第5話 かつての理系女は工作する
王立女学校進学の準備に、アンの夏休みはあっという間に過ぎていった。お勉強や家事の習得が大変だった。荷造りは簡単で、現地で制服をもらうからほんの少しの着替え類を持つだけですむ。
その忙しい日々の中で、太陽の動きを影で追う作業はなんとか続けていた。数日分の曲線を比較してほぼ真の北は決定できた。夜にその方角を見て北極星をさがしたが、よくわからないので夕食で父さまに聞いてみた。
「父さま、夜に北を示す星はあるの?」
「ああアン、そんな星はないよ。なぜそんなことを聞くんだい?」
「うん、砂漠を旅する旅人は、どうやって方角を知るのかと思って」
「それは磁石だな」
これでこの世界に北極星はないが、地磁気は存在することはわかった。
「私、その磁石みてみたいな」
「王都にはあるだろう。いや、女学校にも教材としてあるだろうね」
「わかった。楽しみ」
「アンは勉強熱心だね」
「そうかな」
今夜も食卓は明るく楽しかった。
「父さま、星の見え方について教えて」
「星座かな、うちに本は無かったかな」
「ないと思う」
アンは家と教会にある本はわかるわからないかは別として全て目を通していたから、星の本がないことは間違いない。
「では私が直接教えよう」
父さまはその夜から星座を教えてくれたが、やはり牧師、星座の名前と神話くらいしか知識がなかった。
次に杏のしたことは、日時計づくりだった。
教会にはもちろん時計はある。教会の時計は機械式だろうから、時間の測定はともかく時刻については長い間にずれている可能性がある。いつも鐘の音で時を認識していたが、その基準となる時計を見たことがなかった。うかつなことである。なので父さまに置いてある場所を聞いたら、私が読んではいけない大事な本がおいてある部屋においてあった。大事なものだからいつも鍵のかかる部屋においてあるそうだ。
その部屋に置かれていた時計は、振り子時計だった。
つまり振り子の等時性は、この世界でも知られていたことになる。
ただ、周期が振り子の長さの平方根に比例することは調べたいとアンは思った。
日時計は大きいほど正確に時が計れる。ただ大きくすればいいのではない。角度の測定がいい加減では意味がない。教会の教室にも分度器はあるが、その角度を示す線を延長したところで精度はあがらない。だから大きいコンパスを作ることから始めるのがよかろう。
教会の裏手には物置がある。中身の大半は農具だが、大工道具もある。木の板や棒もある程度ストックが有る。貧乏な教会だから多少の修繕は父さまがやってしまうので必要なのだ。
アンはまず手頃な棒を探す。棒には曲げ方向で力をかけ、たわまないか調べる。
「剛性が足りないわね」
かつての記憶を取り戻しているので、とても八才とは思えない言葉を口にしてしまう。ちょうどいい角材があった。父さまが使う予定だといけないので、見ぜに行く。今の時間なら父さまは事務室でお仕事中のはずだ。
「父さま、この棒、もらっていい?」
「いいよ、何に使うんだい?」
「コンパス作る」
「コンパス?」
「おっきな円を書きたいの」
父さまは「また始まったか」と思った。この間から太陽の線を地面に記録したり、星の話をせがんだりしている。もともと知識欲の強い子だったが、急にその欲が自然科学に偏ってきた。
「つくってあげようか」
「ありがとう、でも、自分でやってみる。無理だったらお願い」
「そうか、がんばれよ」
父さまはアンが自分でつくろうとする理由がわからない。単に自分がやりたいだけなのか、それとも親の仕事をじゃましたくないのか。いや、どちらも正しいのだろう。放っておくことにした。
角材をノコギリで切る。自分の腕の肘から先の長さくらいだ。
切った角材の端のほうに穴を開ける。手回しドリルで少し穴を開けたところで気がついた。
「二本のアームをまとめるネジかなんかがいるわね」
物置のガラクタ箱を漁ったら、長めのネジとナットが見つかった。この世界でもネジや手で締める蝶ナットはあった。
「ネジは右ネジかしら」
調べると右ネジだった。
そのネジを棒の穴にあてると、穴がちょっと小さい。ドリルの刃を代え穴を開け直す。
「実験屋だったらこんなミスを犯さないのにな」
独り言が多くなってしまうアンであった。
苦労して棒に穴を開け、二本の棒をまとめてネジで締め上げる。結構な力をいれたら、いい具合にコンパスになった。
早速地面に円を描いてみると、ぶっとい線で円がかけた。
「これではだめね」
日時計を精度良くつくるのにコンパスをわざわざ作っているのだ。ぶっとい線でいいわけがない。
再びガラクタ箱を漁る。長い釘を二本見つけた。
コンパスの先にその二本の釘をハンマーで打ち込む。
打ち込めたら釘の頭を金鋸で切り落とす。これは大変だった。コンパスをきちんと固定しないとうまく切れない。固定法を見つけるのに時間がかかり、切ること自体にも時間がかかった。
切り落とした釘の先端をヤスリで尖らせる。これまた時間がかかる。
やっと満足行く状態になったとき、すっかり日が傾いていた。
これから魔法の練習をしないといけない。
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