雲外蒼天 其ノ四

場面は変わって再び清明宮。巨大な骨の隙間を飛び回りながら、二刀を操る鬼はニヤリと嗤った。

「まだ続けるのかい。ボクは早くおひいさまに会いに行きたいんだけれど」

「俺を倒していけばいい」

「嫌だよ面倒くさい。早く諦めてくれないかなあ、何もできないくせに」

「何故言い切る?」

「いくら力が強かろうと関係ないよ。ボクどころかがしゃどくろだってを祓えやしないだろうに」

 そこらの怪異なら、強い霊力で押し潰せば誰だって祓える。しかしがしゃどくろや墜ち神を祓うには霊力以上に、強烈な破魔の力を必要とする。煉には出来ない芸当だ。しかし、金の瞳は夜明けの海のように凪いでいた。

「だが、俺はお前より強いぞ」

 ガキン、ガキン。三振りの刃が打ち合って軋む鈍い音が鳴り響く。右手の刃で頭を、左で腹を狙った連撃を紙一重で交わした煉はすかさず宙を舞い、がしゃどくろの脇腹を蹴ってはやぶさの如く飛び上がる。炎の追撃も間に合わない。三拍後、天詠鬼の首がドサリと地に落ちた。すかさず蹴り落とされた四肢に、鬼は思わずため息を吐く。

「馬鹿力が……」

「タケミカヅチを甘く見るなよ」

もう何度目だろう。どれだけ切り結んでも同じだった。琥珀の瞳を爛々と光らせる雷神は腕の一本も落とされないまま、いとも簡単に鬼の首を斬り飛ばす。

天詠鬼は強くない。神通力由来の死ねない体を持っているだけだ。だから怪異を操る技ばかり磨き上げた。都小月煉に剣技で叶うはずもない。

 もう何度仰いだか分からない曇天に鬼はニタリと嗤った。まるで吠えるように獰猛な口元で、しかし愛を詠うように純粋な瞳で。

「何度だって殺されてあげる。いいよ、おひいさま。ボクはあなたを愛しているから」

 鬼火を二体煉の元に送り込み、天詠鬼はそっと目を閉じた。絶命する一瞬、淡い夢を見るために。


 雲威の龍脈を巡って神々が争う時代、荒れ野に一匹の鬼が棲んでいた。

 鬼の父は天乃神だったが、タケミカヅチなどとは違って薄情な男で、鬼の女に産ませた子に興味は示さなかった。母も霊力に乏しかったせいで、鬼を産んですぐ息絶えている。名もない鬼は孤独だった。純白の角と、左右で色の違う瞳、溺れても切られても死なない不思議な体を持て余し、鬼はふらりと旅に出る。

 そしていつしか、運命と出会ったのだ。

 戦火から逃れながら方々を巡り、ある山中で野垂れ死にかけていた鬼を一柱の女神が拾った。桜花で染め上げたような淡い髪の女神は紅の瞳を瞬かせ、泥に塗れた細い腕をそっと引いて微笑んでみせる。

