挨拶をしている。王立女学校の雰囲気は扶桑女子大附属を思い出させる。王立女学校は都会、扶桑女子大附属は郊外だったが、どこか似ている気がする。木が多く使われた内装は落ち着いた雰囲気で、初秋の朝の空気とあいまってとても気持ちがいい。


 朝食をとる大食堂は薄暗いが、すでに多くの生徒が座っている。アリシア先輩とミッシェル先輩につれられ席に案内されると、すでにヘレンとネリスが着席していた。挨拶をして着席する。ふたりとも元気そうだ。

「アン、フローラ、ここからは一年生みんなで行動よ。帰りの学活が終わったら、教室まで迎えに行くわ。ではまたね」

 ミッシェル先輩はそう言って、2年生の席へと去っていった。

 

 大食堂の席は、学年ごとに分けられていた。一年生はみな十二才、アンたち四人だけが八才だったのであからさまに体が小さく、奇異の目で見られてしまう。その目に緊張してしまい、四人は会話ができなかった。

 やがて先生方が入ってきて、朝食が配られる。朝食は豪華で、トースト、目玉焼き二つ、ベーコン、きのこや野菜のソテー、ミルク、ジュース、お茶だった。

 食堂にいる全員でお祈りして食事が始まる。フローラは平然と食べているが、杏にとってはこんな豪華な朝食ははじめてだった。ネリスは落ち着いているが、ヘレンはアンと同じように朝食の中身に目移りしているようだ。

「ねぇアン、毎朝こんな食事食べれるのかなぁ?」

「上級生がおちついて食べているところをみると、そうなんじゃない?」

「やったぁ、私女学校入ってよかった!」

 それを聞いたネリスが言う。

「ヘレン、恥ずかしいからやめて」

「ごめん、私、こんな朝食初めてで……」

 ヘレンはしょんぼりとしてしまい、アンはちょっと気の毒になった。

「ヘレン、私もこんなしっかりした朝食は初めてよ。おいしくいただきましょう」

「うん」

「そうよ、美味しく食べなかったらもったいないわ」

 フローラもにっこりと付け加えた。ネリスも小さい声で、

「ごめんね」

と付け加えた。

 

 朝食をとったら各クラスに分かれて教室に向かう。一年生はひとクラス三十人、それが三クラス。アンたち四人は同じクラスだった。学力はともかく幼い四人を一緒にしておけば少しは心強いだろうという学校の配慮だと、あとで聞いた。朝食自体クラスごとにテーブルが分かれていたから、同じテーブルに座った仲間がクラスメートということだ。

 

 教室は大食堂を挟んで寮の反対側にある。教室は天井が高く、やはり濃い茶色の木で覆われている。机と椅子は大学の古い教室でよく見るような、椅子が後ろの机の前側につけてあるものだ。アンは懐かしい思いで指定の最前列の席に座る。例の四人はやっぱり一緒にされた。おしゃべりをしている子もいるが、年下のアンたちは気圧されてだまって自席で先生の到着を待った。

 

 やがて入ってきたのはドーラ先生、つづいてローザ先生だった。

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