第37話 変化

 翌日のこと。

 学園への登校日である月曜日の早朝。

 とある寝室をレオンがノックすれば、中から澄んだ声の返事が。

 そして、甘い香りを纏う主人が返事を顔を出していた。

 

「おはようございます、テトラお嬢様」

「……ええ、ごきげんよう」

「また改めまして、昨日はご一緒に過ごさせていただきありがとうございました。筆記帳にも書き記させていただいたことですが、本当に楽しいお時間でした」

「別に、いいわよ。そんなお礼は」

 上目遣いから視線を逸らし、流すように答えるテトラ。

 誰もが機嫌が悪いように捉えるような態度だが、ただ照れているだけだということは従者であるレオンは理解している。

 笑みで返し、大事な話題へと移る。


「本日のお食事についてですが、どうなさいましょうか」

「……そうね、あたしの自室に運んでおいてちょうだい」

「テトラお嬢様のご自室に、ですね。それではそのようにお話を通しておきます」

「念のために言っておくけれど、家族と顔を合わせたくないとかそういうトラブルがあったわけじゃないから。ただあなたと少しお話ししたいことがあるだけよ」

「ほう」

『一体どんな内容なのか』という興味が脳裏によぎるレオンだが、今はそれを聞くタイミングではない。

 楽しみにしておくとして、テトラの求めている答えを返す。


「では、お食事の際にはお側に控えさせていただきますね」

「そうして。あ……。食後に紅茶もいいかしら。茶葉はあなたがチョイスするのよ」

「——はは、承知しました」

「……な、なによ?」

「はい?」

 ——と、この時。

 口を尖らせて目を細めるテトラ。言うまでもない綺麗な不満顔。


「今、笑うようなところじゃなかったでしょ。それに、笑う前は笑う前で意外そうな顔もしたわよね」

「悪い意味は含んでおりませんよ。ただ、以前のテトラお嬢様であれば、『茶葉はあなたがチョイスして』の次に味のある一言がついておられたような、と。『その腕だけは悪くない』などでしょうか」

「そう、あたしをからかっていることは十分伝わったわ。実際には“余計な一言”と言いたかったのでしょうし」 

 スルッと口にされたことだったが、しっかりキャッチするテトラ。

 ピクリと細い眉を動かし、ピクリと右の口角を上げた。 

 

 言葉を言い換えているとはいえど、本来ならば懲罰ものと言えるような失礼であり、敬いのなさ。

 しかしながら、レオンは公爵家から王家へと推薦をされたほど優秀な人物。

 嫌味を感じない時点で必ず意図があるもの。


「——『正直に』っていうあたしの好みに応えてくれているのでしょうけど、ね」

 テトラには全て伝わっている。だが、素直になりづらいのだ。異性でもあり、今までの専属とは違う、嬉しい対応をしてくれているからこそ。


「おっと」

「よ、避けるんじゃないわよ」

「申し訳ございません。つい反射的に」

 つま先立ちをし、レオンの頬めかげて手を伸ばせば、簡単に躱される。顔を逸らされる。


「どうかなさいましたか?」

「次に避けようものなら、あたしのことが嫌いだと判断するから」

「は、はあ……」

 適した言葉を返せていないことはわかっているが、理由があるから強引にもなるのだ。

 

 主従関係の強みを活かして制限をかけ、石のように動かなくなったレオンの頬をふにっとテトラは摘む。 

「……」

「……」

 その時間は10秒ほど。

 しかめっ面のまま、頬は朱色に。無言のままに手を離すテトラは華奢な背を向けるのだ。


「じ、じゃあ先ほどの件は任せたわよ。あたしは着替えを済ませてから自室に向かうから」

「……はい。承知しました」

 頬に手を当てながら返事するレオンの声を耳にした後、寝室のドアをテトラは閉める。

 と、同時にふっと目尻を下げるものが一人。 

『だから、急がなくて大丈夫』というテトラの優しい気持ち。『ありがとう』の思いで頬を摘まれたこと。

 この2点をしっかり理解済みのレオンだった。

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