『独りなのね。いいわ、一緒に行きましょう』

『何処に?』

『何処でもいいわ、戦わずに済むところを探したいの。戦なんて大嫌い』

『変わってるね』

『何とでもいいなさい。わたくしのことはおひいさまと呼んで』

『……なんで?サクヤヒメじゃ駄目なの』

『仰々しいじゃない』

『おひいさまだって仰々しいよ』

『文句は聞かないわよ。それでお前、名前は?』

『……ない』

『あらあら』

 サクヤヒメはクスクスと笑う。名前のない子どもなんて大して珍しくないくせに、よく生きたわねと慈しむように鬼の頭を撫でた。そして、口遊むように囁くのだ。

『人は思いを言葉に乗せることを「詠う」と表すらしいわね。わたし、この響きがお気に入りなの。だからお前の名前はウタにしましょう。いいかしら』

『ウタ……』

『気に入らないの?』

『……いいえ、おひいさま』

 差し伸べられた手を掴んだ瞬間、女神は花が綻んだように目を輝かせた。

それから五十年、ウタは破魔の武神である地乃神サクヤヒメの従者として、戦いから逃げ回る彼女の後ろを着いて回るようになった。

 たった五十年だ。神にとっては瞬きのような時。しかしその僅かな時間で、龍脈を巡る争いの決着は着いてしまった。

 雲威を勝ち取り、トヨアシハラの覇権を握ったのは天乃神だった。

争いに敗れた地乃神の多くは力を削がれて辺境に追われた。ほとんどは霊力を擦り減らして消滅し、残りは墜ち神として人を脅かす怪異に成り果てる。争いを拒んだサクヤヒメも例に漏れず追放されたが、抜きん出た力を持つ彼女の魂は消えずに残った。

ウタにとって、それは不幸中の僥倖だった。

たとえ墜ち神になったとしても、生きてくれるならそれでよかった。自我がなくなっても、獣のようになっても構わなかった。

傍にいてくれれば、他に何も要らなかったのに。

しかしウタの淡い夢は他ならぬ彼女によって粉々に打ち砕かれた。

生き残った地乃神のうち、墜ちることすら拒んだ神々がいた。人の信仰によって生まれ、特に人を愛した者は自ら依代にふさわしい人間を選び、肉の器に宿ることで残り火のような霊力を人のために振るう道を選んだのだ。

サクヤヒメもまた一人の村娘を見初め、ほとんど力を失った魂を引き摺って彼女に乗り移った。そして力だけを根こそぎ渡して、器の魂の奥底で深い眠りに就いた。

一人残されたウタの慟哭なんて、聞こえないふりをして。


捜し出した器の娘を斬り殺した日、ウタの角は黒く染まった。体を覆っていた髪気は禍々しい瘴気に代わり、ウタは墜ち神になった。

それでもサクヤヒメが目覚めることはなく、それどころか百年もすれば新たな器を得て蘇ってくる。二人目の器となった青年は、墜ちたウタに迷わず刃を向けた。しかしウタは彼も殺した。三人目の老婆も、四人目の幼児も、全て見つけ出して殺した。

それでもサクヤヒメは戻らない。気が付けば千年経っていた。


天詠鬼は朝廷が付けた名前だ。しかしウタは気に入っている。その名で呼ばれ続ける限り、あの鈴のような声を忘れることはない。

ああ、声が聞こえる。畢生を支配する美しい声が。

 狂ってしまうほど遠い昔、名を呼んでくれたあなたの声。

 水が枯れても名を響かせる滝のようだ。この世にはもうあなたの欠片しか残っていないのに。それでも声が聞こえる限り、この身は血に染まり続けるのだろう。

 

 パチリと目を開く。もう夢はおしまいだ。天詠鬼は寝ても覚めても刀を振るい続ける雷神に、呆れたように舌打ちを落とした。

「無駄だって言っているのに」

 もう幾度も落とされたせいで泥だらけになった頬を吊り上げ、黒鬼はニタリと嗤う。同時に鬼火が左右からビュンと風を切って煉に襲い掛かった。しかし煉は脇目もふらずに躱し、がしゃどくろの頭部に雷を落とした。巨体がもんどりうってよろけ、庭の柳がまた一本へし折れる。

「そろそろ消耗が酷くなってきた頃合いか」

「どうしてそう思うの?」

「回復が遅い。姿を消す術も使わない。瘴気が尽きそうな証拠だ」

 天詠鬼は思わず舌打ちを落とした。図星だったからだ。

 ただでさえがしゃどくろの顕現に膨大な瘴気を消費している。蘇生の神通力も無尽蔵に行使できるわけではない。姿を消して逃亡を図る十八番は捨てざるを得なかった。しかし、それでも天詠鬼はニタリと口の端を吊り上げる。

