2-4 勇者、キスせずに戦う
アリアとの時間は、あっという間に過ぎて行った。
リニアでの騒ぎの後、若者が多く集まる店で服を買い、見た事もない甘い物を一緒に食べた。
それからは空を飛ぶ乗り物──車と言うらしい──をアリアが運転し、シティの内部を観光した。そうして二人きりの時間を楽しく過ごし、今は高台の公園に来ていた。
すでに辺りは暗い。
この公園は穴場なのか、夜景が綺麗なわりに
「ふう……」
「ユーシャ疲れた? 色々見て回ったもんね」
「体は平気なんだけど、初めて見る物ばかりだったから。そう言えば、ちゃんと夜があるんだな」
「うん、必要だからね~。標準暦に基づいて変化するんだ」
ケイレブシティは宇宙空間にあるため、本来は昼も夜も無いのだが、人間の生命サイクルを考慮して照明を調整しているらしい。
「はあ……凄いな。時間を操れるなんて」
「あはは、大げさだって。本当に時間をどうにかするのは、ネイター人でも無理だったらしいよ」
「5000年前にいた古代人だっけ。今の人々の祖先で、遺物を残して消えた謎の種族」
「記憶力いいね、エラいエラい!
「それが君たちの部活内容? 賞金稼ぎっていうのもまんざら嘘じゃないみたいだな」
「えへへ、まあ時々だけどね。ちゃんと正規の依頼だよ? 我らがアンテノーラ市長公認の斡旋所、カウボーイ・カウンティからお仕事取ってまーす」
ケイレブシティの
「そう言えば……僕を助けてくれたのも依頼だっけ。どんな内容なんだ?」
「んー、守秘義務があるんだけどユーシャには教えちゃおっかな。けいちぃには内緒にしてね」
アリアはベンチに座ったまま、体を寄せてくる。そして耳元に顔を近づけて話した。
「けっこー上のほうから依頼で、怪しい奴らがいるから
「それはまた……かなり危険な仕事に思えるけど。大丈夫だったのか?」
「うん。はるるはあー見えて強いし、けいちぃも凄く速い船だから。あたしも裏技あるし……とにかく密輸品の情報は二隻あって、カンで選んだらユーシャだったってワケ」
「僕が思っている以上に君たちは
未知の世界に浮かれていたが、本来の目的を忘れたわけではない。アグナールの腕輪……膨大な魔力を集めた魔道具が、今どうなっているのか見当もつかなかった。
「ユーシャ、今みんなで手がかりを探してるから。何もしないのは不安だと思うけど、まずは宇宙の生活に慣れなきゃ」
「そうだな……今日一日でわかったよ。僕はこの世界じゃ子供と同じだ。アリア、君に助けられて良かった。本当にありがとう」
隣に座る少女を見つめる。
街灯に照らされた顔はとても綺麗だった。
銀色の髪に、黄金の輝きを秘めた瞳。
以前、貴族の護衛で劇場へ行った事を思い出す。舞台で歌う女優の姿がアリアに重なった。
「ユーシャ……」
黄金の瞳が濡れている。
頬が紅潮し、薄桃色の唇が近づく。
やがてアリアが目をつむり──。
「……待て。寝ている場合じゃないぞ、囲まれた」
「ふぇ?」
勇者はベンチから立ち上がり、辺りに気を配る。
「訓練を受けた人間だ。数は20ほど。アリア、どうする? 蹴散らすか?」
「ああっ、もう! お邪魔虫ってホンットいいところで入るんだから! ユーシャ、いきなり攻撃してきそうなカンジ?」
「いや、まだ包囲網を敷いてる途中のようだ。無論、いつでも突破できる」
「なるべく怪我させないように倒すとしたら何秒? あ、もちろん光の剣はナシで」
「素手なら50秒くらいかな……? 相手の強度がわからないから手加減が難しい」
「たぶん
「なら30秒だ。地味な武器なら使ってもかまわないか? それならもっと早い」
「いーよ。まずは向こうの挨拶を待とっか」
アリアが言い終わると同時に、黒いスーツを着た男がやって来た。後ろに二人、武装した兵士を連れている。
「初めまして。私はセントラル軍特務大尉、グアンと申します」
黒スーツの男、グアンは名乗って一礼する。40代くらいだろうか、黒い髪をオールバックに整え、冷たい目をしていた。
「そちらのお嬢さん、アリア・イオリベには軍の物資を強奪した容疑がかけられています。同行願えますかな?」
