第6話 かつての理系女は日時計をつくる

 コンパスができたので、今日は日時計に時間を示す線をいれる。以前から目をつけていた板を物置の床におき、定規をあて直線を描く。次にコンパスで正三角形を2つ並べて書けば、180度が三等分される。その60度の角をコンパスで二等分すれば、30度、さらに二等分すれば15度になるから、これで1時間毎の線がかけたことになる。

 

 あとは中心に棒を垂直に立てればいいのだが、これに手こずった。棒はいいのがあった。垂直に立てるのが案外難しかった。気軽に裏から釘で立ててみたら、ぐらぐらした。やりなおしてみたら、今度はしっかりと立ったがパッと見ても垂直に見えなかった。垂直でなくても、せめて南北方向だけに傾いているようにしたい。何回かやり直して、やっと満足することができた。

 

 あとは塗装である。日時計は屋外に置いておくものだから、塗装しないと寿命が短くなってしまう。ここでアンはミスに気がついた。

「ペンキ塗ったら、線が消えちゃう」

 そう、時刻を示す線がペンキで隠されてしまうのだ。物置には透明な塗料の買い置きは無かった。困っていたら、背後から声をかけられた。

「アン、何か困っているのかい?」

「あら、オットーさん」

 村の大工、オットーさんだった。

「これなんだけど、塗装をどうしようかと思って」

「う~なんだ、日時計か」

「日時計、知ってるんですね」

「ああ、王都で修行してるころ、見たことがあるよ」

 オットーさんは私の日時計を調べだした。

「よく出来てるが、この時間の線、どうやってきめたんだい?」

「これよ」

 アンは手製のコンパスを見せ、使い方を見せた。

「ああなるほど、うちの子もこれくらい勉強してくれればなぁ」

「ふふふ」

 笑ってごまかすしかない。これは教会学校で教える範囲を超えている。

「で、塗装をどうしたいんだ?」

「このまま塗装したら、せっかく描いた線が消えちゃうでしょ」

「うん、だったら線を釘か何かで板に彫り込んだら?」

「そうか、そうする。あとは色ね」

「個々にある塗料は、みんな暗い色なの。白だったら影がよく見えるとおもうんだけど」

「白だとすぐ汚れるてしまうよ」

「しかたないから、そうするかな……」

「ははは、暗い色のほうがかっこいいんじゃない?」

「うん!」

 その後オットーさんは濃い茶色のペンキを塗るのを手伝ってくれた。

「アン、乾いたら重ね塗りだ。そのほうがきれいになるぞ」

「ありがとう、オットーさん」

「じゃあ、またな」


 オットーさんが立ち去ったあと、アンは考える。どうしてオットーさんが来てくれたのかと。しばらくして一つの結論に至る。父さまが別件で教会に来ていたオットーさんに、私のやっていることを見るよう頼んでくれたことを。

 さらにもう一つ父さまが教えたかったこともわかった。時には人に頼ることも必要だということだ 。

 

 夕食時、父さまに聞かれた。

「アン、日時計はできたかい?」

 オットーさんから報告済みらしい。

「うん、形はできたんだけど、塗装がまだ」

「そうか、がんばれよ」

「はい、父さま」


 翌日も昼までは家事と勉強があり、日時計の作成は午後までできなかった。パンに野菜とハムを挟んだだけの簡単な昼食を摂ると、アンは物置小屋に駆け出す。

 

 物置小屋の前には、ヨハンとニーナの兄妹が待っていた。二人はオットーさんの子どもで、ヨハンはアンの二つ上、ニーナは同い年だ。ニーナは同い年だから子どもの少ない村で一番仲良くしていたし、ヨハンはアンにとっても兄のような存在だ。

「父さんが手伝えってね」

 アンは二人が何故いるのか不思議な顔をしていたのだろう、ヨハンが端的に答えてくれた。口数は少ないが、いつもいいたいことはよく分かる。

「ありがと」

 そう答えて小屋の中に二人を入れる。ニーナは日時計に興味を持ってくれたようだ。

「これが父さんの言ってた日時計か~、アンよくつくったねぇ」

「ふふ、これでねぇ、時間がわかるのよ」

「どうやって使うの?」

「うん、やってみよっか」

 アンは日時計を小屋から持ち出し、ひなたに置いた。

「こうやってね、影の先の位置で時間がわかるんだ。晴れてる日しか使えないんだけどね」

「使うたびに外に出すの?」

「ううん、教会の前の広場におくつもり。それだと雨ざらしになっちゃうから、ペンキ塗ってるの」

「なるほど~」

「じゃ、重ね塗りするか」

 アンとニーナが話していると、ヨハンが割り込んできた。女子二人の話が長くて飽きてきたのかもしれない。

 アンが日時計を物置小屋にもどすと、ヨハンはまずていねいにホコリを落とし始めた。アンとニーナも手伝う。

「昨日使ったペンキはどれだ?」

 ヨハンが聞いてくるのでアンは、

「これ」

と答えてペンキの缶をヨハンに見せた。

「うん」

 ヨハンは慣れた手つきでペンキを塗り始めた。

 

 アンは感心した。昨日自分で塗ったときより、うすくうすく、しかもむらなく塗れていた。

「ヨハン、上手だね」

「まあな」

 ヨハンは口数は少ないが、大事なときには助けてくれる存在だった。

 

 アンの日時計は、アンが王都に出発する前日、教会前に据え付けられた。


 魔法の練習は難航した。修二の顔を思い出さないと魔法は発動せず、発動したらしたで暴走する。火の魔法は爆発、水の魔法は大雨、風の魔法は屋根が飛びそうな勢いだ。

 

「アン、魔法の練習は王都で先生のところでやりなさい」

 母さまの出した結論だ。

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