「だから何?一人で何やったって無駄だろうに」

 何度も何度も雷を落とし続け、がしゃどくろの足止めを行う煉の姿はあまりに滑稽だった。しかし煉は挑発に乗らず、それどころかニヤリと笑ってみせる。

「一人じゃない」

「何?もしかしておひいさま?おひいさまなら早く来て欲しいなあ」

「お前は言ったな。俺は死に損ないの番犬だと」

「その通りじゃないか。前のおひいさまと死にたかっただろうにねえ」

「お前だって分かっているんだろう。六華は死んでなんかいない」

「……なんだ、気付いていたんだねえ」

 天詠鬼の表情がぐにゃりと歪む。十三年前のあの日、彼は確かに気付いていた。

 何度も何度も、サクヤヒメの器を殺し続けた。しかしあの娘だけは霊力に触れる事さえ叶わず、何処かへ消えてしまったのだ。

「愚かな番犬だとばかり思っていたけれど」

「結界は弱体化したとは言え、あれだけ神器が穢れても暁花京は加護を失わなかった。十三年もあれば俺だって気付く」

 いや、本当はもっと早かった。煉がふらふらとさ迷っていた半年の間に玉兎が看過していたらしい。一握りの特務隊員と皇族のみが知る、暁花京の真実。

「六華は死んだんじゃない。身を捧げたんだ。力を使い果たしてもなお、残った肉体の全てを霊力に換えて地中に流し込んだ。お前が転がるその土も全て、六華の霊力が染み込んでいるんだよ」

 また一つ雷が落ちる。今度はがしゃどくろの右腕を打ち落とし、ガラガラと轟音を立てて骨が崩れ落ちる。落下する骨はまるで白い瓦礫のようだった。

「本当に忌々しい街だ!おひいさまの力を足蹴にしてのうのうと回るこの国が、人間どもが、お前たちが、ボクは心底憎たらしいんだよ!」

 天詠鬼の激情を写すように青い炎が燃え盛る。五つの鬼火が一斉に煉に襲い掛かり、がしゃどくろがぐわんぐわんと暴れる。堪らず飛んで地面に降り立った煉を、一瞬の隙を衝いて五体を取り戻した天詠鬼がギロリと見下ろした。

「哀れな負け犬。前のおひいさまの痕跡が見つかってよかったね。だから何ができるんだ?あんな残りカスのような力じゃ、ボクもこの子も倒れやしない」

「俺がいるだろうが」

「なんだって?」

「天乃神の霊力があれば十分だろう」

 煉は小さく息を吸い込んで、静かに白刃を構える。丹田にグッと力を込め、体中の霊力を手繰り寄せる。うねりを挙げる意思に応えるように、琥珀がまるで黎明のように眩い光を放ち始めた。

「正気かい……?お前だって消えるだろうに、どうして」

「知るか。俺はただ、何をしてでもこの都を守りたいんだ」

 六華が守り、八重が愛した黎明の都。いつの間にか、煉の目にも美しく映るようになっていた。もう二度と見ることはないだろうが。

 愛を見つけた。生きる意味さえも。今の煉にはそれで十分だったのだ。

「お前たちを封じる。暁花京の民のために、そして八重の未来のために」

「狂犬が!」

「なんとでも言え。地獄に墜ちようと魂が消えようと、俺は決して退かない」

 ゴロゴロ、ドカン。

轟音が天を揺らす。絶え間なく降り注ぐ雷に呼応して、煉の霊力が陽炎のようにぶわりと立ち上がる。

 震えはない。恐怖もない。驚くほど凪いだ心はただ静かに牙を剥いている。

 たとえ殺せなくとも、この暁花京の奥底に眠らせればいい。二度と目が覚めぬように、同じ地獄で見張ってやればそれでいい。

 曇天にひらりと桜花が舞う。あの日と何ら変わりない、清らかなひとひらの花。今はあの頃と比べられないくらい増えた桜の木を、彼女が見たらなんと言うだろう。

 天詠鬼の嘲笑が初めて崩れた。白銀と黒の双眸がぐるりと下を向く。血に染まった指が朱殷の髪をぐしゃりと握り締める。それは紛れもない恐怖だった。燃え盛る金色の炎に焼かれ、奈落の底まで引き摺り込まれる恐怖。

