第9話 かつての理系女は王都に着く

 ついに馬車は終点にたどりついた。アンとヘレンは、馬車中の人にお別れを言う。

「「お世話になりました」」

「アン、ヘレン、勉強頑張ってね」

 どの人も親切で、心地よい旅だった。

 御者のおじさんにも礼を言う。

「いろいろとありがとうございました」

「なに、仕事だからね。むしろこっちがありがとうだ。学校、がんばんなよ」

「「はい」」

 アンとヘレンは最後に馬たちの鼻先をなで、お別れを告げた。


 短い旅路でもすでに知り合いになった気がして別れが惜しい。しかし二人には迎えがきていた。

「ローデンのヘレン、ベルムバッハのアン、いますか?」

 明らかに教会の職員の服装をした女性がアンとヘレンを呼んでいた。

「アンです」

「ヘレンです」

「ああ、あなたたちね、私はローザ。王立女学校で神学の教師をしています。これから王立女学校の寮に向かいます。離れずついてきなさい」

「「はい」」

 ローザ先生は振り返り振り返りしながらゆっくと歩いてくれるが、王都は人がとても多い。ちょっとでも気を抜くとはぐれてしまいそうで、アンとヘレンは必死にローザ先生について行った。多くはない荷物だが、気をつけていないと通行人に当たってしまう。当たってしまうたび、アンもヘレンも謝るので置いていかれそうになる。結局は小走りにならないといけないこともあり、王立女学校にたどりつくころには二人とも疲れ果ててしまった。


 王立女学校は王都の東側の文教地区の一角にある。近くには最高学府である王立大学や、王立騎士学校、王立魔法学校といった高等教育学校、男子の通う王立中等教育学校がある。人口密度の高い王都のさらに中心部であるから、街路に校舎が直接面している。校舎沿いの街路を進むと、窓から先生らしき人影や制服の生徒の姿もちらほら見える。校舎の一部に開口部を設けて門を兼ねている。その正門の両側には武装した男性が立っていて、警備をしている。

 ローザ先生は身分証を見せる。

「ごくろうさま、こちらの二人は新入生の、ローデンのヘレン、ベルムバッハのアンの2名です」

 警備の一人は近くに置いてあった帳面を確認し、

「結構です、お通りください」

 ローザ先生は会釈して中に入って行く。アンは警備の人がかっこよくてじっと顔をみていたが、ヘレンが「よろしくおねがいします」と大きな声で挨拶して入って行くので、あわてて「おねがいします」と頭を下げ、ついていった。

「出入りの際は、かならず身分証を見せるのよ。身分証はあとでさしあげます」

「「はい」」


 正門は校舎をくぐり抜ける形になるので薄暗く、抜け出た中庭はとても明るく感じられた。しかし背の高い校舎に囲まれているので、空はわずかしか見えない。そして熱がこもるのだろう、とても暑い。左に曲がって中庭をすすみ、礼拝堂に入る。限りなく白に近い灰色の壁に囲まれた空間に机、椅子が並び、ずっと奥に簡素な祭壇が見える。祭壇近くの机に、何人か人がいた。先生らしき人が一人、アンたちと年の近そうな女の子が二人。その人たちの横を軽く会釈して通り過ぎ、まずは祭壇にお祈りをする。

 そう、まずは神様に感謝と祈りを捧げ、人間のことはその後だ。


 お祈りをしたので、先に来ていた先生が二人を紹介してくれる。

「よく来たわね。歓迎するわ」

 金髪の可愛い子はネッセタールのフローラ、茶色いショートヘアーの子はマルクブールのネリスといった。


「王立学校では、名字は使わず出身地を名乗ります。私はアルンシュタット出身なので、アルンシュタットのドーラです。王立学校の在学中は、貴族も平民もありません。平民であっても実力があれば卒業して貴族になることもあるからです。お互い仲良く、力をあわせてがんばりなさい」

「「「「はい」」」」

「ここにいる四人は、みんな同い年です。聖女様があなたたちを選びました。きっといい仲間になるでしょう。では、寮にいきましょう」

 

 ドーラ先生が先に立って四人を寮に連れて行く。すらりと背の高いドーラ先生は、まだ若く、お姉さんと呼びかけてしまいそうだ。先程は「歓迎する」とは言っていたが、表情は硬かった。厳しい先生なのかもしれない。

 コツコツと足音を立て廊下を進む。大した量の荷物を持ってきた訳では無いが、停車場から女学校まで持ってきたのでそろそろ手が痛い。横からは荒い息遣いが聞こえる。見ればフローラが額に汗を浮かべて必死に歩いている。アンは自分のカバンを持ち替え、フローラのカバンに手を伸ばした。

「大丈夫、ありがと」

 フローラが小声で言う。自分のことは自分でやりたいのだろう。

「ドーラ先生!」

 後ろからローザ先生が声をかけると、ドーラ先生は立ち止まって振り返った。

「ドーラ先生、この子達は疲れてきています。荷物を持ってあげましょう」

「そうですね、貸しなさい」

 ドーラ先生は手をフローラのカバンだけでなく、アンのカバンも持ってくれた。

「あ、ありがとうございます」

「さあ、行きましょう」

 ドーラ先生は先程よりゆっくりと歩き始めた。

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