第38話 変化②

「……」

「……」

 大きな窓から差し込む太陽の光。花瓶に生けられた花々。金の装飾が施された額縁に入った美しい絵画。いくつもの本が綺麗に整理された棚。そして、緻密で華やかな絨毯が敷かれている——テトラの広い自室。


 この部屋にて、ナイフやフォークの音を立てることなく食事中。

 テトラの側にレオンが控えている現在。


「ねえ」

「はい」

「今朝、『少しお話ししたいことがある』ってあなたに伝えた件なのだけど……」

 静かな時間はどれくらい続いただろうか、半分ほどの食事を終わらせた際にテトラがようやく口を開くのだ。


「あなたって特に変わった様子はないわよね。昨日と比べて」

「と、申しますと?」

 優秀なレオンとて要領を得ない質問。いや、誰にとってもこの聞き返しは発生することだろうが、テトラは不満を露わにするようにムッと表情を変えた。


「まさか聞き返されるとは思っていなかったわ」

「……」

 どうせからかっている。軽口を言っている。一度はそう考えたテトラだが、レオンの表情は真剣なまま。

 頭を働かせて必死に理解しようとしている様子。長く関わっているわけではないが、偽りの態度ではないだろう。


「えっと、だ、だからその、あの、昨日さくじつ……」

 こうなっては分が悪い。が、その件を知りたいがために側につかせたテトラである。

 こほん、と咳払いをして心を落ち着かせて本題に入るのだ。


昨日さくじつ……あたしと手を繋いだりとか……したでしょ? それから日を跨いだのだから、普通はなにかの変化が出るものでしょ……?」

(改めて恥ずかしくなっただとか……気まずくなっただとか……)

 首をほんの少し右に曲げ、目端でレオンを捉えながら訴えるテトラだが、まだまだ理解が追いついていない様子のレオン。


「なのに、あなたは全然そういう変化が見られないから」

「ほ、ほう」

「え? あたしの言っている意味がわからないの?」

「大変申し訳ございません。質問に質問を返させていただくのですが、テトラお嬢様は手をお繋ぎした際に交際が発生する。と、お考えでしょうか」

「なっ……!」

 とんでもない角度からの言い分。色白の顔を真っ赤に変えるテトラは、声量を上げて言い返す。


「そ、そのようなこと思っているわけないでしょ! 初心なあたしでもそういうことはわかっているわよ」

 男性が女性をエスコートすることが常識の世界。レオンの発言が罷り通るのならば、貴族の全員に恋人がいることになる。


「……ただ、なんというか、昨日のアレはエスコートをされたとは、また少し違うでしょ? 繋いだ時間が長かったわけだし……。それについて聞いているのよ」

(デート、みたいでもあったし……)

「なるほど。理解しました」

「はあ」

 やっとのことで話が前に進んだ。テトラはジト目を作り、耳を傾ける。


「自分も恋人がいたことはございませんが、昨日のようなことをしたとて、顔を合わせづらいといった感情はございません」

「それ、珍しいわよね? だから気になっているのよ。もちろん……あたしがあなたにドキドキさせられてたというわけではないけれど」

 思い返せば思い返すだけ、昨日の件は恥ずかしい。『普段通り』を取り繕っているだけで、レオンとは顔を合わせづらく、気まずい。

 しかし、目の前の相手はそのような気配を一切感じない。

 こうも乖離があるだから、突っ込まずにはいられないのだ。


「理由につきましては、職業柄と立場、性別の違いでしょうか」

「それは説明されるまでも……え? つまり、あなたは昨日のような経験はたくさんあるってことなの?」

「大いにあるというわけでは……」

「そう……。でも、そういうことよね」

 過去、レオンが仕えたご令嬢は伯爵家のアイラ・フリアと公爵家のフローリア・ルレッタの二人。

 言うまでもなく、その二人と経験をした結果が今ということになる。

 そもそもの話、二人の執着心を思い出せばハッとする内容でもあった。


「…………」

「テトラお嬢様?」

「べ、別になんでもないわよ」

 レオンに特別な感情はない。ただ、自分が異性と慣れていないことをしたから、ドキドキさせられただけ。

(きっとそう……)

 しかし、なぜかモヤモヤする。今はもうこの気持ちが勝っている。


「なんだか、そのような生意気を言っていると、影響を出させたくなるわね。いっつもその表情だし」

「我ながらではございますが、狙い通りにはさせませんよ。立場上、ご主人に特別な目を向けることは問題を生む可能性の高い行為ですから」

「それは挑発かしら。やれるものならやってみろって」

「ご想像にお任せいたします。が、実際のところほぼ不可能なことかと」

「ふぅん」

 下に見るような嫌味はなにも感じない。そういうところはなんともレオンらしく、なんとも自信があり気。


「そこまで言い切るのならば、それに至る理由が当然あるのでしょうね?」

「無論です」

「じゃあ(参考までに)教えなさいよ。誰もが納得するように。なにをしても不問にするから」

「不問でしたら可能です。それでは、失礼をして——」

「えっ?」

『教えなさい』に対する返事に『失礼して』は繋がらない。疑問を浮かべた時にはもう、レオンは実行に移していた。


「——お食事の手が止まっておりますよ、テトラお嬢様」

「っ!!」

 不意に大きな手をフォークを持つ左手の甲に被せられる。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

 この瞬間、昨日の感触が蘇る。口をぱくぱくするばかりで、声が出せなくなってしまうテトラ。

 もう先ほどまでの勢いは消え、縮こまる。

 この様子を見て微笑むレオンである。


「こちらがその理由でございます」

「…………」

「さて、それでは自分は食後の紅茶の準備をしてまいりますね。いい頃合いかと思いますので」

「……ん゛」

「はは」

 全て納得した。いや、させられた。

 睨みながら唸り声を発すれば、レオンは面白おかしそうに笑うのだ。


「不問だとお聞きしましたのでお許しください」

「わ、わかってるわよもう。い、いいからもう早く行きなさいよ」

「はい、それでは失礼いたします。淹れ次第、お戻りいたします」

「ん」

 報告をしっかり行い、この部屋を一時去るレオン。


「……」

 そうして、一人になる今。

『ほぼ不可能』であることを理解すると共に、心に宿るモヤモヤからあの余裕を崩したくなるテトラ。

 余裕のない顔を見たくなるテトラでもあった。

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