第2話 死では俺を止められない

広場での一悶着は、襲撃者であるドラウが捕らわれる事で一旦は終結した。

町民達はほとんどが不安に駆られて家から出ようとせず、一部の者だけが保安官事務所へと集まっていた。

集まった理由はただ一つ、それは…


「さて、話を聞かせてもらおうか。一体お前は何者で、ジッドとどういう関係だったのかを」


彼らの注目はイングが何者で、何故仲間であるはずのドラウと敵対しているのかという事だけだったのだが、その前にイングも聞きたい事があるようで、


「その前に、なんで俺達ドラウを憎む?まずはそこから話してもらおうか」


と、町民達へと質問を質問で返すように問い質す。

本来ならご法度な行為なのだが状況が状況なので彼らは特に声を荒げずに、イングにこの町で何が起こっているのかを話し始めた。


「事の発端はそこのジッドとかいうドラウが…突然大勢のコボルトやゴブリンを連れてやって来たんだ、そしてやって来るや否や若い人間の子供と女をよこせと言って銃を撃ち始めた…」


話を聞いた結果、ジッド達はある日突然人間の子供と女の拉致や食料の強奪等を定期的にやるようになったのだと言う。

町の男やホアキン率いる保安官達も最初は抵抗していたが、亜人の高い戦闘能力や魔法を前にどんどん戦力を削られたという。

最終的にホアキン以外の保安官は死亡、町民もほとんど逃げ出したと聞き、イングは事の深刻さを知った。


「なるほど、じゃあ今残ってるのは老人や絶対町から離れたくないっていうガッツのある人間しかいないのか…」

「フン、下等な人間から奪って何が悪いってんだ」


ジッドは挑発するように罵倒を言い放つが、保安官やイングは全く気にせずにそのまま会話を続ける。


「…さて、じゃあ次はあんただ、こいつは一体どういうやつで、あんたは何者なのか教えてもらおうか」

「とりあえず長くなるが、まぁ頑張って簡潔に話そう」


イングは早速、コップになみなみと継がれた酒を一気に飲み干してまず自分が何者なのかを簡単に話し始めた。


「俺はイング・レッド・ミルゾラ、ここにいるジッド・ジルドートとはビジネスパートナー…まぁ賞金稼ぎをやってたんだな」

「すまん、ドラウってのはあんまり知らんのだがお前達は地下暮しだったんじゃ?やはり近代化で変わったのか?」

「その通り、他のドラウ達も古い生き方を捨てて新しい時代を生きようと考えてた訳だ。そしてこのバカと出会った…」


そしてイングはそのバカに視線を移しながらその後の事についてを語り始める。

再びコップに酒を注いで、飲みながらではあったが。


「こいつと組んで魔獣の討伐、指名手配犯の確保、果ては用心棒と色々やったさ。しかし、その時ってのは案外早く来るもんだ…それは俺が町の用心棒を任された時…」

「ヒヒヒ…あれか…そうだったな、ありゃ愉快だった」


ジッドはイングの語りに突然割り込みを掛けた、どうやら彼にとってはその町での出来事というのがかなり思い出深いのだろう。

でしゃばって勝手に口に出すほど楽しかったであろう思い出を、ジッドは誰にも頼まれる事無く勝手に口出し始めた。


「俺らが雇われた町はそれなりにデカくてよぉ、立派な銀行があったんだわ。もっと派手に稼ぎたい俺はどうにかして金を手に入れたかったんだが、そこにあの方達が来て知恵をくれたんだ…」


ジッドは下卑た笑みを浮かべながら、楽しそうにその時の事を語り続ける。

彼に知恵を授けたという謎の人物達は、彼に何をさせたのか?

答えは簡単、なんと彼はその人物達が率いる軍団が強盗をしやすいようにイングを撃った上、町の至る所に火を付けたのだ。


「楽しかったぜぇ…強盗しながら保安官の事務所やらなんやらを燃やして、ついでにこのバカを撃って金を得て俺は晴れてあの方達の仲間入りを果たしたんだ、だがまさか生きてるとは思わなかったぜ、クソが」

「俺もまさか生きてるとは思わなかったよ、だが死んでた方が良かったよな。俺が町に盗賊を招き入れ、その過程で燃える銀行から逃げられずに死んだなんて知ったのはその後だった…」