「ええっ!? あ、あたし……そんなことしてませぇん! 今もカレピとデート中だしぃ、人違いですぅ!」
アリアは急に甘ったるい声を出し、勇者の背中にくっついた。しかしグアンは、まるで機械のように眉一つ動かさない。
「知らない振りをしても無駄ですよ、調べはついています。警察を介してもいいのですか? 学校や養母にも迷惑がかかるでしょう。直接私達が来たのは温情なのですよ」
「うわキモ。JKをストーカーするとか、セントラル軍って変態紳士の集まり?」
「どう捉えられても結構。では行きましょうか。ああ、そちらの彼も一緒に来て貰います。IDに不審な点がありますので」
「えーっと、話聞かないタイプの人? あたし達、行くって言ってないんですけど」
「断るのですか? 情報ではもう少し賢いと聞いていましたが……」
「急に褒めるじゃん。じゃ行こっかな? どうしよっかな?」
「取り調べはすぐに終わります。あなた方が協力してくれれば明日には帰れるでしょう。まだ容疑の段階ですからね」
「黒だったらどうなるの? ビンゴ! ホテル・軍艦に連泊だぁ! ってカンジ?」
「正直言えば、私はあなた方に興味はありません。物資を返して頂けるなら、罪を不問にしてもいいとさえ考えています」
「グアンさんだっけ? ふふ……そんなこと考えてないでしょ。ウソの目してるもん。ユーシャ、この人以外ヤッてくれる?」
「わかった」
その合図を待っていた。
アリアが会話を引き伸ばしてくれたお陰で、敵の位置を正確に把握出来た。目の前に3人、公園を取り囲むよう等間隔に17人。ミリ単位で分かる。
勇者はまず、グアン達の後ろに一瞬で移動した。
「なにっ!?」
二人の兵士が
兵士が崩れ落ちる前より早く、高く飛び上がる。
公園の周囲で警戒する兵士達に向かって、高速で手刀を振った!
──シュシュシュシュシュ!!
手から光のナイフが射ち出され、全ての敵に吸い込まれていく!
勇者は静かに着地する。
一拍遅れて、辺りで複数の重たい物が倒れる音が聞こえた。
ゆっくりアリアの前に移動し、グアンを睨む。すると、場違いな明るい声が背中に当たった。
「ナイス! めっちゃ早くてびっくりした」
「やり過ぎたかも。おい、グアンとやら。彼らをすぐに病院へ連れて行ってくれ」
そのグアンは……驚くことに、冷徹な表情を崩していなかった。冷たい瞳のまま、こちらを見つめている。
「ほう……軍に逆らうというわけですか。いいでしょう、あなた方がそのつもりなら、こちらも手段は選びません」
「あれ? グアンさん驚いてないんだね。
「何が言いたいんです?」
「ふふ、ユーシャのことはついでみたいに言ってたけど、本当はあたしじゃなくてユーシャが目的なんでしょ? 宇宙船をぶった切る、その力が」
「……賞金稼ぎの真似事などするから命を捨てる羽目になる。逃げられるとでも? もう、お前達に未来は無いぞ」
「やっと本性でたね、グアンさん。でも、あたし達の
アリアに手を引かれ、公園の縁に向かって走り出す。
すれ違う瞬間、グアンの顔を横目で見る、冷静な仮面は剥がれ、怒りで歪んでいた。
高台にある公園は、手すりの向こうが崖になっていた。その空中に、いつの間に手配したのか一台の車が浮かんでいた。
「さっき、ユーシャの背中に隠れてる間に呼んだんだ。ほら、乗って」
アリアと共に、ジャンプして車に飛び移る。そして彼女の運転で公園から離れた。
空を飛ぶ車のフロントガラスには、速度や高度、空路などが表示されている。アリアが何かの名前を口にすると、目標が設定されてナビゲーションが始まった。
「アリア、これから何処へ行くんだ?」
「え? ホテルだけど」
「……すまない、今なんて?」
「ホテル。デートの終わりはホテルっしょ」
その言葉が意味するところは……。
体に緊張が走る。
(ど、どういう意味だ……!? いや、きっとアリアには何か考えがあるのだろう。そういう意味のはずがない! 僕は勇者だぞ!? 勇者は戦っていればいいんだ!!)
葛藤する勇者とは対称的に、アリアは楽しげに鼻歌を歌っていた。
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