「せいぜい奈落で悔いていろ、悪鬼」

 ひゅうと空気を切り裂いて白刃が振り下ろされる、その刹那。

 ひらり、ひらりとまたひとひら、薄紅の雪が舞い落ちる。ハッと目を見開く煉の腕を、小さな柔らかい手がぎゅっと掴んだ。

「許しませんよ、煉さん」

 凛と声が響く。振り返ると、小柄な少女が瓦礫の山を背に佇んでいた。砂交じりの風に翻る淡い栗色の髪の隙間から、迷いのない紅がまっすぐに煉を射抜く。

「八重……どうして、ここに」

「全て聞きました。あなたが命を捨てようとしていることも、わたしにできることも」

「なんだと……?」

 顔を歪める煉をよそに、八重はそっと天詠鬼とがしゃどくろに視線を移した。天を衝く巨大な骸骨は伽藍洞の目でこちらを睥睨し、小さな体は今にも潰されてしまいそうだ。巨体の肩に乗った鬼はギラギラと輝く色違いの瞳をこちらに向けて、食い入るように見詰めている。込み上げる恐怖を飲み干して八重は高らかに宣言した。

「これはわたしたちのお役目です」

 背後で息を呑む声がした。伸ばされた手をするりと躱し、八重は怪物の方へ踏み出した。背負った梓弓がカタカタと音を鳴らす。二匹の人知を超えた怪異を前に、途方もない恐怖が小さな体を蝕んでいた。

 八雲六華が命を賭けて祓ったがしゃどくろと、千年の時を生きた半神半鬼。擦屋は相当消耗しているとは言え、一人で叶う相手じゃない。それでも歩みを止めないのは、確かな勝算があるから。

 天詠鬼はパッと笑って手を振り、ぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぎ出す。白銀と黒が、焦がれ続けた待ち人を映し出していきいきと輝いた。

「おひいさま、おひいさまじゃないか!」

「ええ、そうですよ」

「会いに来てくれたのかい!」

「そうかもしれません」

 微笑みを絶やさぬまま、八重は踊るような仕草で梓弓を構える。キンと張った絃に矢がつがえられることはなく、白い指がそっと添えられていた。

 その姿はまるで、かつてのサクヤヒメだった少女のようで。煉は込み上げる焦燥と甦った恐怖に駆られて、我も忘れて駆け出した。

「やめろ、頼む、やめてくれ……!」

「嫌です」

「八重!」

 連れ戻すように伸ばされた手を今度はピシャリと掴んで、八重は煉を思い切り睨み付ける。鋼の覚悟が嘘のように、ガタガタと震える両手をなんとか動かし、煉は八重を捕まえようと藻掻く。しかし八重は決して揺るがなかった。

「あなたはわたしに生きろと言いました。でも、あなたは命を投げ捨てようとする。わたしはあなたにだって生きていて欲しいのに、あなたはわたしを置いて逝こうとした。わたしはそれが許せない」

「やめろ、八重!やめろ、やめろ、死ぬぞ、お前まで失ったら、俺は!」

「大丈夫ですよ、煉さん。わたしは死にません」

 煉の手をそっと払いのけ、八重は咄嗟に膝を着く。片手で弓を翳したまま地面を触れると、指先からグルグルと巡る温かい力が流れ込んでくる。梓弓から感じるものと同じ、だけどもっと膨大な、それこそ春風のような霊力は巨大な怪物をも呑み込んでしまうほどの地下の濁流。春風のような霊力は全て、八重の意志に呼応して渦巻いていた。

「これはわたし一人の役目じゃない。わたしたちの意志なんですから」

 琥珀が零れ落ちんばかりに見開かれる。大地から伝わる霊力は、美しい彼女の魂を映す鏡のようだ。温かくて、優しくて、柔らかくて、儚くて、そして。

 まるで金剛石のようにかたくなな志と覚悟が滲む、力強い風だった。

 大地から溢れた霊力が淡い光の風となって、八重の周囲をぐるりと取り囲む。生死を超えて、サクヤヒメの生死を超えて交錯する二つの力はぐるり、ぐるりと渦を巻いて天を穿つ。さながら春の龍のようだった。