銃弾を浴び、そして燃え盛る町に置き去りにされた上に死亡した首謀者という不名誉な物を押し付けられたその心境は計り知れない。

イングはその悔しさのあまり酒の入ったコップにヒビを入れるくらいには怒りを抑えられていなかった。


「確か、聞いた事あるぞ…一ヶ月前新しく開拓されたばかりの町が族に襲われて住人が皆殺しにされたって…その首謀者のエルフが事故で死んだってのも…その事だったのか」


流石保安官、過去の事件も把握しているおかげでようやくイングが同族にも関わらず容赦なく向かって行った理由を把握したのである。

そしてもう全てを話したと思ったのかイングは酒を置き、椅子から立ち上がってジッドの目の前へ立った。


「まぁ一ヶ月放浪の旅をしたお陰か知らんが…再びこうしてお前に出会えたんだ…生きてりゃいい事もある…」

「運がいい?へっ、これからお前はもっと酷い目に合うんだよ!!死んで何も無い上に、事件の首謀者として生きていくしかないカスみたいな人生を送るんだ!それにお前はあの方達がどこにいるのかすら知らん!生きてても何にもいい事はなかったな!」


ジッドは声を荒らげて煽り続けるが、イングの反応は冷ややかだ。

その理由は彼の手の中にあった。


「どうかな?少なくともあの町で絶望してるよりはよかったぜ?ホラ…」


彼は胸元に指を入れると、中から一枚の紙切れを取り出した。

一見、ただの汚い紙切れにしか見えないがその内容はこの町の人達にとって大変重要な内容となっていた。


「て、てめぇ!まさか俺を担いだ時に…!!」

「読ませてもらったがここにお前が攫った人間の用途と誰に預けたかが書いてある…人身売買とはな、お前にぴったりな仕事だ」


人身売買という言葉を聞いた途端、保安官が動く。

それもそうだろう、命を懸けて町の人達を守ろうとしている彼にとって、この紙は希望なのだ。


「生きているのか!?」

「恐らくな、それとどうやらこの町だけでなく、他の町からも人を集めて売ってるらしい。その元締めの名前は…ビル・ドーゾン、らしいぜ」

「び、ビル・ドーゾン!?あの、ビル・ドーゾンか!?」


ビル・ドーゾンという名を聞いた途端、保安官の顔が青ざめる。

それ程ヤバい奴なのだろうか?そして彼はそのままその男についてを語り始めた。


「ビル・ドーゾンといやぁオークで構成された盗賊を率いてる悪党の中の悪党!まさかそんな奴と関わってたとは…」


オーク、それはゴブリンよりも厄介で、ゴブリンよりもデカく、そして悪知恵の働く種族の事。

もちろん、それは昔の話で近代化の進む今日では善良なオークも増えてはいるが、未だにこのような悪魔のような者たちは少なくない。

その話を聞いたイングの心はますます燃えていた。


「フフ、俺の復讐も最初から本番って訳か…さて」


ひとまず情報を手に入れた彼の方針は決まった。

このビル・ドーゾンにお礼参りをする事、そして捕まった人々を救う事、そして、町に襲撃をかけた他の悪党を見つける事が彼の新しい目的となったのである。

彼は決意を新たに、拳をギュッと握った。

そして、それはそれとして…


「さて、じゃあこのジッドはあんたらの好きにしたらいい。パラライズの呪文は使えなくしてやった、だから気にする事はないぞ」


とイングは簡潔に保安官に伝えると、一気に町民達の目付きが変わった。

今まで虐げられ、大切な人達を失った者たちの怒りというのは恐ろしい物だ。

ジッドは今からそれを知る事になるが、身から出た錆というものだろう。


「ひっ、い、嫌だ!お、おいイング!俺が悪かった!待ってくれ!」

「ひとまず俺は宿屋で休ませてもらうから、じゃあまた明日…」

「まっ、待ってくれぇえええ!!」


虚しい叫びを後に、イングは事務所を後にした…


───────────────────────


翌日…

薄汚い悪党が朝日に照らされながら、吊るされている中…


「もう行くのか?」

「あぁ、すっかり元気だし、旅の準備も出来た。銃やらなんやら、すまねぇな保安官殿」

「保安官じゃなくて、ホアキンと呼んでくれないか?あんたはもう俺の親友だ。縛り上げた癖に厚かましいとは思うが…」

「…ダチか、いい響きだ」


他愛のないやり取りをした後、イングは町の人の好意で貰った馬に跨り始めた。

そして保安官は、出発しようとするイングに更に問い掛ける。


「こんな事聞くのもアレだが、連れ去られた人々は大丈夫だろうか…もしもの事があったら俺は…」

「いや、その点は平気だろう。商売道具を傷付けたり、変に痛め付けたりするのは素人のカス。それにこの手紙を読む限りどうやら何かトラブルがあって売りに出すのを先延ばしにしているそうだ、だから今しかない」

「そうか…ありがとう、死ぬなよ!」


保安官は彼に激励を送ると、イングはサルバニーニを後にした。

こうして、彼の復讐の旅が始まるのであった。









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