第一章・召喚、そして異世界魔王との邂逅(5)
リリスはゆっくりと、威厳に満ちた声で言った。
「貴様については、意見が分かれている。【選ばれし者】かもしれないし、ただのクズかもしれないと」
魔人のように恐ろしいリリスの言葉が、自然と理解できる。
今更ながら、その事に俺は心底驚いたが、反論することも、質問することもできなかった。
彼女の言葉には、ある種の絶対性があり、それに逆らうことは不可能だ。
また、リリスの冷たい目線は、俺自身の立場を自覚することを強いている。
「他の者は召喚の失敗、ただのクズだと言っている。
このままだと処理されるところだったが、私が独断でここまで連れ出した。
なぜか?
私は貴様をただのクズだとは思っていない。
もしかすると、【選ばれし者】かもしれない」
その言葉を聞き、俺の心は混乱した。
召喚の失敗、ただのクズ。
しかし、同時にリリスが見出した可能性。
【選ばれし者】?
ほんのわずかな希望が芽生えた。
リリスの声はさらに低く、蠱惑的な響きを帯びて続いた。
「【選ばれし者】だとしたら、こんなに嬉しいことはない。
女王が気付く前に、私がいただいてしまおう。
異界より現れた、【選ばれし者】の生き血を吸うことで、私はより高みに到達できるのだ。
女王様より先にな」
彼女の目が、言葉とともに欲望で妖しく燃え上がる。
その眼差しを俺に向けたまま、彼女はゆっくりと近づいてきた。
リリスは俺の首筋に優しく噛みついた。
その瞬間、彼女の鋭い歯が肌を突き破り、俺の血を吸い始める。
「ぐああああああ」
激痛が脳を貫く。
しかし、魔法の拘束により、俺は身動き一つ取れず、その苦痛に耐えるしかなかった。
俺は絶望した。
リリスが期待していたのは、俺の血を通じて得られる何かだったのだ。
生き血を吸われ、意識が朦朧とする中で、彼女がごくりと血を飲む音に恐怖を感じた。
リリスは猛獣のように舌なめずりをし、俺の生き血を味わっている。
恐ろしかった。
美しさの裏に隠された魔獣のような姿が、この瞬間にあらわになった。
リリスは高らかに笑い出した。
「間違いない、【選ばれし者】だ。
この高揚感、この体を駆け巡るエネルギー。
新しい何かが目覚めるようだ」
その声には興奮と陶酔とが満ちていた。
彼女の目は輝き、息は荒く激しい。
血を通じて得た何かが、彼女に未知のエネルギーをもたらしたことは明らかだった。
興奮のあまり、リリスはさらに生き血を吸い取ろうと近づいてきた。
その眼差しには、恐ろしいほどの殺意が宿っていた。
「これ以上、血を吸い上げたら、命は無いかもしれないが…
まあクズが一匹、死んだとて誰も気にしまい」
そう彼女は言い放った。
(なんでこんな目に…!)
俺の心は絶望でいっぱいになり、牢に囚われていた白人と、メイのことが頭をよぎった。
彼らもこの恐ろしい運命を辿るのだろうか。
そんなことは絶対に許せない――
心にはそう強く誓う怒りが湧き上がった。
しかし、魔法による拘束は容赦なく俺を縛り付けており、どれだけ怒りが燃え上がっても、指一本動かせない。
俺の怒りも絶望も、リリスには何の影響も与えなかった。
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