第一章・召喚、そして異世界魔王との邂逅(2)

意識を失った俺が、再び目を覚ましたのは、予想だにしなかった場所だった。


石造りの冷たい床。


見上げると、重い鉄格子が視界を遮っている。


部屋の隅には藁の束が敷かれており、壁には苔が生え、湿った空気が立ち込めていた。


頭がぼんやりとしている。


どこにいるのか、何が起こったのかさえわからない。


(牢だ…牢獄に閉じ込められているんだ)


視界がはっきりして、牢の様子もわかってきた。


中年の男がいる。


(白人?)


痩せた中年の白人男性。


彼は壁にもたれかかって座っていて、虚空を見つめている。


茫然自失としている様子だった。


彼に話しかけようか戸惑っていると、俺をじっと見つめている別の存在に気がついた。


それは、女の子だった。


まだ若い。10代前半くらいの雰囲気の少女。


優しそうな目をしている。


彼女の視線は、この場所とは不釣り合いなほど純粋で、何かを訴えかけるようだった。


「…わかりますか?私…のこと」


彼女の声は、この冷たく暗い牢の中で、驚くほどの温かさを感じさせた。


彼女は、手を差し伸べて、そっと俺の手を握ってくれた。


「…君は?」


俺は声を絞り出すように答えた。


「私はメイって言います。ここには来たばかりで、何もわかりません」


メイと名乗る少女の言葉には、不安と混乱がにじんでいたけれど、俺に対する優しさも感じられた。


レイもこの牢のことは何もわからないらしい。


(ここはどこで、なぜここにいるのか…)


中年の白人男性に目を向けると、俺たちの会話には関心が無いようだ。


彼の意識は自分の世界に閉じ込められている。


メイと話そうとしたその時、牢の前に、突如として一人の女性が現れた。


彼女は身長が190cmほどもある大柄な姿で、その存在感に圧倒された。


彼女の肌は月光に照らされた雪のように蒼白く、長い黒髪は夜空を思わせる。


レースの入った漆黒のドレスに、巨大な羽、青黒い角。


恐ろしいほど妖しく輝く赤い瞳。


どうみても人間ではない。悪魔か、妖魔か。


(あの目、あの瞳…)


憶えている。


赤いプールで俺を助けてくれたのは、この女性だった。


「目を覚ましたか」


妖艶な姿からは想像できない、低くしゃがれた声でその女は言った。


「私は審問官リリスだ」


そう言った後、リリスは牢をゆっくりと見渡した。


その視線は、俺たち囚人、一人一人を突き刺すように、鋭く冷酷だった。


リリスがパチンと指を弾く。


暗がりから、幼い姿の少女が数人、現れた


後で知ったのだが、それはインプと呼ばれる使い魔で、小さな体に似合わぬ大きな翼を持ち、妖しく微笑んでいる。


邪悪な笑みにぞっとした


リリスはインプに対して、冷たい声で命令を下した。


「あの老人を連れて行け」


命ぜられたインプは快活に頷き、ケタケタと笑いながら白人男性の方へと飛び跳ねた。


男性は恐怖に満ちた表情で抵抗しようとしたが、インプの魔力の前では無力だった。


インプは男性を抱え上げ、リリスのもとへと連れて行った。


俺たちはその場面をただ呆然と見守るしかなかった。


審問官リリスがこの牢獄に現れた理由。


白人男性を連れ去った目的。


全てが謎に包まれている。


リリスとインプたちが去った後、牢の中には重苦しい沈黙が残された。

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