ガンズキルゼムオール

スティーブンオオツカ

第1話 荒野の黒い風

「も、もうダメだ…」


広大な荒野に一人、弱々しく歩くマントの男がいた。

耳は長く、肌は薄紫と特徴的な見た目のその男はボソボソと愚痴と弱音を吐きながらゆっくりと宛もなく歩いていた。


「命からがら逃げた結果が…これか…」


男はよたよたと歩き続けていると、急に足を止めた。

ついに力尽きたのか?と思っていたらどうやら違うようだ。


「…町が見える!」


弱っていたはずの男は見えない町を見たと言い出した途端、元気を振り絞って走り出した。

しかし、辺りは荒野ばかりで町などとても見えないのだが一体何を見たのだろうか?幻覚を見ているのか、それとも本人の目が特別なのか…

その答えはすぐに分かる事になる。


「やっと、着いた…」


走る事数十分、なんと本当に彼は町へと辿り着いてしまったのである。町の名は『サルバニーニ』といいう、至って普通の町だった。

しかし今の彼にはそんな町の様子や風景を気にする事無く、とにかく疲れを癒す為に彼は一目散にある場所へと早歩きで向かって行く。

そう、酒場だ。

彼は酒場へ入ると、客などには目もくれずに一目散にカウンターへと向かい、ドカッと肘を乗せて注文をする。


「マスター、とりあえず…まずは水、それからウイスキーを」


するとマスターの男はよそ者だからか、よそよそしく無言で棚からまず水の入った瓶を取り出して水を注ぐ。


「…」


そして無言のまま水を彼の手元へと運ぶと、そのまままるで覗き込むように顔をじっと見つめて動かなくなると、男は不気味がった。


「お、おいおい、どうしたんだよ」

「…あんた、この辺じゃ見ないね…エルフにしては肌の色が変わってるし、何者だい?」

「え?あぁ…俺はだよ…まぁ珍しい種族だよな」

「…ドラウか…なるほどな、それにしてもアンタ悪い時期にこの町に来ちまったね」

「?それはどういう…」

「こういう事さ、周りを見な」


マスターの男に言われ、彼は周りを見回した。

なんと言う事だろうか、客達が自分へリボルバーを向けているではないか。


「なっ、何だってめえら!!」

「何だはこっちのセリフだ!!たった一人で乗り込んでくるとはいい度胸じゃねぇか!!」

「はぁ?」

「いいか、変な気は起こすなよ!お前は人質だ!」


訳も分からないまま、男はマスターや周りの客に詰め寄られ、ついには縛られてしまったのである。

一体自分が何かしたのだろうかと自問するが特に何も思い浮かばない。

すると客の一人が窓の外を見ると、大声で何かの到着を知らせた。


「保安官が来たぞ!」


客の一人が叫ぶと同時に、この町の保安官が姿を現した。


「ホアキン保安官だ!一体何事かね!」

「保安官、ドラウです!恐らく奴らの仲間かと…」

「奴ら?仲間?どういう事だ?」

「…素性は分からんがドラウならば仲間と見るべきか、よし、早速奴に通信魔法を送るんだ」


