3-3 勇者、ブチギレる

 監禁された部屋のベッドで、勇者はうつ伏せになっていた。

 さっきまでずっとグアンに拷問されていたのだ。大して効かないとは言え、流石に目や口の中を攻められるのはこたえた。


(次はの検査とか言ってたな……何をする気だ? まあいい、アリアは無事だろうか)


 横になったまま、彼女の気配を探る。

 すると──。


「……何? どういう事だ!?」


 気配が無い。確かにあったはずなのに。

 いや、正確には……生きている気配を感じられない。まるで脱け殻のような、中身の無い感触だけがあった。


「まさか死……いや、信じないぞ僕は!!」


 もう一度だ。もう一度、軍艦の隅々まで意識の手を伸ばす。しかし、アリアは見つからなかった。その代わり──。


「これは……アグナールの腕輪! やはりここにあったのか。いや、今はそれよりアリアだ! 嘘だ、嘘だと言ってくれ……!!」


 祈るような気持ちでもう一度。

 しかし、結果は……変わらなかった。


 呆然と膝をつく。

 視点が定まらない。

 浅い呼吸を繰り返し、喉がチリつく。


「僕が……ああ、僕のせいだ……!!」


 勇者は床に突っ伏した。

 瞳の奥が熱い。言葉は出ず、ただみじめな嗚咽おえつが流れるだけだった。



 やがて床に滴る涙もなくなった頃──勇者は立ち上がった。


 ちょうど扉の外にグアンが来たようだ。

 どうせまた、ろくでもない実験をしに来たのだろう。


 勇者は右手に魔力を集中し、光の剣を作る。その強度は、かつて武装船を斬った時の比ではない。本気の魔力を込めた、強力な閃光の剣だ。


 扉が開き、グアンが入って来る。


「おお、これは……!? クク、素晴らしい! その力があれば──」


 ──ザキィン!!


 言い終わる前に、剣を振った。

 

「……え? ギャアアアア!!!」


 グアンの右腕がボトリと落ちる。

 力をセーブしたが、軍艦の半分を同時に斬っていた。


「ひぃ……お、お前ぇえ!! この俺に手を出してどうなるかわかっているのかァ!!」


「黙れ……アリアは死んだ。貴様が殺したんだろう?」


 ゆらりと近づく。


「や、止めろ……!! 来るなぁああ!!」


 勇者の顔を見て、グアンは床を這いずりながら逃げて行った。

 もちろん見逃すはずはない。しかし先程の一撃で、この軍艦はまもなく爆散するだろう。そうなる前に、アリアの亡骸なきがらを迎えに行かなければ……。


 もはや遠慮はいらない。

 アリアの監禁場所まで、一直線に壁を斬って進む。そしてたどり着いた先には──。


 ベッドの上で、横になる彼女がいた。

 その顔は蒼白で、そして静かだった。あの輝く太陽のような笑顔は、もうどこにも存在しない。


「あ、ああ……すまない、守ると言ったのに! クソッ、僕は……!! ……君を仲間の所へ連れて帰る。少しだけ我慢してくれ」


 悲しんでいる暇はない。

 アリアの亡骸を左肩に担ぎ、右手の剣でまた壁を斬り裂く。次に目指すのは腕輪だ。

 感知した魔力は、魔王と共に戦った時と同じだった。やはり封印は失敗したのだ。自分の不甲斐なさに、血が滲むほど唇を噛む。


「何が約束だ、何が友達だ……! 何も成せないお前に、一体何が残るって言うんだ!!」


 叫びながら船を破壊する。

 崩壊しつつある軍艦の中で、兵士達はこちらを見ても逃げて行く。

 やがて腕輪のある部屋を見つけ、嬉しくもない再会を果たした。


「アグナールの腕輪よ、ここは僕たちの世界じゃない。もはや僕の生きる意味は、お前を封じる事だけだ。今度こそ、命を賭けて壊してやる……!」


 右手の剣を振りかぶり、ピタリと止める。

 ここで本気の力をぶつけると、アリアの亡骸が消し飛んでしまう。


「もう少しだけなら大丈夫だろう。場所を変えるか……」


 うつろな目で呟き、自分とアリアを魔力で覆う。そして遠慮なく軍艦を真っ二つに斬り裂いた。

 爆発が始まる前に、腕輪を掴んで軍艦から飛び去る。そして──。


 軍艦は、大きな爆発を起こして崩壊する。

 その直前、いくつか脱出用の小型艇が離れて行くのが見えた。


 その内の一つに、奴の気配……グアンを感じとった。


 逃がすわけがない。生かすはずがない。


 勇者はアリアと腕輪を抱えたまま、グアンの後を追った。


 小型艇の行き先は妙だった。他の軍艦に向かうのではなく、灰色の惑星ケイレブに向かっている。


(何を考えている……? そこは人の住めない星だろう。確か資源採掘しかしてないとアリアが教えてくれたっけ)


(あっ、正解。ユーシャよく覚えてんね。ちょっと考えたんだけどさ、これ終わったらうちの学校ガッコに転入しない?)


 すぐ近くでアリアの声がする。

 悲しさの余り、頭の中で彼女を作り出してしまったらしい。


(んや、生きてるってば。体は死んだかもしんないけど)


 それでもいいと思った。

 このまま一人で無様に生きるくらいなら、壊れてしまったほうが楽だと。


(あはは、だから死んでないって。説明が難しいんだけど、今なんか腕輪の中に入っちゃってんの。でさ、うちの学校どうかな? 校則はユルユルだし、学生になるのが一番正規のIDを手に入れやすいんだよね。住むとこはあたしんでいいし)


(……よくしゃべるアリアだな。少し黙ってくれ)


(あっハイ。ごめん)


 妙にリアルだ。グアンを追いながら、脳内の存在がこんなに生き生きしてるものなのか考える。


 ……。


 …………。


(……本当に、アリアなのか?)


(うん。そう言ってんじゃん)


 勇者は動きを止めた。

 アリアの体と、腕輪を交互に見つめる。


(ほ、本当に!? 本当に君なのか!? なんで? どうして!?)


(ユーシャ落ち着いて。ごめんね、全部先に言うべきだった。あたし、半分クオリアなんだ。だから自分の意志で精神体、つまり幽霊みたいになれるんだけど、腕輪に近づいたら吸い込まれちゃったんだよね)


(何をやってるんだ君は!? いや、細かい事はどうでもいい! 君が生きているならなんだっていいさ!!)


 思いの余り、彼女の体を強く抱きしめた。


 ──ボキッ!


(今……あたしの体、ヤな音しなかった?)


(あっ! いやっ、すまない。肋骨を折ってしまったみたいだ)


(あはは、まじ? いーよいーよ、体に戻るのはもう無理だろうしね~)


 アリアが言うには、長時間 抜け出たままでいたから肉体が死んでしまったらしい。


(え……そ、それは何と言うか……)


(気を遣わなくていーよ。体は失くなっちゃったけど、このまま生きていけそーだし。エッチ出来なかったのだけ心残りかなぁ)


(なな、何を言ってるんだ君は!?)


(ナニをアレしたかったなぁって話。まあそれは後にしてさ、あいつを追っかけないと! きっと何か考えがあって惑星に逃げたはずだから)


(切り替えが早いというか……君は本当に不思議な子だな)


(褒め言葉ありがと。じゃ行こっか)


 自分の肉体が死んだというのに、アリアはあっけらかんとしている。

 強がりなのか、能天気なのか……勇者は考えるのを止めた。


 今はただ、再び彼女の声を聞ける喜びにひたっていたかった。

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