「おひいさま!おひいさま、おひいさま!ボクはここだ、ここにいるんだよォォ!」

 それは凄まじい衝動だった。焦がれ続けた女神の力、僅かに残る魂の名残。その魂にもう一度出会うため、千年血に染まり続けた鬼は狂ったように絶叫した。

「おひいさま!おひいさま、おひいさま、ねえ一緒に来てよ!」

「行きません」

「愛してる、愛してる愛してる愛してる、愛してるんだ、ねえほんとだよ、傍にいてよおひいさま、あいしてるから、ねえ、お願いだよ、ねえ」

「あなたが愛しているのはわたしじゃないでしょう。幾ら嘆いても、わたしはあなたのものにはなりません」

 天詠鬼は喉を引き裂き、朱殷の髪をバサバサと振り乱してひたすら叫び続ける。興奮に共鳴するように、がしゃどくろも巨体をグラグラ揺らした。強風に煽られてぐわんぐわんと波打つ大地で、八重はまっすぐに彼らを見つめる。

「暁花京のサクヤヒメの名のもとに、あなたたちを祓います」

 そして八重は、細い指で弦を弾いた。

 曇天に雫が落ちるように、乾いた小さな音がピンッと鳴り響く。しかし、途端に春の龍がゴウゴウと唸りをあげてがしゃどくろに突っ込んだ。

 ガラガラ、ガラガラ、ガラガラ。

 光に貫かれ、がしゃどくろの骨が木端微塵に四散する。飛び散った白い残骸さえも喰らい尽くしながら、龍は宙に投げ出された鬼に狙いを定めた。

「おひいさま、どうして⁉どうして、どうしてだよ、どうしてボクを選んでくれないんだ、おひいさま!」

 嘆く声も呑み込むように、霊力の龍は咆哮を上げて鬼を貫く。真っ黒な煙に包まれながら、天詠鬼はそれでも獣のように哭き続ける。

「おひいさま、おひいさま、おひいさま!」

「さようなら」

 鈴のような声が曇天を裂いて彼の鼓膜を叩き割る。白銀と黒の瞳からはらはらと落ちた涙が、まるで桜の花びらのように溶けていく。

「おいて、いかないでよ」

 ポツリ。鬼が最後に詠った言葉は、誰に聞かれることなく天に消えた。

 びゅうと強い風が吹く。始まりと同じ、温かい風が。

 春の龍に貫かれた雲は大きく裂けて、天から涙のように光が漏れていく。二匹の怪物の姿は跡形もない。散乱する骨の大地の真ん中で、龍を操った張本人ははフッと糸が切れたように後ろに倒れ込んだ。

「八重!」

「煉、さん」

 逞しい腕に抱き締められて、八重はパチリと目を瞬かせる。煉は酷く狼狽した様子で八重の顔を覗き込んでいる。黄金の瞳がぐしゃぐしゃに濡れていた。

「生きているか、八重、無事なのか」

「だいじょうぶですよ、ほら」

 震えっぱなしの指をそっと摘まんで、八重は見てくださいとばかりに天を仰いだ。灰色の雲で覆われていた空は、龍の咆哮によって大穴が開けられ、隙間から澄み切った青が覗いていた。

「本当に、美しい国ですね」

 八重はにっこりと微笑んで呟く。それっきりぼちゃりと音がして、彼女の意識は闇に落ちていった。


 天華三十五年、三ノ月の二十三日、正午。

 十三年ぶりに顕現したがしゃどくろは、都小月煉と紅坂八重の手で祓われた。幽鬼どもの百鬼夜行も神祇特務隊によって殲滅され、伊吹の指示で行われた軍の避難誘導も功を奏して、被害は最低限に抑えられたという。

 結局、一人の犠牲で天華事変の再演は幕を下ろした。


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