訳も分からないまま、ドラウの男は保安官に引き摺られるように連れて行かれてしまうのであった…


───────────────────────


それから一日後のこと…


「保安官、そろそろ例の取引が…」

「よし、奴を牢屋から出せ!」


ドラウの男は腕を縛られ、何も分からないまま牢屋から出されると街の広場へと連れていかれた。

見物人が大勢いる中、どうして自分がこんな目に?と男は考えたが考えるだけ無駄なのかもしれないと、もはや考える事をやめていた。

そして広場へと出されて数分後…


「ん?誰か来るぜ」

「何、見えるのか?誰だ」

「馬に乗った…俺と同じ種族ドラウと…コボルトが二匹来るな」

「奴らだ…!」


男は保安官達が見えてない物の詳細まで言い当てると、そこにいた大勢の見物人は慌てて家や店に走って隠れ、残ったのは保安官とドラウの男のたった二人だけとなった。


「なぁそろそろ教えてくれよ、これからどうすんだ?」

「取引だ、黙ってろ」


そうこうしている内についに彼が言い当てた馬に乗ったドラウと、恐らく彼の手下のコボルト二匹がやって来たのだった。

馬に乗ったドラウは肌が石灰色で耳は一部が欠け、コボルト達は首や腰に恐らく今まで狩って来た獲物の骨等をぶら下げていた。


「よう、来てやったぞ。そいつが人質とかいう奴か?」

「とぼけるなよジッド・ジルドート、お前はこの手下のドラウに命じてまたをしてたんだろう…だが俺達を甘く見て一匹しか寄越さなかったのは失敗だったな」

「…何を言ってるか知らんが、まぁいい。本題に入ろうじゃないか」


石灰肌のドラウこと、ジッドはすっとぼけたような態度を取りつつ、本題に入ろうと切り込んで来た。

保安官は彼の態度に何処か怒りのような感情を抱いていたが、もう一人、彼に似たような考えを抱いている男がいた。


(ジッド・ジルドート…だと?)


薄紫肌のドラウは彼の名前を聞いた途端目付きが鋭くなり、まるで睨むようにジッドの顔を睨んだのだ。

複雑な事情がありそうな雰囲気の中、まず口を開いたのは保安官だった。


「お前達は突然町へ大軍で押し寄せて一部の町民を攫った、まずはそいつらを返してもらおう!返せばこのドラウは返す!」

「フフ、何を言い出すかと思えば…我々ベヘルの信徒を更に増やし、力を増す為に交渉したのにお前達が聞かなかったから攫ったまでの事よ」

「ふざけるな…ベヘルだか何だか知らんが、返さなければこいつを殺す!」

「ああ構わん、俺はそいつを知らんからな…ハハハ」


ジッドは保安官をバカにするように言った直後、高笑いをしながら手下のコボルトに命令を下す。


「おい、このドラウと保安官を始末しろ」

「何っ!」

「ハハ、これから町を焼き尽くす前祝いにお前を始末するんだよ。あの町は近いうちに綺麗さっぱりにして、そこにベヘルの寺院に建てるんだからな…そんな顔も知らんし人間程度に捕まるドラウなど必要ないわ!」


