第一章・召喚、そして異世界魔王との邂逅(6)

リリスは恍惚とした表情を浮かべながら、再び俺の首筋に噛みついた。


鋭い牙が肌を貫き、血が吸い取られる感覚。


その激痛の中で、意識は再び朦朧としてきた。


力が抜けていく。


もうだめだ、という絶望。


その瞬間だった。


「Valdrik Serranos!」


鋭い声が響き渡った。


その声が空気を切り裂いた瞬間、リリスは苦悶して絶叫した。


「う、ぐわあああああ!」


彼女は俺の首筋から口を離し、身体を折り曲げるようにして苦痛に悶えた。


先ほどまでの恍惚とした表情から一変し、何かに耐えがたい苦しみを受けているようだった。


彼女の体は蒼い光線に包まれ、眩しく輝いている。


「ま、魔王様あ!おゆるしおおおお!」


絶望的な声で許しを乞いた後、リリスは意識を失ったようだ。その場に倒れて動かなくなった。


俺を縛り付けていた拘束魔法が消え去った。


立っていることはできない。


俺は力尽き、リリスに折り重なるように十字架の前で倒れ込んだ。


ぼやける視界に、漆黒のハイヒールに輝くダイヤモンドが映り込んだ。


足音とともに、凛とした、女性の声が近づいてきた。


「まったく、油断も隙も無い。危うく貴重なニンゲンを失うところだった」


威厳と冷静さを兼ね備えている高貴な声。


その声には、小さな安堵と、リリスに対する厳しい非難が含まれているように聞こえた。


薄れゆく意識の中、目にしたのは、長い銀髪が夜空の星々のように輝く、美しい少女の姿だった。


しゃがみこんだ少女は、細い指で俺のあごを掴み、顔を上げさせた。


「これが…【選ばれし者】?本当かしら」


その声は柔らかく、優しさすら感じさせられた。


蒼く澄んだ少女の瞳。


その瞳を見ていると、不思議な安心感が広がった。


こんなに恐ろしい場所で、今まさに命の危険に晒されているはずなのに、彼女の前ではそれすら忘れてしまいそうになる。


彼女は立ち上がり、周囲にいる、おそらく護衛の兵士に何かを命じた。


「彼を私の寝室に連れてくるように」


と言ったように聞き取れた。


俺は兵士たちに抱えられ、彼女の言葉に従って運ばれていく。


その間も、彼女の蒼い瞳だけが、意識の中に強く焼き付いていた。


少女がここに現れた意味。


リリスを苦しめた魔法。


彼女への感謝の言葉。


何も伝えることもできないまま、俺の意識は深く濃い闇に包まれていった。

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