第二章・異世界魔王の寝室で(1)

夢を見ていた。


深淵へと果てしなく落ちていく。


そんな夢に俺は囚われていた。


周囲は血のように赤い水に満ちている。


その冷たさに体が凍りつきそうだ


俺は血の海に沈み、溺れ、苦しんでいる。


抜け出すことができない。


息ができない。


何もできない。


絶望が心を覆い尽くす。


そして、その恐怖はさらに増した。


禍々しい目をした悪魔のような姿の女が目の前に現れた。


彼女の目は、闇夜に浮かぶ赤い月のように妖しく輝き、血に飢えている。


その女が俺の首筋に噛みついてきた。


激痛が全身を貫く。


彼女の歯が肌を突き破り、血を吸い取られる感覚。


その痛みはあまりにもリアルだった。


心のどこかで、


「これは夢だ。ただの悪い夢だ」


自分に言い聞かせる。


けれど、逃れることはできない。


この痛み、この恐怖、全てがリアルすぎる。


俺の心は叫ぶ。


「これは夢だ、夢なんだ」


だが、その叫びは虚空に吸い込まれるように消えていく。


俺はこの無限の深淵と、血の海から逃れることができないのか。


女の禍々しい目、俺の血を吸う、その冷たい唇。


全てが俺を絶望の淵へと引きずり込んでいく。


この悪夢は、いつ終わるのか。


それとも、この夢が俺の新たな現実なのか。


その時、


「シャンティ…シャンティ…」


甘く囁く優しい声がする。


深淵から俺はその声のする、彼方を見上げる。


どこまでも広がる深淵の闇に、小さな蒼い星のような光が見える。


「シャンティ…シャンティ…」


すがるような思いで、俺はその蒼い星に向かって手を伸ばす。


悪夢はあっけなく終わった。


目を覚ました瞬間、俺は深淵から引き戻されたように思った。


周囲は暗く、視界はぼんやりとして霞がかかったようだ。


心臓が激しく打ち鳴っている。


耳に柔らかな女性の声が届いた。


「大丈夫、もう安全よ。怖い夢を…見ていたのね」


その声は甘く優しく、どこか懐かしさを感じさせるものだった。


「うん、怖い夢を見たよ…」


幼い頃に戻ったように素直に言った。


母親に甘えるように…


母の声だと思ったからだ。


しかし、声の主を目で追い求めたその先には、母の姿はなかった。


深い蒼の瞳を持ち、美貌に満ちた少女が、静かに横たわっており、その瞳で俺を深く、静かに見つめていた。


彼女の視線は優しく、俺の心は静かに、穏やかな安らぎを感じた。

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