やがてコボルト達は背中に手を回し、山刀を握って保安官と薄紫肌のドラウへにじり寄る。

勿論、保安官もただではやられまいと腰の銃に手を伸ばすが…


「おっと、余計な事はするな」


ジッドはそう言うと指が光り、稲妻のように保安官の腕を撃つ。

その瞬間、彼の腕はまるで石のように動かなくなってしまったでは無いか。


麻痺魔法パラライズ…!」

「うぅっ…!」

「さぁ大人しく二人ともコボルトの餌になるんだな…安心しろ、町の連中も後を追わせてやる…」


ジリジリと迫ってくるコボルト二匹に保安官は死を覚悟したのか、悲痛な表情のまま目を閉じた。

一方、もう一人のドラウはずっとジッドを見つめて笑っていた。


「ふっ、恐怖のあまり笑うしか無くなったか?」

「…いや?まさか同じヤツの前で二度も殺されそうになるとは思わなくてね」

「何…?」

「一ヶ月経ったとは言え俺を忘れるとはお笑いだな、ジッド!」


薄紫肌のドラウがそう言うと、ジッドの表情はやがて驚愕に満ちた物へと変わって行った。

そして、その驚きは更に大きくなる。

何と彼は縄を力で引きちぎり、その勢いで二匹いたコボルトの内一匹の顔面にストレートパンチを叩き込んだのだ。


「なぁっ…!?」


恐らく簡単には解けないように固く縛ったつもりだったのだろう、保安官も驚きの声を上げた。


「久しぶりだな、ジッドさんよ」

「おのれ…イング・レッド・ミルゾラ…まさか生きていたとは…まぁいい、ならばここでもう一度殺すだけよ!」


ジッドは片腕を上げると、それを見たコボルト達は持っていた山刀を口に咥えて四つん這いの体勢になった。

その様子を見た保安官は、顔を青ざめてイングに叫ぶように声を荒らげる。


「不味いぞドラウ!あれはコボルトの狩りの体勢だ!本気で殺されるぞ!!」

「そんなん見れば分かるよ」


イングは特に重大な事態だとは思っておらず、その場を動かず視線だけでコボルト達を追う。

二匹は彼の周りをゆっくりと周り、いつ飛び掛るかタイミングを見計らっている。

更に言えば、奥にいるジッドが魔法で何か小細工をしてくる可能性もあるというこの状況を彼は丸腰でどうやって切り抜けるというのか。

そして、ついに動きがあった。


「グルルァアッ!!」


二匹の内の一匹が目にも止まらぬ早さでジャンプし、それに続くようにもう一匹も人間では反応出来ない速度でステップしながらイングに突っ込んで行った。

そのあまりの速度に、保安官は叫び声を上げた。


「ど、ドラウ!!」


もはやこれまでか、と思っていたその時。

イングがマントを翻すと、乾いた破裂音が町の広場に響き渡ったのである。


「ギャンッ!!」

「ギャウッ!!」


この乾いた音の後、コボルト達はイングの横を通り過ぎて行き、そのまま倒れ込んでピクリとも動かなくなった。

そしてジッドは、


「ぎゃああああッ!!」


右肩を撃ち抜かれた衝撃で馬から落ち、のたうち回っていた。


「えっ!?まさか、撃ったのか!?早すぎる…!!それに銃は持ってないはず…」


すると保安官は急にハッとし、その腰に目をやるといつの間にかホルスターから銃が抜かれていたのであった。


「あっ!お、俺の銃!いつの間に…」


ドラウはエルフの亜種ではあるが、あくまで肌の色が違う、活動場所が通常のエルフが森や人間社会に対し彼らは地下で活動する事が多いという些細な違いしかない。

しかし腐ってもエルフ、その高い身体能力と目の良さは他の種族を遥かに凌駕している。

通常の種族では見えない遥か遠くの距離にある町や、広場へとやって来るジッド達を見つけられたのも、人間では反応出来ないコボルトの連携も捌く事が出来たのだ。


「さてと…」


そしてイングは銃を指でクルクル回すガンスピンをしながら、のたうち回るジッドの元へと歩いて行く。

肩を撃ち抜かれた上、落ち方が悪かったのか腕が変な方向に曲がっている彼を、イングはガンスピンをしたまま見下ろしていた。


「抵抗するのはやめておきな、俺にはパラライズは効かねぇ。それにもう片方の腕、使えないようになりたくないよな?」


とイングは言うと、ジッドは痛みから涙目のまま歯を食いしばって何も言わず彼から目を逸らす。

抵抗の意思がないと見たイングはそのまま、この怪我人を雑に担いでジッドが乗っていた馬へと載せた。

そして、保安官に一言言った。


「よし、町に戻ってこいつから話を聞こうか」


ニヤケ顔で町に戻る事を提案された保安官は今この状況が分からず、口をぽかんと開けてしまった。

仲間同士ではないのか?そもそもこの男は一体?疑問ばかりが浮かぶ彼はついに大声で彼に問いただし始めた。


「おい!!一体どういう事なんだ!!お前達は…いやお前は何なんだ!?何故仲間同士で…!?」

「まぁまぁとりあえずこいつを事務所に連れ込んだら全てをお話しますよ、後…酒を一杯いただこうか、そうすれば全てをお話しよう…俺がこの男から受けた仕打ちを、ね」


こうして、ありとあらゆる物を巻き込んだ壮大な復讐劇が幕を開けるのであった…






















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