第一章・召喚、そして異世界魔王との邂逅(1)

誰でも眠る。


夢も見る。


でも、


夜ごと、誰ともわからない声に呼ばれる夢を見る人は、そうはいない。


俺、以外は。


今夜、俺はまた、謎の声に呼ばれる夢を見ていた。


もう3か月も続いているから、いつものことか、と思っていた。


いつもと違うのは、この日の俺は眠りが浅く、半ば覚醒していたことくらいだ。


呼ばれる…とは言っても、その声は虚ろで、意味もわからず、声の主が男なのか女なのかさえわからない。


「シャンティ…シャンティ」


敢えて言葉にするなら、そう発声しているように聞こえる。


耳に、ではない。


脳の奥に直接響いているような、異常な感覚。


確かに俺に向かって放たれている、遠い世界からの交信。


いつもならここで終わった。


目を覚まして、朝がやって来て、それで終わりのはずだった。


だが、この夜は違った。


「シャンティ…シャンティ…」


声は途切れることはなく、いよいよ大きく、はっきりと聞こえる。


俺は寝ているのか、起きているのか、自分ではわからない。


(一体…何なんだ)


この呼びかけてくる声。


この声には、何故だか答えなければならないという衝動。


衝動が突き上がってくる。


答えなければいけない。


込み上げる衝動。


(なんて…なんて答えればいい?)


何を言っているのかもわからないのに。


誰なのかもわからない。


もどかしさで悶えていた俺に、その時がやってきた。


「Vashtorr Akh Thalos」


(外国語?)


「Zireael Nigh Vorre!」


何を言っているのかわからないが、声の主は女だ。女であることがわかった。


(どこかで…聞いたことがある)


懐かしさのような気持ち。


「ヴァシュトール アク タロス」


今度は聞き取れた。


意味はわからない。


「ジレエル ナイ ヴォーレ!」


ついに俺は、衝動の赴くままに、大声で言った。


「俺だ!」


声を出してこう叫んだ。


「俺はここにいる!」


叫んだ瞬間、世界が一変した。


感覚と自我が螺旋を描くように歪み、極彩色の渦が全身を包み込む。


目を眩ます光。それ以外は何も見えない。


次の刹那、


空中、何百メートルもの高さに俺はいた。


「うわあああああ!」


物凄い速度で落下している!


見ると、眼下には映画で見たような、欧州風の黒々とした森林地帯が広がっている。


恐怖と驚愕。


俺はそのまま地面へと落下していく…のではなかった。


森林の中心には、どこかの遊園地のアトラクションのような、西洋式の城が聳え立っている。


俺は吸い寄せられるように、城を目がけて一直線に落下しているのだ。


みるみるうちに城に近づいていく。


(お…堕ちる!)


俺が堕ちるのは城の中心に位置する巨大なプールになりそうだ。


そのプールは、まるで俺を受け止めるために用意されたかのように、赤く光る水で満たされている。


落下する俺の身体はプールに飛び込み、冷たい水で包み込まれた。


目を開けると、視界は赤いもやに遮られて何も見えない。


衝撃で水を吸い込んでしまった。


息ができない。


しばらく溺れるように全身を動かしたが、もはや泳ぐ力は残っていない。


このまま沈むのか…


そう思った最中、俺を取り囲むように何かが泳いで近づいてきた。


意識を失う寸前だった俺は、それが俺を掴み、驚くべき速さで水から引き上げ、地面まで運んでくれたことがわかった。


ようやく息ができる。


「ウゲッ!ゲホゲホ」


胸の奥に詰まった赤い水を吐き出して、俺は倒れこんだ。


目の前に、俺を助けてくれた誰かがいる。


人間…?


冷たい視線で俺を見下ろしている、漆黒の髪と、一糸まとわぬ裸体の女。


燃えるような大きな赤い瞳。


彼女と目が合った直後、俺は意識を失った。

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