2-3 勇者、見破る

「おい、こっち向けよ。あんたの事知ってるぜ」


 振り向けば、乱暴そうな雰囲気の男達がニヤニヤ笑って立っていた。窓際に移動していた二人は、筋肉質の男達に取り囲まれてしまう。


「何の話だ? 僕のIDあいでぃーは普通の物だが」


「あ? 何言ってんだこいつは。てめぇの事じゃねぇよ」


 リーダー格らしい、大柄な男がこちらを睨む。丸ごと機械化された右腕で、アリアを指差した。


「銀の髪に金の目、それに三高さんこうの制服……あんた、最近名を上げてる賞金稼ぎだろ?」


「人違いじゃない? 髪と目なんてアテになんの? すぐ変えられるじゃん。てか制服知ってんの普通にキモいんだけど」


「三高は有名だろ。頭も尻も軽いビッチしかいねぇってな。そこの陰キャで満足できんのか? 俺が代わりに泣かしてやろうか」


 男のセリフに、仲間達が下品な笑い声をあげる。

 勇者は男達を視界に入れたまま、隣のアリアに尋ねた。


「陰キャってどういう意味だ?」


「えっとね……日陰にいそうな人、みたいな意味かな」


「じゃあ僕とは違うな。光の勇……モガッ」


 横から手が伸びて口を塞がれる。視線で問いかけると、アリアがダメダメという風に首を振っていた。

 勇者たちの全く焦らない姿に、男達の態度がいっそう悪くなる。


「余裕ぶりやがって、気にいらねぇな……ナメてんのか? いいぜ、次で降りろ。場所変えてじっくりお話しようぜ」


「イヤ。見てわかんない? あたしら今デートの真っ最中なの。用があるならさっさと済ませてくんない?」


「あ? てめぇらが悪いんだろ? こっちはただ挨拶しようとしただけだぜ。としてな。なのにフザけた態度を取りやがって、悪いのはお前らだろ?」


「何その超理論。メンドいなぁ、だから人違いだってば。タイプでもないしね、それ以上絡むならケーサツ呼ぶよ?」


「呼べや。俺達は別に構わねぇぜ。さっさと呼べよオラ……!」


「……へえ? なるほどそういうワケか」


 アリアが何かに納得したようだが、これ以上は黙っていられない。勇者は一歩前に出て、男の顔を見上げて言った。


「そちらの話を聞くつもりはない。なぜならお前達は嘘をついているからだ」


「あ? 陰キャは黙ってろ」


 男が血走った目で睨む。機械の腕が素早く動き、勇者の首を掴もうとするが──。


 ガシッ!


「おい、まだ途中だぞ。話は最後まで聞け」


 勇者は男の手首を掴んでいた。大した力は入れてないが、機械の腕からギシギシときしむ音が鳴る。


「さっき、お前達は同業者だと言った。ならばなぜ、僕たちのんだ?」


「な、何の事だ? 船なんて知らねぇ!」


「とぼけるな。僕たちは黒い鳥のような船に襲われた。お前達はそこに居ただろ? 内部に感じた28人の気配、全て覚えているぞ」


 少しだけ力を込めて、機械の腕をひねる。たったそれだけで、リーダーの男はバランスを崩してよろけてしまった。


「仕返しのつもりか? ならば受けて立とう。勇……じゃない、僕はボディーガードだ。彼女に手を出すつもりなら、明日の朝日は拝めないと思え」


 言葉と同時に、ほんの少しだけ殺気を放つ。男達の向こうには他の乗客もいる。本気で気を放つと、その人達まで威圧してしまうからだ。

 こいつらをどうするか? 確認のためアリアを見ると……。


「やっば……心臓止まりそう!」


「は? 顔が赤いぞ、大丈夫か?」


「あっ、うん……ありがと」


 彼女の白い頬は、真っ赤に染まっていた。病気かと思い、この場を素早く収めようと男達に向き直る。


「戦士なら覚悟はあるな? あの時は見逃したが、二度目は無い。死んで貰うぞ」


「あっ、ダメダメ! それは流石にあたしらが捕まっちゃう」


 グイっと肩を引かれる。そのまま位置を入れ替わり、アリアが男達に提案した。


「おにーさん方さぁ、ここでモメるのはお互い望んでないっしょ? あたしもデートの続きしたいからさ、今は帰ってくんない?」


 そんな言い方で男達が下がるとは思えなかったが……。


「チッ……! 行くぞ、お前ら……」


 リーダー格の男は、機械の腕をさすりながら背を向けた。ちょうど次の駅に到着し、乗客達を押し退けて出て行く。

 全員が下りるのを見届け、勇者はアリアを見つめて言った。


「大丈夫か? 気分が悪いならすぐに病院へ行こう」


「だいじょぶ、めっちゃイイ気分だから」


「本当か? ならいいが……しかしあいつら、ずいぶん素直に帰って行ったな。戦士の誇りは無いのか?」


「まあフツーの悪党アウトローだしね。作戦が失敗して次の手も無かったんじゃない? そんなことよりさ、守ってくれてありがと!」


 アリアがギュッと腕にしがみつく。

 その柔らかい感触に何故か無性に恥ずかしくなり、顔を背けて言う。


「と、当然だ。今の仕事だから」


「それでも嬉しい! ナンパは慣れてるけど守ってもらうのは初めてだったからさ~」


「わかったから離れてくれないか? 人の目もあるし。僕も男なんだ、君の距離の近さはその……少し、困る」


「ドキドキする?」


「いや、護衛の仕事に差しつかえるんだ」


「あはは、友達なんだから気にしなくてもいいのに。あ、でもこんなに密着するのは男友達でもしないよ? ……ユーシャだけ」


 顔を上げ、黄金の瞳でこちらを見つめる。


「……って言ったら嬉しい?」


 アリアは小悪魔の笑顔を見せた。

 その魅力は、敬虔けいけんな神官でさえあらがえず堕落してしまうのではと思わせる破壊力があった。


(ウッ!! 僕は勇者だ、僕は勇者だ、僕は勇者だ……! よこしまな下心よ去れ!)


 目を閉じ、心の中で神に祈る。

 そんな勇者とは裏腹に、アリアは嬉しそうに笑っていた。

 

「服買った後はどうしよっか? スイーツ食べてぇ、観光とかしてぇ……やば、今めっちゃ楽しい!」

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